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第41話 幼馴染からの試練

「さーてっ。隼くんっ、次行くよーっ!」


 たった一着の服を選ぶのに付き合っただけで俺はもうすでにたじたじなのに、俺の幼馴染様は元気いっぱいである。その有り余るエネルギーを持って、跳ねるような足取りで俺の腕をグイグイと引いていく。


 ちなみに俺は半ば里桜に引きずられるように歩いている。


「ま、待てって……」


「ん? なぁに?」


「あのさ……一応、目的はもう果たしたんだよな……?」


 戸惑いがちに呟いた俺を、里桜のジト目が貫く。それだけで周りの空気が数度下がったような気がする。


 これはこれでちょっと癖になりそ──いや、背中がゾクっとするな。


「もしかして隼くん……まさかとは思うけど、あれで終わりって、思ってないよね……?」


 はい、思ってました。


 ……とは、言えねぇよなぁ。


 いや、俺だってあんだけで終わりにさせるつもりは毛頭ないんだぞ。ただ里桜に心を乱されまくってるってだけでな。


 だってさ、俺に見せるためだけに、服一着買うとは思わねぇじゃん。


 それにさっきの里桜の破壊力ときたら……。

 このままデートを続行するのなら、スペアの心臓が欲しいところだ。何個あっても足りんだろうが。


「思って、ないぞ?」


 ひとまず、そう答えるので精一杯だった。里桜は満足げに俺の顔を眺めて、それからうんうんと頷いた。


「ならいいのっ。今日はねぇ──」


 俺の肩に頬を擦り付け、里桜が意味ありげな笑みを浮かべながらそっと囁く。


「隼くんに、いーっぱいドキドキしてもらうんだからっ……」


 もうすでにドキドキしっぱなしなんだが?

 それこそ起きた瞬間からずっとなんだが?




 ……はっ?!


 まさかっ、初めからこれが狙いかっ?!

 服選びは建前で、こっちが本命ってわけかよ!


 くっ……!


 最近は良い感じにやり返せてると思って、完全に油断していたぞ。そんな隙だらけの俺が里桜に敵うわけがないってのに。


 …………。


 でもな里桜、ここでネタばらしをしてしまったのが運の尽きだ。


 そうだとわかっていればいくらでも耐えられる








 ──わけがなかった。


 はしゃぎまくる里桜が一々可愛くて、俺の心の休まる暇は完全に失われることになるのだった。


 *


「隼くんっ。このマグカップ可愛いくなぁい?」


「うん、まぁ可愛い、かな」


 通りがかったキッチン用品店で足を止めた里桜が手に取ったのは、取っ手に猫がしがみついているマグカップだった。相変わらず里桜は猫好きだな。


「ねぇ、これ2個セットになってるみたいだし、お家で一緒に使おうよっ」


「お、おぉ……いいぞ」


 あれ……いいのか?

 だって里桜とペアのマグカップ、だぞ?

 なんかそれって、もう……。


「やったぁ。えへへ、隼くんとお揃いだぁ……」


 はにかむように笑う里桜に、俺はあえなくノックアウトされた。


 *


 フードコートにあったファストフード店で昼食をとっている時のことだった。昼飯時ということもあって、かなり込み合っている。


「しゅーんくんっ、あーん?」


 気が付くと、里桜がポテトを俺に差し出していた。


 この幼馴染、学校での弁当タイムで変に耐性を付けたせいか、衆人環視の中でもお構いなしである。


「……あっ、こっちの方がいい、かなぁ?」


 里桜は持っていたポテトの片方の端を口に咥えて、俺に突き出す。


「んっ!」


 まるでキス待ち顔をしているような里桜に吸い寄せられそうになって──


 って、できるかそんなことっ!

 んっ! じゃねぇんだよ。


 俺はそのポテトを手で掴み取って自分の口に放り込む。


 うん、普通に食えばいいんだ。


「ふふっ、間接キス、だね?」


「んぐっ……!」


 へにゃっと笑う里桜の言葉に危うくポテトを喉に詰まらせかけた。


 言われてみりゃ、確かにそうだな……。


 *


「隼くんっ、ちょっとこれ掛けてみて?」


 眼鏡屋では、里桜に無理矢理サングラスを掛けさせられた。そのくせ俺を見て固まるばかりで、なかなか口を開かない。


「……どうなんだ?」


「うん……これは、ダメだねぇ」


「変、か?」


 里桜から勧めてきたのに、そうなら傷付くぞ?


 と思ったが、里桜は頬を赤く染めて伏し目がちに言う。


「違う、もんっ……格好良すぎるから、ダメなのっ」


「よし、買ってくるっ」


 里桜にそんなこと言われたら、もう買うしかないだろ。


「あぁっ、待って待って!」


 勇み足を踏み出した俺を、里桜が驚愕の表情を浮かべて止める。


「……止めるな、里桜」


「止めるよぉっ! 値段っ、値段見てっ!」


「……値段?」


 そういや値札も見てなかったな。


 ……どれどれ。


 なっ!


 ──70000円(税別)


 涙を呑んで断念した。俺と里桜、二人分の一ヶ月の生活費よりも高いとは。そもそも今はそんなに手持ちがない。


 せっかく里桜が格好良いって言ってくれたのに……。


 *


 と、こんな感じでたびたび心臓に致命傷を受けながらも、俺はまだどうにか立っている。


 本当なら、自室のベッドで小一時間ほど一人で悶絶したいところである。もしかすると、そのまま息を引き取るかもしれん。死因はもちろん里桜が可愛すぎるせいだ。


 ただ、里桜がそんなことを許してくれるわけがない。


「次はあっちの方行ってみよーっ!」


 尚も里桜は俺の腕を引いて突き進む。そして、俺にこの日最大の試練が訪れた。


「あっ、隼くんっ! 水着売場があるよ!」


 ……水着だとっ?!


 まさか、水着も選べって──


「ねぇ隼くん、水着、買わない? もうすぐ夏休みだし、海かプール、行きたくない? 私、隼くんに選んでもらいたいなぁ?」


 ──言われるんだよなぁ……。


「里桜、本気で言ってる……?」


 さっきの服ですら他人に見せたくなかったってのに、いわんや水着をや。おまけに言うと、女性物の水着売場に足を踏み入れるいたたまれなさよ。


「もちろん本気だよっ。せっかく一緒にいるんだもん、隼くんとそういうところにも遊びに行きたい、から……」


 頬を赤く染めて、上目遣いで俺を見る里桜に心がぐらつく。そして、


「隼くんは、私の水着、見たくないの……?」


 これが決め手になった。


「……見たいに、決まってんだろ」


 勝手に口から溢れていた。


「んふふっ、いーよぉ。見せて、あげるね?」


 てっきりまた『隼くんのえっち』なんて言われるかと思ったのに、里桜から返ってきたのはそんなセリフだった。


「いい、のか……?」


「いいも悪いも、私から言い出したことだよ?」


「そう、だけどさ……」


 ただでさえ可愛くてスタイルも良い里桜。その里桜が水着を纏う姿を思うだけで、また心臓が壊れそうになる。


「ほーらっ、私に着せたい水着、早く選んで? 後で私も隼くんの水着、選んであげるから。ね?」


 本当に里桜は容赦がない。うっかり「見たい」なんて口走ってしまったのは俺だが、もう少し手心を加えてくれてもいいだろうに。


「ちなみに……里桜の希望はどんな水着、だ?」


「私の希望? そんなの──」


 里桜はそこでニヤリと意地悪く微笑む。再びの小悪魔スマイルである。


「──隼くんが選んでくれるのならぁ、なぁーんでも着るよっ?」


「……わかったよ」


「じゃあ、入ろっか」


「あぁ……」


 里桜と並んで水着売場に入店し、改めて周りを見渡せば、どこを向いても水着、水着、水着……。


 マネキン達もセクシーな水着を身に着け、色鮮やかに並べられていた。正直、目のやり場に困る。服屋での緊張の比ではなく、足も竦みそうになる。


 それでも今も里桜は期待する目で俺を見ている。その期待には、応えてあげたい。


 そう思ったところで、一つだけ懸念事項が浮かんできた。


「なぁ、里桜。俺、里桜のサイズ、知らねぇけど……?」


「知りたいの?」


 うん、余計なことを聞いたな。そんな情報、今の俺には刺激が強すぎる。


「……言わなくてもいいからな」


「ふふっ、別に隼くんになら教えてもいいのに」


 だからそういうこと言うなよなぁ。


 知りたいよ!

 だって俺も男だもんっ!


 好きな女の子の胸のサイズとかは特に……。


 って、やめよ……。

 これ以上は危険が危ない。


「とりあえず、隼くんはデザインを選んでくれたらいいよ。サイズは私が確認するからね」


「はいよ……」


 選ぶ前からぐったりだ。こうなったら適当に──


「隼くん、適当に選んだらダメだよ?」


 心を読むなよな……。


 こういう時、幼馴染なのが辛い。俺の考えそうなことなんて、里桜には筒抜けなのだから。まぁ幼馴染じゃなかったら、俺なんて見向きもされなかったんだろうけどさ。 


 というわけで、本気で選ばなきゃならないらしい。ぶっちゃけ、里桜ならなんでも着こなしそうなんだよなぁ。


 そう思いながら、手近な水着を手に取ってみる。


 里桜の清楚さを引き立てそうな白色で、胸元と腰回りにフリルの付いた可愛らしいデザインのビキニだった。


 これは……大胆すぎるか?

 海かプールに行きたいって言っていたし、そこで他人にも見られることを考えるともやっとする。


 でも、これを着た里桜は見てみたい。

 まぁ試着はしてくれる、みたいだしな。


 ひとまずはキープ、か。


「里桜、とりあえず、これはどうだ?」


「はーいっ。ほほぉ、隼くんはこういうのが好みなんだぁ?」


「いや……とりあえず、な。どんなのがいいかわからんし、タイプが違うのを色々選んでみるからもう少し待っててくれ」


 そんな言い訳をして、次へ。試着もまとめての方がいいだろう。それから俺がいくつか水着を見繕い、里桜が自分のサイズの物を抱えていく。


 大人っぽい黒色のワンピースタイプ、爽やかな青いパレオのついたものなど、露出度も様々。


「ひとまずは、こんなもんか?」


「たくさん選んでくれたねぇ。そんなに見たかったんだ?」


「……見たいって言ったろ」


 今更取り繕っても遅いので素直になることに。そんな俺を見て、里桜は嬉しそうにクスリと笑った。


「そうだったね。なら、お待ちかねの試着、いってみよっか?」


 ついにこの時が……!


 思わず生唾を飲み込んでしまい、里桜にバレていないかが気掛かりだったが、黙って頷いておいた。


「じゃあ、着替えるから、ここで待っててね」


 にっこりと笑って、里桜は試着室へと消えていく。やがて服を選んだ時と同様に、中からしゅるしゅるという衣擦れの音、それに加えて里桜の「んしょっ」という声が聞こえてくる。


 その音を聞きながら、最初は、どれを着てくれるのか、期待に胸が膨らんでしまうのは仕方のないことだと思う。


 待っている時間が無限にも感じ始めた頃、


「隼くん、着てみたよ」


 中から声をかけられた。


「おぉ……どんな感じ、だ?」


「ちょっと、待ってね……えっと、なんか少し照れるね?」


 カーテンが開くと、そこには完璧に水着を着こなした里桜が立っていた。最初に俺が手に取った白色の水着だ。眩しすぎて、目を逸らしたくなる。なのに身体は言うことを聞かず、里桜に見惚れていた。里桜がもじりと身を捩ると、フリルが揺れてさらに目が離せない。


「あの、隼くん……? そんなにじっくり見られると恥ずかしいよぉ……」


「ご、ごめっ……」


「……なんて、ね? いいよ。私が見せてあげるって、言ったんだもん……しっかり、見て。それでこれ、どうかなぁ?」


 まだ恥ずかしそうではあるが、里桜は俺の前でくるりと回ってみせた。


「えっと、その……すごく、可愛い……」


 どうして肝心な時に俺の言葉はこんなにも不自由なんだ。他にも色々言うべきことがあるだろうが。せっかく昨日予行練習したってのに、まるで役に立ちゃしねぇ。


 なのに真っ白になった頭からはそれ以上の言葉は出てこなかった。


「わりぃ、これしか──んっ?!」


 不意に、里桜の手が伸びてきて、その人差し指が俺の唇に触れる。


「ううん、いいよ。隼くんの顔見たらね、だいたいわかったから。えへへ……嬉しっ」


「そう、か……なら、よかったよ」


「でも、まだ一つ目だから。次の、着てみるね?」


 再びカーテンの奥に里桜が消え、俺は大きく息を吐いた。


 ……なんで何着も選んじゃったんだろ。


 一着目から瀕死の重傷を負っているというのに。色々見てみたかったのは本当だが、さすがにもう……。


 そんな俺とは裏腹に、里桜はしだいに興が乗ってきたのかノリノリで、俺の選んだ水着を見せつけてくる。


 黒色のワンピースタイプは布面積が大きいくせに肩紐もなく、脇腹や背中にはところどころ隙間があり肌が見えている。どこかエロ──いや、色気がすごくて、普段の里桜からは想像できない大人な魅力にドキッとさせられた。


 パレオ付きは俺にだけ見せてくれる天真爛漫さにマッチしていた。屈託のない笑顔に爽やかな水着がよく似合っていて、思わず見惚れてしまった。


 そんなことを数度繰り返すと、天国と地獄の入り混じった時間は終わり、元の服に戻った里桜が試着室から出てくる。俺はどうにか乗り切ったことに安堵しつつも、ぐったりしながら里桜に尋ねた。


「……里桜の気に入るのは、あったか?」


「うんっ、買うのは決めたよ」


「どれにしたんだ?」


「それはぁ、後のお楽しみ、だよっ?」


「そうか……」


 気になるところではあるが、まぁさすがに今日はこれ以上の試練はないだろう。と、安心したのも束の間、


「じゃあ次は隼くんのだねっ!」


 そういや、俺のは里桜が選ぶって──


 今度は俺が里桜の着せ替え人形にさせられる番らしい。


 ……あぁもう、勘弁してくれ。

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