第38話 幼馴染とのデート前日
試験はつつがなく進んでいった。
里桜がうっかり弁当を作ってしまったのは初日だけだったが、二日目以降も家に帰って自己採点をして。採点が済むたびに里桜に褒められて、頭を撫でられた。
もちろん言うまでもなく里桜の方が圧倒的に点数は高かったわけだが。というよりも、ほぼ満点という相変わらずな規格外っぷりを見せていた。それなのに間違えた数問をじっと眺めて悔しそうにしていたな。
そんなこんなで最終日、最後の科目も今しがた終了したところだ。試験から解放されると、教室内は一瞬で喧騒に包まれた。
俺のもとにも里桜と悠人が寄ってくる。
「お疲れ様っ、隼くんっ」
里桜の表情も他のクラスメイト同様に明るい。疲れた身体に里桜の笑顔が染み渡り、癒される。
天使か?
いや、女神様かもしれん。
癒しと学問の女神様だな。
「隼、お疲れ……」
一方の悠人は少しだけげんなりした顔をしていた。いつもの爽やかフェイスはどこにいっちまったんだか。
「おう、お疲れ。んで、どうしたんだよ悠人、そんな浮かない顔して。もしかして最終日にやらかしたのか?」
ちなみに俺は里桜先生の個人授業のおかげで、今日も手応えばっちりだ。これで明日は憂いなく里桜とデートができる、はず。
「まさか……そうじゃなくて、俺、これから部活なんだよね。最近は結構遅くまで勉強してたから、ちょっとしんどいなって思ってさぁ」
「あー……それは、頑張れ」
「いや、もちろん頑張るけど。夏には大会も控えてるからね」
悠人が所属しているのは陸上部、団体競技と違って一年生でも個人種目での参加があるのだろう。
「なら余計頑張れよ。応援だけはしといてやるぞ」
「うん、ありがと」
現地にまで応援に行くかどうかは──まぁ予定次第ということで。
都合が合えばだが、いっそ蛍でも連れて行ってみるか?
……それをすると逆にパフォーマンスが落ちるかもしれんな。ひとまずは保留にしとくか。
「でもそうなると──いつものアレは無理そうだな」
試験前から里桜に構い切りだったし、たまには悠人とも、と思っていたんだが。
「ねぇねぇ隼くん、いつものアレってなんのこと?」
脇にちょこんと控えて悠人との会話を聞いていた里桜が、俺の制服の裾を摘んで小首を傾げた。そういえば里桜にこの話をしたことはなかったか。
「んーとな、俺達さ、いつも試験が終わったら気晴らしに二人で遊びに行ってたんだよ。なぁ、悠人」
中学時代の俺と悠人は試験が終わったその日に二人で遊びに出かけるのがお決まりだったのだ。中学一年生の二学期から始まって、そこからは恒例行事になっていた。
ファミレスでひたすらくだらない話をしたり、カラオケで熱唱したり、ストレス発散と称してボウリングなんかで身体を動かしたりしてな。
「うん、そうだね。でも申し訳ないけど今日は無理そうかなぁ。明日か明後日なら部活は午前で終わるから、昼以降なら大丈夫だよ」
「んじゃ明後日にすっかぁ──って勝手に決めちまったけど、里桜」
「んー、なぁに?」
「明後日さ、悠人と遊びに行ってきてもいいか?」
一緒に暮らしてるのだし、こういう確認はきちんとしておいた方がいいだろうからな。
わずかに目を丸くした里桜は、すぐいつもの笑顔に戻ってコクリと頷いた。
「うん、いいよ。二人で楽しんでおいで。私は明日一日、隼くんの時間をもらえるしね。それに──」
里桜はチラリと悠人に視線を送り、小さく頭を下げる。
「──時雨くん、こないだは我儘言っちゃってごめんなさい……。私、なんか独占欲、すごく強いみたいで……」
「ううん、気にしないで。俺もそのへんのことはなんとなく理解してるつもりだから。むしろ隼のこと、貸してくれてありがとね」
「時雨くん……私の方こそありがとう。これからも、隼くんと仲良くして、あげてね?」
「もちろんだよ」
無性にこそばゆくなるが、俺としては里桜と悠人が仲違いしなくて一安心、といったところか。
「それにしてもさ、隼」
「ん?」
「さっきの、なんか飲みに行く前日のうちの父さんみたいだったよ?」
「はぁ? なんだよ藪から棒に」
「いやぁ、遊びに行く許可をとるのがさ、夫婦みたいだなぁって」
「ばっ……! まだそんなんじゃねぇし!」
一気に顔が熱くなるのを感じる。そんな俺を見て、悠人と、なぜか里桜まで笑っていた。
「あははっ。まぁ明後日、楽しみにしてるからさ。ってことで俺はもう行くよ。二人とも、またねー」
そう言ってあっさりと背を向けた悠人は、一度だけ振り返り、ニヤリと含みのある笑みを浮かべてさっさと教室を出ていった。
「おい悠人っ……ったく、言い逃げかよ……」
「ふふっ、隼くん、顔真っ赤だよ?」
里桜は俺の顔を覗き込みクスクスと笑う。
「なんで里桜はそんな落ち着いてんだよ」
「さぁ? なんでだろうねぇ〜? それより、私達もそろそろ帰ろっ。私、お腹すいちゃったよ」
ケロっとした顔の里桜が俺の腕を取る。
「……ったく、わかったよ」
「へへっ、それじゃ行こーっ」
里桜に腕を引かれるまま、俺達は教室を後にしたのだった。
*
「ねぇ隼くん、これはどうかなっ?」
俺の前でくるりと一回転した里桜が言う。白と黒のチェック柄、半袖膝丈のワンピースが眩しいほどに里桜の魅力を引き立てていた。裾にはフリルがあしらわれていて、里桜が回るのに合わせてふわりと波打つ。
帰宅して昼食を済ませ、今日の分の自己採点を終えてからというもの、里桜は浮かれに浮かれていた。
明日は里桜からのお願いである買い物デート。里桜がそれを心待ちにしてくれていたのは俺も知っている。
にしても、これは浮かれ過ぎなんじゃねぇか?
「それも似合ってる。めっちゃ可愛いよ」
俺がこんな感じのセリフを言うのは既に5回目となる。里桜は明日のデートに着ていく服に悩み、俺に意見を求めてきたのだ。
今まさに、我が家のリビングは里桜のファッションショーの会場と化している。
にしてもこれ、新しい服いるのか?
見たことない服ばっかりだぞ……。
昔もそうだったけど、見たところ今も里桜はおしゃれ好きみたいだし、そんなもんなのかね?
視線を服から顔に戻すと──ぷくりと頬が膨らんでいた。頬を突っつきたくなる可愛さがあるな。
じゃなくてっ……なぜに?!
「もーっ、隼くんっ! さっきからそればっかりっ。まじめに考えてよぉ!」
「……これでもまじめにしてるつもりなんだが?」
「だってぇ、可愛いか似合ってるしか言ってくれないんだもん……」
女の子って、難しいのな……。
夏服の制服姿を褒めた時は、動揺しながらも喜んでくれたってのに。
「しょうがねぇだろ。どれも素直な感想なんだからさぁ」
「……じゃあ、これはどんなふうに似合ってる?」
あぁ、なるほどな。里桜はもっと具体的な意見がほしかったのか。
俺は再びじっと里桜を見つめて、口を開く。
「そうだなぁ──ワンピースってのが清楚っぽくて里桜に合ってる、かな。それにウエストのリボンがアクセントになってて可愛いし、スタイルもさらに良く見えるな……って、こんな感じでどうだ?」
俺がそう言うと、里桜はパアッと表情を明るくした。
「そうそうっ! そういうのが聞きたかったのっ! ふふっ、そっかぁ、隼くんはそんなふうに見てくれるんだぁ……」
「で──結局どうするんだ?」
「んー……せっかくのデートだし、もうちょっと悩んでみる。隼くん、悪いけどもう少しだけ付き合ってねっ」
「お、おぉ……わかった。うん……デート、だもんな」
俺は頷きつつも、また部屋へと戻っていく里桜を見送って首を傾げた。
あれ、おかしくねぇか……?
これって、本来明日することなんじゃ……?
店で試着をした里桜が俺に意見を求める、そんなデートになると思っていたのだが。
……まぁいいか。予行練習、ってことでな。
デート中、俺が可愛いしか言わなくて里桜を拗ねさせなくてよかった、そう思うことにする。
「隼くーんっ! 次の着てきたよーっ!」
「むっ……今度はデニムか。それも可愛い──いや、どっちかって言うと格好いい系か? 本当に里桜はなんでも似合うな……」
「えへへ。そうかなぁ? 隼くんにそんなこと言われると照れちゃうよぉ……」
格好いい系の服装をしていても、頬に手を当て、もじりと恥ずかしげに身体をくねらせる里桜の姿は可愛らしい。
このギャップも捨てがたいが、
「まぁでも──俺的には……里桜は可愛い系の服を着てる方がいい、かな」
どうせなら『可愛い』✕『可愛い』の相乗効果を狙いたいところだ。
「そっかぁ。そういえば昔もそう言ってくれてたもんね。じゃあその方向で考えてみるっ。また着替えてくるから待ってて!」
「はいはい」
その後も何度も服を着替えては意見を求めてくる里桜に、俺は苦笑しつつも付き合うことに。そしてこのファッションショーは里桜が夕飯の支度を始める時間になるまで続くことになった。
◆side里桜◆
デート前日の夜。
ベッドに横になった私は、天井を見つめながら物思いに耽っていた。
隼くんの協力のおかげで着ていく服は決まった。もちろん、どれにしたのかはまだ内緒にしてあるけど、前日にできる準備は完璧。あとは出かける前にしっかりおめかしするだけだね。
「はぁ……隼くんとデートかぁ。楽しみだなぁ……」
約束をしてから、どれだけこの日を心待ちにしていたかわからないよ。小さい頃はいつも二人で遊んでいたけど、デートなんて意識はなかったもんね。
つまり、これが私達の初デート。
当然だけど、隼くん以外の男の子ともデートなんてしたことはないよ。昔から、嫌いだって思い込もうとしていた時も含めて、常に私の心の中には隼くんしかいなかったからね。
まずはこれで一つ、私の初めてを隼くんにあげられる。あっ、でも初恋も隼くんだから二つ目になるのかな。
これからもこうしてたくさんの初めてを隼くんに──
──はっ……?!
隼くんも、初めて、だよね……?
もし、隼くんがこれまでに他の女の子、と……。
そう考えたら、心の奥底から黒いもやもやみたいなのが湧き上がってきそうになって、私は慌ててその気持ちに蓋をした。ぎゅっと目を瞑り、頭を振って嫌な考えを追い出す。
ダメダメっ。明日は楽しいデートにするんだもん。
隼くんが初めてだろうと、そうじゃなかろうと、この先は全部私が独り占めするつもりなんだからそれでいいんだよ。
「はぁ……私って重いのかなぁ? でも──そんなの今更、だよね」
だって隼くんのために一人でこっちに戻ってきちゃうくらいだもん。
うん、明日はもっと隼くんに好きになってもらえるように頑張ろう。重いところも私の一部なんだし、丸ごと全部、隼くんに好きになってもらえば問題はないよね。
うーん。そのためには、どうしたらいいかなぁ……。
私は明日の計画について考えを巡らせる。
もう夏だもんね涼しい服が、いいよね?
更に考えて。
夏休みになったら、夏っぽい場所にもお出かけ、したいよね?
大まかなプランが固まってきて、このくらいにして寝ようと思ったんだけど。
──あーん……眠れないよぉ……。
隼くんがどんな反応をしてくれるのか、それを想像するだけでワクワクして目が冴えて、遠足の前の子供みたいに寝付けなくなっちゃった。
せっかく明日に備えて早く寝ることにしたのにぃ……。
「こうなったら、奥の手を使うしか、ないかなぁ」
私は一人ポツリと呟いて、ベッドを降りる。そして枕を胸に抱えて、私が一番安らげる場所に向かうべく、静かに自室を後にした。




