第32話 幼馴染とのツーショット
昔の俺達は、よく二人で写真を撮ってもらっていた。
保育園の入園式や卒園式、小学校の入学式、運動会なんかのイベント事は当然のように全て記録に残されている。家族ぐるみの付き合いだったので、一緒に遊びに出かけた時にも必ず。
花見で、プールで、水族館で、等々。
あげればきりが無いほどに、俺と里桜は同じ写真に写っていた。そしてその写真の中の俺達は、いつも仲良く寄り添って、満面の笑みを浮かべていたんだ。
***
ある日の夜のことだった。
仲直りをしたあの日から、俺と里桜は家でも一緒に過ごす時間が増えていた。意識的に増やすようにした、と言ったほうがいいかもしれない。
それ以前の俺は、食事以外の時は自室にいることが多かったからな。本当に里桜には寂しい思いをさせてしまっていたと思う。
と、里桜を理由に使ってしまったが、ぶっちゃけた話、ただ俺がもっと里桜と一緒にいたいだけなのだ。
今日は夕飯と風呂を済ませた後、リビングで二人肩を並べて授業中に出された課題と向き合っている。まぁ里桜はとっくに自分の分を片付けて、俺の隣でスマホを弄っているのだが。
俺は課題の英文を睨みつけているものの、なかなか頭に入ってこない。おまけに里桜がなにか動画でも見ているのか、小さく笑い声を漏らして、俺の集中力が途切れた。
ふと視線を感じて顔を上げると、里桜が俺の方にスマホを向けていた。そしてカシャッと音がする。
「ちょいっ……里桜? 今、なにした?」
「えへへ。真剣に頑張ってる隼くんの横顔、なんかすっごく格好いいなぁって思って。ねぇ、これ見てっ!」
そう言って、里桜は俺に身を寄せるとスマホの画面を見せてきた。そこには確かに俺の横顔が写っている。
課題をしていたせいか、少しだけ眉間にシワを寄せて難しい表情をした俺の顔。別に変な顔をしていたわけじゃないし、悪くない方だという自覚もあるが、自分ではお世辞にも格好いいとまでは思わない。別にナルシストでもないし、身近には悠人がいるしな。
ただ、知らないうちに写真を撮られていたことに落ち着かない気持ちになる。里桜から格好いいと言われたことも相まって、心臓がドキッとする。
「いや、待てって……なんでいきなり撮ってんだよ?」
「えっ。さっきから何回も撮ってるし、いきなりじゃないよ? ほらっ」
里桜の指が画面をなぞると、何枚もの俺の横顔の写真が次々に切り替わっていく。一つの写真をコピーしたように俺の表情はほぼ同じだが、どれも微妙に画角が違う。
視界の端でチョロチョロしてんなぁとは思っていたが、まさか撮られていたとは。
「おいっ、なにやってんだよ。ちょっと貸せっ」
里桜の手からスマホを奪い取った俺は、今さっき撮られたと思しき写真を全て選択して、
「ちょ、ちょっと隼くんっ? まさかっ──」
里桜の制止を振り切り、削除をポチッと。
「ふぅ……これでもう安心だ」
俺を収めた盗撮写真はこの世から綺麗さっぱり消えてなくなった。
「あーんっ! 酷いよぉ……せっかくの、隼くんの写真がぁ……」
手元に戻ってきたスマホの画面を見て、里桜がガックリと項垂れる。その表情に少しだけチクリと胸が痛んだ。
「う、うるさいな……勝手に撮る方が悪いんだろ」
「だってぇ……」
「だってじゃねぇよ、まったく……」
人が必死で課題をやってたってのにさ、油断も隙もあったもんじゃねぇな。
「……なら、勝手じゃなきゃ、いいの?」
「それ、は……」
写真を消されたせいで潤んだ里桜の瞳に心がざわつく。
「ねぇ隼くぅん……。写真、撮っちゃダメぇ? 私、隼くんの写真、欲しいなぁ?」
甘えるような声で言いながら、しなだれかかってきた里桜に揺らぎそうになる。
でも、
「……そんな声出してもダメだ」
「なんでぇ……?」
「なんでって、恥ずいだろうが……。それに俺の写真なんて撮ってどうすんだよ」
「んー……寝る前に眺めたり、とか? あっ、拡大プリントしてベッドの上の天井に貼るのはどうかな? そしたらずっと見てられるよね? だからおねがーい」
「却下だっ!」
なんだ、それ。里桜は自分の部屋をヤンデレ女子の部屋みたくするつもりかよ。一度それを許したら、壁一面俺の写真で埋め尽くされることになったりして……。
思わず身震いした。今のところ里桜の部屋に入る予定はないが、そんなの見たらさすがに俺もドン引きだぞ。怖すぎるわ。
まぁ悪い気はしないでも、ないけどさ……。
「うわーん……! 隼くんのケチーっ!」
そう叫んで、里桜は自分の部屋へと駆け込んでいく。
「お、おいっ、里桜っ?!」
後ろから声をかけるも、無情にもドアは閉ざされてしまった。
……しまった、言い過ぎたか?
いや、勝手に写真を撮ってた里桜が悪いよな?
でも──あんなに悲しそうな顔をさせるつもりはなかったのに。そんなにも俺の写真が欲しいのかよ。
写真くらい、とは思わなくもないが、里桜が嬉しそうに俺の写真を眺めている姿を想像すると悶えそうになる。
結局どうするのが正解だったのかわからなくなって、俺は里桜の後を追いかけることができなかったのだった。
そしてその日、里桜が部屋から出てくることはなかった。
*
翌日の放課後。
寝ている間に機嫌を直したのか、朝にはいつも通りになっていた里桜が予想外の行動に出た。
「あ、あのっ、時雨くんっ!」
自分の席で帰り支度をしていた俺が驚いて声のした方に目を向けると、里桜が硬い表情で悠人に声をかけているところだった。
悠人に事情を話したあの日から学校では三人でいることが多くなり、里桜は少しずつではあるが悠人とも打ち解けてきた。俺が間にいればそれなりに話ができるくらいにはなってきたかな、と思っていた矢先のことだ。
「えっ、はい? な、なにかな?」
悠人も、俺がいない状況で里桜に話しかけられたことに戸惑いを覚えているらしい。
「えっと、その……この後、少しだけ時間、もらえませんか……?」
「あー、部活まで、でよければ? でも……」
チラと悠人が俺に視線を送ってきた。
その意図を察した俺は鞄を掴み二人のもとへ歩み寄る。
「なんだよ里桜。悠人に用事なら俺も──」
「ううんっ、大丈夫だよ。本当にすぐ済むから、隼くんは先に帰ってて。ほら時雨くん、行こ?」
「あ、うん……。なんか、そういうことらしいから、ごめん、隼」
「あ、あぁ……」
今までこれほどはっきりと里桜に拒絶されたことのなかった俺は、教室を出ていく里桜と悠人を呆然と見送ることしかできなかった。
……俺抜きで、里桜が悠人と?
いったいなんの話をするんだよ。
まさか里桜が悠人のことをっ……?!
いや、それはないか。今朝の登校の時も俺にべったりだったし、朝食も弁当もハートがいっぱいだったもんな。
……じゃあ、なんなんだ?
わからないが、心がざわざわする。そんなタイミングでクラスメイトの一人の男子が俺の肩を叩き、声をかけてきた。
「どうした柊木、高原さんに振られたか?」
「振られたってなんだよ……んなわけねぇだろうが」
「いやぁ、わかんないぞ? 相手はあの時雨だからなぁ」
ニヤつく顔にイラッとする。
当然、悠人がモテるのは近くにいる俺がよく知っていることだ。
でも里桜に関しては違うと言い切れる。
里桜のことだって、俺はよくわかってるんだから。愛情深い里桜がそう簡単に心変わりするわけがないってな。
ただ胸のざわつきは大きくなって、俺はその男子を無視して足早に教室を後にする。ここ最近の登下校は里桜と一緒だったので、しばらくぶりの一人での下校はやたらと寂しく感じられた。
*
帰宅して着替えもせずに自室のベッドに座ってぼんやりしていると、里桜が帰ってきたらしく、かすかに玄関の開く音が聞こえてきた。
続いてバタバタと走る音、そして──
──バンッ
「しゅーんくーんっ!」
いつものことだが、ノックもなしに部屋のドアが開いて里桜が突入してくる。
里桜に飛びつかれた俺は、そのままベッドに押し倒されていた。
「なっ……! ちょっ、理桜?! いきなりどうしたっ?!」
「えへへ。一人で帰るの、なんか寂しくって、つい」
ついじゃねぇよ!
先に帰れって言ったのは里桜だろ!
と、叫びたい気持ちでいっぱいだったが、それよりも安堵が押し寄せてくる。あり得ないと思っていても、少しだけ──本当に少しだけだからな──不安になっていたみたいだ。
「あっ、もしかして隼くん。私が時雨くんのこと気になってるのかもとか、思っちゃった?」
「なっ……思ってねぇよ」
図星を突かれて顔をそらそうとすると、里桜が手でがっちりと俺の両頬を押さえ込み、じっと目を覗き込んでくる。もちろん押し倒された状態のままでだ。里桜は俺の腹の上に跨っていた。
「ねぇ隼くん?」
「な、なんだよ」
真剣な里桜の顔、長い睫毛に縁取られた大きな瞳に見つめられて、心臓がバクバクと鼓動する。ドキドキ、なんてレベルじゃなかった。
「それだけは絶対にないから、だから安心してね。こないだ隼くんがしてくれた約束、私すっごく楽しみにしてるんだから、ね?」
あぁ……本当に里桜は。俺が不安になる隙すらも与えてはくれないらしい。
そもそも……待たせてる俺が悪いんだけどさ。
「あ、あぁ、わかったよ……で、それなら悠人となんの話、してたんだ?」
「んふふっ、なーいしょっ、だよっ? 意地悪な隼くんには教えてあげませーんっ」
顔を動かせばすぐにでもキスができてしまいそうな距離で、里桜がいたずらに微笑む。クスクスと楽しげに笑うせいで、かすかに額が触れた。
「意地悪って──もしかして昨日の写真のことか?」
「そうだよっ! せっかくいい感じに撮れたのにさぁ、ぜーんぶ消しちゃうんだもんっ」
機嫌は直してくれたみたいだが、どうやらまだ根には持っているらしく、ぷくりと頬を膨らませる。
ここで俺は少しだけ考えて、折れることにした。
「……わかった。写真、撮ってもいいぞ」
俺がそう言うと、里桜の顔がパァッと明るくなる。
「本当っ?! いいのっ?!」
コロコロと表情を変えて忙しそうだな。こういう感情豊かなところも里桜のチャームポイントなわけだが、今は置いておこう。一々見惚れてたら話もできやしねぇしな。
よくよく考えてみれば、小さい頃の俺の写真ならいくらでも里桜は持っているはずなんだ。俺達の両親には、よく写真を撮られていたからな。今更写真の1枚や2枚くらいならどうってことはない、と思うことにする。
ただし、タダでというわけではないが。
「あぁ。でも二つ条件がある」
「うんっ、なんでも言って!」
「んじゃ一つ目だ。今後は勝手に撮らないこと。里桜にとはいえ、俺も知らないうちに撮られてたら恥ずい。撮る時はちゃんと言えよ」
「うっ……はぁい。ごめんなさい……」
うんうん、里桜は素直ないい子だな。自分の否を認められて偉いぞ。
「それと二つ目な。悠人となにをコソコソやってたのか、教えてくれ」
安心してって言われても、気になるもんは気になるんだ。里桜が自分から俺以外の男に話があるなんて、よっぽどのことだからな。
「……やっぱり、気になるの? 隼くんが心配するようなことは、なにもないよ……?」
二つ目の条件を提示すると、途端に里桜の歯切れが悪くなる。
「それでもだ。ほれ、簡単なことだろ? それで写真が撮れるんだぞ?」
「うぅ……わかったよぉ」
自分で言うと自惚れみたいだが、俺の写真の誘惑には勝てなかったらしい。渋々といった様子で里桜は頷いた。
「で、なんだったんだ?」
「えっとね……話す前に、謝っておくね。勝手なことして、ごめんなさい……」
「謝るようなこと、してたのか?」
「もしかすると、隼くんが怒るかと思って……はい、これ」
「ん、なんだ?」
「いいから、見て」
里桜はわずかに俯き、おずおずとスマホを俺に差し出した。その画面に表示されているのは──
「……これ、俺じゃん」
学ランを身に纏っていることから中学時代のもので間違いはない。悠人と肩を組んで、おどけた格好をしているこの写真には見覚えがある。というより、俺もまったく同じ写真を持っている。確か中学二年生の時の、文化祭で撮ったもののはずだ。
「時雨くんにお願いして、送ってもらったの。時雨くんなら私の知らない間の隼くんの写真、持ってるかもって思って……」
……この幼馴染、俺のこと好きすぎじゃないか?
まぁその気持ちに免じて、ここは大目に見てやることにするか。
「はぁ……いいよ、謝らなくて。でももう一つ、条件を追加させてくれ」
「えぇっ?! ここまでしたのに、そんなのないよぉっ……!」
「大したことは言わねぇから。あのさ……俺にも、里桜の写真、撮らせてくれよ」
里桜に触発されたんだろうな。俺も、今の里桜を写真に収めておきたくなったんだ。まだ恋人ではない里桜を、ただの幼馴染という関係のうちに。
恋人同士になったら──きっと、二度と元には戻れないだろうからな。すでに幼馴染としては距離感がバグっている気もするが、そんなことを言ったら昔からだもんな。
「そんなことで、いいの?」
「あぁ。俺の写真が撮りたいっていうくらいなんだ、そのくらいなんでもないだろ?」
「うん……いいよっ。あっ、それなら!」
なにかを思い付いたのか、里桜はパチリと手を鳴らした。
「ねぇ隼くん、一緒に写真、撮ろっ? 二人で並んでさっ」
「……それも、悪くねぇか」
「でしょー? なら隼くん、隣座って?」
俺の上から降りた里桜は、ベッドの縁に腰を落ち着けた。
「おう」
俺も短く返事をして里桜の横に腰を下ろす。里桜はスマホのカメラを起動して、目一杯腕を伸ばして、
「隼くん、もっとくっついてっ。これじゃ収まりきらないよ?」
「ん……このくらいか?」
里桜と肩が触れる。服越しでもその肌の柔らかさを感じてしまい、胸が高鳴る。
「そんなんじゃダーメっ! 隼くんがこないなら私からいっちゃうもんねーっ。ほーら、ぎゅーっ!」
里桜は片手で横から俺に抱きつき、すかさずシャッターを切る。
「撮れたーっ! ふぁあ……念願の隼くんの写真だぁ……!」
里桜は撮ったばかりの写真を眺めてはしゃぐ。喜んでくれるのはいいが、俺の顔が里桜の方に向いていた。おまけに驚いたせいで間抜け面してやがる。
「ちょっと待てっ! 今のはナシだ、やり直しを要求する!」
「えーっ! 上手に撮れてるよ? これも、消しちゃうの……?」
「いや、消さなくてもいいけど……もう一回撮るぞ。次は、俺がやるから」
「ふふっ、しょうがないなぁ。いつでもどうぞっ」
俺も自分のスマホを手に取る。カメラを起動して、ぐっと里桜の肩を抱き寄せた。そのついでに、頭も少しだけ里桜に寄せる。
「ふぇっ?! 隼く──」
驚く里桜を無視して、そのままシャッターを切る。撮れた写真を確認してみると、一瞬で頬を真っ赤に染めた里桜が目を丸くして俺を見つめていた。
「うん。よく撮れてるな」
「あぅ……不意打ちはズルいよぉ……」
「里桜もしたろ」
「そうだけどぉ……」
「ならもう一枚撮っとくか?」
「……うん、撮る」
やってるうちに俺も段々と楽しくなってきた。昨夜はあれほど恥ずかしかったのに、今はもうそれもほとんど感じない。
「今度はお互い不意打ちはなしだからな?」
「はぁい。ならしっかり準備しないとね」
里桜は俺にピトッとくっついてくる。そして俺の肩に頭を預けた。
「隼くんも、さっきの、して?」
「……はいよ」
俺もまた、里桜の肩を抱き寄せる。さっきよりも、里桜の身体が熱くなっているような気がした。
「じゃあ、撮るよ?」
「いつでもいいぞ」
もう里桜の前で取り繕うことはなにもない。まだはっきりとは言葉にしていないこの想いも、里桜に寄り添われたトキメキも、照れくささも、なに一つ隠すことなく表情に乗せてレンズに視線を送る。
里桜も──きっと同じ顔をしてくれてることだろう。
その瞬間が、記録として切り取られた。
「よーし、完璧っ!」
撮った写真を確認した里桜は満足そうに頷いた。そして、大事そうにスマホを胸に抱きしめる。
「はぁ……宝物が増えちゃったぁ」
「宝物って、大げさだな」
「大げさじゃないもーんっ。昔のもそうだけど、隼くんと撮った写真は全部、私の宝物なんだよっ」
「そう、なのか?」
「うんっ!」
里桜は満面の笑みを浮かべていた。
「なぁ里桜。今撮った写真、俺にも送ってくれよ。俺が撮ったのも送るからさ」
「もちろんっ。隼くんも、大事にしてくれる?」
「当たり前だろ」
言われるまでもない。なによりも、誰よりも大切な幼馴染との写真なんだから。
その後、里桜から送られてきた写真には、誤って消してしまうことがないようにしっかりとロックをかけた。
高校の入学式には撮れなかったし、な。
制服姿で、里桜と寄り添って撮った写真。二人とも笑顔で、ほんのりと頬が赤い。
なにもかも同じではないけれど、大事な部分は昔となに一つ変わっていなくて。里桜が思い出させてくれたこの気持ちに、胸が締め付けられる。
こうして、この写真は俺にとっても宝物になったのだった。




