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第31話 幼馴染との相合傘

 里桜は昔から割と抜けたところのある女の子だった。


 というのは俺からちょくちょく本人に言っていることでもあるし、里桜自身ですらそこを否定しないことからもわかると思う。


 二人で暮らし始めてから初めて一緒に買い物に出かけた時も、買い物メモを持っていたくせに料理酒を買い忘れたりしていたしな。


 そういうところも里桜の可愛いポイントではあるのだが、話が脱線しそうなのでこれくらいにして本題に入ろうか。里桜の可愛いところ語りを始めたら、いくら時間があっても足りないからな。


 あれは俺達が小学二年生のとある日の朝のことだった。


「おはよーっ、隼くんっ!」


「うん、おはよう」


 通学班の集合場所で挨拶を交わした時から里桜がご機嫌であることがわかった。


「どしたの、里桜? なんかいいことでもあったの?」


「えへへ、わかるー?」


 わからないわけがない。だって里桜はそれはもう眩しすぎる笑顔を浮かべていたのだから。


 その日の天気予報は曇りのち雨。辺りにはどんよりとした重苦しい空気が漂っていたのに、里桜の周囲だけ晴れているのではと勘違いするほどに明るい笑顔だったんだ。


 あれ……俺ってこの頃から里桜のこと好きすぎんか?


 まぁいいや。好きだったよな、うん。


「あのね、こないだお母さんに新しいカサを買ってもらったのっ!」


 その前の雨の日に里桜の折り畳み傘が強風のせいで壊れてしまったことは俺も知っていた。それを新調してもらったということなのだろう。


「どんなの買ってもらったの?」


「えっとねぇ、かわいいやつだよっ! かえりはきっと雨ふってると思うから、その時に見せてあげるねっ」


 本当は今すぐにでも見せびらかしたい様子だったが、どうやらもったいつけるようだ。


「わかった。楽しみにしてるよ」


 そして放課後、天気予報は当たり外は土砂降りの雨。昇降口で靴を履き替えた俺達は傘をさして外に出ようとして──


「あれぇ……?」


 里桜がランドセルを漁りながら足を止めた。


「どうしたの?」


「あのね……カサ、わすれてきちゃったみたい……」


「あらら」


「どうしよぉ、隼くん……」


 嬉しそうに傘のお披露目をする里桜の笑顔を期待していたのに、見られたのはしょんぼり顔だった。


「ならおれのいっしょに使お? 里桜の家までついてってあげるからさ」


「うん、ごめんねぇ……」


 里桜のことだから、きっと新しい傘の出番に浮かれて、家で眺めていてそのまま置いてきてしまったのだろう。まったく、おっちょこちょいな子である。


「いいよ、それくらい。それでさ、新しいカサはそこで見せてよ」


「っ?! わかったっ! ありがとっ、隼くん!」


 ちゃんとお披露目の機会を与えてあげればこの通り、しょんぼり顔は消えて里桜は笑ってくれた。


「なら早くかえろ?」


「うんっ!」


 そんなわけで俺達は身を寄せ合って相合傘で帰ることとなった。そんなことをためらいもなくできるのだから子供というのはすごいもんだ、と過去の自分のことなのに感心してしまう。


 そして帰った後に見せてもらった新品の傘は、里桜の名前にも入っている桜の花のような薄ピンクのもので、里桜にとてもよく似合っていた。


 と、こんな感じで里桜は昔から少し抜けたところのある女の子だったんだ。



 ***



 里桜と無事に仲直りをしてから数日後の朝のことだった。


「隼くんっ、おっはよーっ!」


 いつものように俺を揺すり起こした里桜は期待するような眼差しで俺を見下ろしていた。


「ん……おはよ」


「ねぇねぇ、隼くんっ。今日から夏服移行期間だよっ!」


「……そうだったな」


 俺は寝ぼけたままの頭で返事をした。


 そういえば昨日先生がそんなこと言っていたっけ。今日から一週間の猶予を持って全員が冬服から夏服に変わるんだったな。


「あのね、隼くん。私さっそく夏服着てみたんだけど、どうかなぁ?」


 里桜に言われて顔から視線を下げていくと、昨日までより随分と爽やかになった服装が目に入る。


 赤いリボンタイがよく映える真っ白なブラウス。スカートはぱっと見大差なくとも冬服よりはやや薄手なのだろう。全体的に見てかなり涼しげだ。


 そんな感想を抱いたが、里桜が求めているのが涼しげなんて言葉ではないことくらい俺もわかっている。


「うん……すっげぇ可愛い。似合ってるよ」


「はわっ……! また可愛いって……!」


 だからなんでそこで慌てるんだ。言ってほしかったんじゃなかったのかよ。


「事実だからな。気に入らないなら取り消すぞ?」


「あぁっ、ダメだよぉっ! 取り消しちゃヤダぁっ!」


「なら素直に受け取っとけよ」


「はぁい……えへへっ、嬉しいなぁ」


 里桜はそう言うと、その喜びを表現するようにその場でくるりと一回転、絹のように艶のある髪を靡かせて、ふわりとスカートの裾を広げた。


 おいおい、あんまり勢い付けて回ると見えるぞ……。


 チラッとスカートとは違う水色が見えた──のは気の所為ということにしておこう。


「それじゃ隼くんも早く起きて着替えよっか。私も隼くんの夏服見てみたいなぁ?」


「あー……すまんがそれは無理だ」


「えーっ! なんでー?!」


「だって出してねぇもん」


 俺はまだ夏服の用意をしていないのだ。入学前に購入はしているのだが、クローゼットに放り込んだ段ボール箱にしまったままである。


「ぶー……」


「ぶー、じゃねぇよ。明日までには用意しとくからそれで我慢してくれよ。それに今日は──」


 里桜がカーテンを開け放ったのだろう、そこから見える窓の外は雨。目覚めてからずっと雨音も聞こえていた。


「雨だし少し冷えるぞ? いきなりそんな薄着になって里桜は寒くないのか?」


「平気だもんっ。それに早く隼くんに見てもらいたかったんだもん。隼くんが、他の女の子の夏服、見ちゃう前に……」


「そうか……」


 あぁくそっ、それなら俺も夏服用意しときゃよかった。


 *


「ねぇ隼くん。お願いがあるんだけど」


 朝食の後、里桜が洗濯物を干しながら言う。ちなみに俺は皿洗い中だ。


「ん、なんだ?」


「あのね──今日からは待ち合わせするんじゃなくて、一緒に家を出ようよ」


「はぁ? それはダメだって話したばっかりだろ」


 俺と里桜が同居しているのがバレないように別々に出るという約束をしてから、まだそんなに日は経っていない。


「そうなんだけどね、あれから私、ずっと考えてたの。もし誰かに見つかったら、私が隼くんをお迎えに来てることにしちゃえばいいんじゃないかなぁって。幼馴染なのはもう皆知ってるわけだし、毎朝お迎えに来てても不思議じゃないでしょ?」


「……確かに?」


 すでに堂々と二人で登校して、幼馴染──もっと言えばとても仲の良い幼馴染であると公表したのだから、里桜の言い分に不自然なところはない。


 にしても里桜は大胆というかなんというか。


「でしょー? だからね、これからは一緒に出ようよ」


「そうだな。わかった、それでいこう。だったらついでに皿洗い終わったら洗濯物干すの手伝うよ」


 ずっと朝の里桜の仕事量が多すぎる気がしていたことだしな。


「本当? へへ、やっぱり隼くんは優しいなぁ」


「まぁ里桜にはな」


 約三カ月間もの間、同居していながら寂しい思いをさせていただろうし、その分は少しずつでも返していこうと思うんだ。


 とはいえ家事スキルでは里桜に遠く及ばない俺である。里桜から洗濯物のシワの伸ばし方なんかを教わりながらだったので、いつもより時間がかかってしまった。


 まぁそれは追々上達していけばいいか。


「それじゃ、行こっか?」


「おう」


「隼くん、今日はちゃんとお弁当持った?」


「当たり前だろ。こんな大事なもん、もう忘れたりしねぇよ」


 せっかく里桜が早起きして作ってくれてんだからさ。あの日はちょっと浮かれすぎてただけだ。


「ふふっ、そっか。ならしゅっぱーつ!」


「はいはい、はしゃいで転ぶなよ」


 靴を履くと、ごく自然な感じで里桜がするりと腕を絡めてくる。これはあれから毎朝のことなので俺ももうなにも言わない。


 ついでに、今では帰りも同じスタイルになっていたりする。昨日までは例のコンビニ前で別れて片方がしばらく時間を潰していたが、今日からはそれもなくなるんだろうな。こっちも毎日遊びに来てるって言っておけば問題はないはずだ。


 里桜との時間が増えるのは良いことだ。六年分、しっかり埋めないとだからな。それが済んだら、たぶん俺は里桜に告白することになると思う。


 もちろんここから六年待たせるわけじゃないからな。気持ち的な意味で、だ。


 エレベーターで一階に降りてエントランスへ。外に出ようとして、ようやく気が付いたことがある。


 外はかなり雨が降っているというのに、里桜が傘を持っていない。里桜はなにも持っていない両手でしっかりと俺にしがみついていた。


「なぁ里桜、傘はどうした?」


「あれぇー、忘れてきちゃったなぁー」


 里桜はふいっと俺から視線を外した。その抑揚のない声と、どこか落ち着いている様子にまさかという考えが頭をよぎる。


 いや、さすがにな。里桜のことだからうっかりしてただけだよな。


「……取ってこいよ。待っててやるからさ」


「えー、面倒くさいよぉ」


「面倒くさいって、こんな日に傘なしじゃ濡れるぞ?」


「それなら隼くんの傘に入れてもらうしかないよねっ」


 ……んんっ?

 まさかこれが狙いか?!


 一緒に家を出るだけでは飽き足らず、相合傘をご所望ってか?


 それならそうと最初から素直に言えばいいものを。


「しょうがねぇなぁ。今日だけだぞ? 次に傘置いてきたら里桜も置いていくからな?」


「そんなこと言ってぇ、置いていったりしないくせにっ。隼くんがそんなことしないの、私わかってるんだからね?」


 まぁそうだよな。置いていけるわけないよな。だって俺も里桜と一緒がいいし。一応言ってはみたが、里桜にはまるで効果がないようだ。


「濡れても文句は言うなよ?」


「言わないよーっ。ほら、遅刻しちゃうから早く行こっ」


 自分は傘を持っていないくせに、里桜は俺の腕を引いて外へ向かおうとする。


「わかったから引っ張るなって」


「えへへっ、隼くんと相合傘だぁ!」


 聞いちゃいねぇ。俺は急いで傘を開いて、なるべく里桜の方へと寄せることになった。


 横から聞こえるパシャパシャという足音、そのリズムだけで里桜が楽しそうなのが伝わってくる。里桜の横顔を見下ろすと、頬がゆるゆるになっていた。


 昔だって相合傘くらいしたことあるのに、この程度でそんな顔をしてくれるなんて──本当に里桜は可愛いよな。


 俺は学校に着くまでの間、そんな里桜の横顔をずっと眺めていた。


 そして学校に着き昇降口で里桜が腕から離れた時、俺は冬服を着てきたことに感謝することになる。


「お、おい、里桜っ!」


「なぁに、隼くん? あっ、腕が寂しくなっちゃったんでしょー? しょうがないなぁ」


 靴を下駄箱にしまった里桜が再び抱きついてくる。


「そう、じゃなくてだな……その、気付いてないのか……?」


「んー? なにに?」


 里桜は甘えるように肩に頭を預けてくるが、俺はそれどころじゃなかった。


「ほら……制服が──」


「制服……? あっ……!」


 ようやくわかったか。やはり子供のころと違って二人で一つの傘は狭かったらしい。


 里桜の着ているブラウス、その左半分がほのかに湿って張り付き、里桜の白い肌が薄っすらと透けているのだ。それだけではなく、夏服に合わせて爽やかな色を選んだのか、水色の──


 って、それは見えちゃまずいだろ。


「世話が焼けるなぁ……」


 こんな里桜の姿、他のやつらに見せたくない。俺が見る分には──ノーコメントだ。


 俺は着ていたジャケットを脱いで里桜の肩に掛けた。


「これもちっとばかし濡れてるけど、しばらく着とけよ」


「……いいの? 隼くんは寒くない?」


「俺のことは気にすんな。それとも誰かに見られたいのか?」


 俺がそう言うと、里桜はジャケットの合わせをぎゅっと閉じてぷるぷると身体を震わせた。


「絶対にヤっ! 隼くんだけになら、いいけど……」


 そこでそういうこと言うなよなぁ。いいのかよ、もっと見せろとか言っても。言わんけども。


「……中が乾いたら返せよ?」


「うん、ありがとっ。あっ、でも……これってさ、なんか、彼シャツ、みたいだよね?」


 自分の姿を見下ろして、嬉しそうに、はにかむように笑う。そんな里桜に、俺は一瞬で心臓を鷲掴みにされた。


「シャツじゃねぇし……そもそもまだ彼じゃねぇよ!」


「ふふっ、そうだねー? まだ、だもんね?」


 意味ありげにじっと俺の目を見つめてくる里桜。今更そんなことを確認するまでもないだろ。俺は待ってろって、言ったはずだぞ。


「まぁいいやっ。幼馴染ジャケット、お借りしまーすっ!」


 変な言葉を作りやがって。語呂が悪いにも程がある。


「ねぇねぇ隼くん、見て見てーっ!」


「今度はなんだよっ」


「んふふっ、ぶかぶかーっ!」


 里桜は袖から出きらない手を胸の前でぷらぷらさせていた。


 あぁもうっ、可愛いがすぎるだろ!


 俺はいったい一日で何回里桜のことを可愛いって思ったら気が済むんだ。


 普段はちょっとおどおどしながらも清楚ぶってるくせに、俺の前でだけ天真爛漫なとこ見せてくるの、まじでツボすぎるんだが?!


「それにね、隼くんの匂いがするのーっ」


 今度はその袖口を顔の前に持っていって、すんすんと鼻を鳴らし──


「やめろって、嗅ぐなよっ!」


 慌てて止める。


「なんでー? 別に臭くないし、むしろ安心するいい匂いだよ?」


「それでもだ! なんか恥ずい」


「もー、照れ屋さんなんだからぁっ。じゃあやめてあげる代わりに、私の匂い、いっぱいつけとくね?」


「なんでもいいから黙って着といてくれよ……」


 じゃないと頭がおかしくなりそうだ。


「はぁーいっ」


 里桜は俺の顔を眺めてニヤついていた。


 もうどこまでがうっかりで、どこまでが計算ずくなのかわかんねぇよ……。


 2限目が終わって手元に返ってきたジャケットには里桜の甘い香りがしっかりと染み付いていて──俺はその後の時間を、里桜の香りに包まれてドキドキしながら送ることになったのだった。

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