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第30話 幼馴染には甘い

 昔の俺は里桜に甘かった。里桜にお願いされれば、だいたい言うことを聞いてしまうくらいには。


 例えば、の話をすると──


 あれはいつぞやの冬、俺達の住んでいた地域にしては珍しく積もるほどの雪が降った日のことだった。


 その日は学校が休みだったはずだ。俺は朝から里桜の家に遊びに向かった。里桜の家までのわずかな道のりですっかり冷え切った俺は、暖房の効いた里桜の部屋でのんびりぬくぬく過ごそうかと思っていたのに、


「隼くんっ。いっしょににゆきだるま作ろーっ!」


 里桜は外で遊ぶ気満々な格好をして玄関で俺を待ち構えていた。頭にはニット帽、手には手袋、首にはマフラー、足元は中がもこもこなブーツ、ダウンジャケットも着込んでの完全防寒である。


「えぇ……外、すごくさむいよ? 今日は家の中であそぼうよ」

 

「やっ! だってこんなに雪がふることないんだもん。雪あそびしたいのっ!」


 里桜はかなりの寒がりだったはずなのに、降り続く雪にすっかりテンションが上がっている様子。そんなにもはしゃぐ里桜を見たらダメなんて言えないのが俺である。ろくに抵抗することもなくあっさりと自分の意見を曲げた。


「もー、しょうがないなぁ」


「えへへ、やったぁ! じゃあ行こーっ! 大っきいの作ろうねっ」


 里桜は俺の手を引いて、家の外へと飛び出した。


 家の前の道路のまだ踏み固められていない雪を二人で一生懸命かき集めながら転がして雪玉を二つ作り、それを重ねて。当時の俺達の身長くらいあるゆきだるまになったんだっけ。


「隼くんっ、すごいのができたねっ!」


「だねぇ」


 我ながらよく頑張ったと思う。おかげで里桜の家の周囲にはほとんど雪が残されてはいなかった。


 遊び終わって自分の家に帰った時には手がしもやけになっていたけれど、二人で作ったゆきだるまを満足そうに眺めていた里桜の顔を思い出せば、そんなことは全然気にもならなかった。


 里桜が笑ってくれるなら、俺はどこまでも里桜に甘くなれたんだ。



 ***



 昼飯が終われば悠人との約束を果たす時間だ。ただ教室で話せる内容じゃないんだよな。信用している悠人だから話すのであって、里桜と同居しているなんて他の人間にはとてもじゃないが聞かせられない。


「それじゃ悠人、ちょっと移動するけどいいか?」


「あっ、うん。隼の話しやすい場所でいいよ」


「あとは里桜も付き合ってくれ」


「私も一緒の方がいいなら」


「むしろ里桜には居てもらわないと困るな。もし里桜が話してほしくないとこがあればすぐ止めてくれよ」


 というのは建前で、悠人に話す内容を里桜にも聞いてほしいって思ってるんだ。


「うん、わかったっ」


 食事タイムを経て里桜の緊張が解れたのか、だいぶ声が明るい。この調子なら俺抜きでも悠人と話ができるようになる日も近いかもしれないな。


 今後も一昨日みたいに体調を崩して休むことがあるかもしれないから、悠人がついていてくれたら俺もあんし──ん?!


 ──ぎゅうっ


 今後のためにと考えを巡らせていると、里桜が俺の腕に、さも当たり前のような顔をしてしがみついてきた。


「……里桜?」


「なぁに?」


「なぁにじゃなくてな、なんでくっついてくるんだよ」


「んー、離れたくないから?」


「離れたくないって……」


 飯の間も隣にいたろうに。隙あらばくっついてこようとするの──めちゃくちゃ可愛いんだけど?


 しかも甘え顔のオプション付きだ。


 自分がされると恥ずかしがるくせに、どうなってんだろうな。


「だってこうしてると落ち着くんだもん。まだ時雨くんと話すのは緊張するから、しばらくこうしてちゃダメかなぁ?」


 だからな、里桜。うるうるした目で見るのはズルいんだって。そんな顔されたらなんでも許しちゃうだろ。


 思い返せば昔から俺は里桜には甘かった。激甘だったと言ってもいい。そしてその感覚を取り戻しつつある俺、すでに身体が勝手に首を横に振っていた。ついでに口からも。


「わかったよ。本当に里桜はしょうがねぇなぁ」


「えへへ、それほどでもないよっ」


「言っとくけど褒めてないからな?」


「えーっ! でもこうしてると隼くんも嬉しそうだよ?」


 そりゃそうだ。里桜にくっつかれて嬉しくなかったことなんてないんだから。


 ……昨日きっちり話をするまでは戸惑いが勝ってたけどな。


「まぁいいや。とりあえず時間なくなるから行くぞ。ほら、悠人もな」


「あ、あぁ、うん。ごゆっくり?」


 悠人のやつ、なに言ってんだ。悠人が来なきゃ話にならねぇだろうが。


「バカ言ってないでさっさと来いよ」


 左腕を里桜に取られたまま、右手で悠人の首根っこを掴んで引き摺るように教室を後にする。俺達の動きに合わせて視線が移動してくるが、もう気にしないことにしておく。朝に引き続き弁当食ってる間もそうだし、ここまできたら今更だからな。


 これで里桜にちょっかいをかける男がいなくなるなら安いもんだ。開き直って存分に仲の良さを見せつけていこうと思う。ちゃんと告白するまで邪魔されたくねぇしな。もちろん、その後も。


 そして向かう場所はもちろん図書室である。昼休みに何度も里桜とそこで会ってるけれど、いまだに他の人を見かけたことはなく、内密な話をするのにはもってこいの場所だ。


 どんだけ図書室の需要がないんだか。蔵書はそれなりの量があるのに泣いてるぞ。まぁ俺達も場所を使っているだけで本には一切目をくれていないわけだがな。


 図書室に着いたら俺と里桜が座る席はもう決まっている。読書スペースの窓際だ。俺を真ん中に里桜が左、悠人が右に腰を下ろす。


「さて……。先に里桜に確認しとくな。俺達の現状をほぼ全部悠人に話すことになると思うけど、構わないか?」


「えっと……うん。隼くんが話しても大丈夫って思うことなら私も平気だよ」


「りょーかい。んじゃ悠人、約束通り話すけどさ、まずは色々黙ってて悪かったな」


 冷静になって振り返ってみれば、悠人にも心配をかけたと思う。これまで悠人は何度もなにか言いたそうにしてはやめることがあった。このお人好しの友人は詮索しないという約束を律儀に守ってくれていたんだ。


 それなのに俺は自分のくだらない気持ちにばかり気を取られて──申し訳ないことをしてしまった。だからその分の誠意を見せないとこの先の友人関係にも影響が出る。


 里桜との一件で俺も学んだんだよ。わだかまりは残すべきじゃないってな。


 だから俺は悠人に頭を下げる。でも悠人は俺の肩を掴んでそれを止めた。


「俺はもう謝らなくていいって言ったはずだよ」


「そう、か……。ならさっさと本題に入るか。一応他言無用で頼むぞ」


「わかってるよ。隼が困るようなことはしないって。もちろん、隼の大事な大事な高原さんが困るようなこともね」


「おい……なんで大事なって2回も言ったんだよ」


「事実でしょ? 今日の二人を見てれば誰にだってわかるよ」


「まぁそうなんだけどさ……でも話の腰を折るんじゃねぇよ」


「ごめんごめん。ちゃんと聞くから」


「ったく……」

 

 悠人が聞く体勢に入ったのを確認してから俺は話し始めた。


 里桜が昔の俺と仲の良かった幼馴染だったということ、別れ際のことでずっと俺が悩んでいたこと、その問題が昨日悠人の言葉をきっかけにして片付いたということ。それから高校入学前から里桜と二人だけで暮らしていることも。


 そしてこれが一番重要なことなんだが、


「ってわけでさ、昔から里桜は、俺にとって──」


 俺は悠人から見えないところでそっと里桜の手を取った。


「──すごく大事な存在なんだよ」


 話す相手は悠人だけど、これを人に話すということが俺がしっかり里桜を見ていることの証明だと伝えたかったんだ。里桜は俺の自慢の幼馴染なんだぞってな。その気持ちが届いたのか、里桜も握り返してくれていた。


 そうしていると里桜が落ち着くからと俺にくっついてくる意味がわかる。なんだかんだで俺も里桜の手の柔らかい感触に安心感を覚えていた。


「……とまぁ、そんな感じだな」


 昨夜から話す内容については頭の中で要点をまとめておいたんだ。おかげで説明にはそれほど時間はかからなかったと思う。


 俺が話し終えると、悠人は俺と里桜の顔を交互に見比べた。


「なるほどねぇ。そりゃ二人だけで暮らしてるなんてなかなか言えるわけないよね。言いづらいこと、話してくれてありがと。それに隼が悩んでたことも解決できたみたいだし俺も安心したよ」


「そう、だな。俺も悠人に聞いてもらったらなんかすっきりしたわ」


 ずっと悠人に隠し事をしていたことに心の何処かで引っかかりを覚えていたんだ。里桜とのわだかまりがなくなって、悠人にも話せて、ようやく全ての問題から解き放たれたことになる。


「それはなによりだね。ってことで、聞くことは聞けたから俺は一足先に戻ろうかな。隼と高原さんはもう少しだけここにいなよ」


「なんでだよ。用事は済んだんだから俺達ももど──って、里桜?」


 立ち上がろうとした俺の腕を里桜が掴んで引き止めていた。


「ほら、高原さんも隼と二人になりたいみたいだよ?」


「……そうなのか?」


 ──こくり


 黙ったままだが、里桜は確かに頷いた。


「わかった。でももう昼休みもあんまりないから少しだけだぞ?」


 俺がそう言うと、里桜は花が咲いたように顔を輝かせた。


「それじゃお邪魔虫は退散するよ。二人ともごゆっくり〜」


「いや……ごゆっくりする時間はねぇんだって」


 悠人はひらひらと手を振りながら図書室を出ていった。悠人の背中が図書室のドアの向こうに消えた瞬間、待ちわびたように里桜が胸に飛び込んできて柔らかな感触に包まれる。


 里桜の体温が、鼓動が伝わってきて、心臓がドクンと跳ねた。


「隼くんっ、隼くーんっ!」


「わっ……ちょ、どうした?」


「えへへっ。んーん、なんでもなーいっ」


「なんだよそれ」


「いーのっ!」


 はしゃぐ里桜の声が静かな図書室の空気を震わせた。


 窓から差し込む午後の暖かな日差しが里桜の髪を照らし、淡い影を落とす。里桜の顔を見下ろすと、頬がほんのりと赤く染まり、その瞳には嬉しさと、ほんのわずかな照れを含んだ光が揺れて、俺を見上げていた。


 たぶん、改めて悠人に里桜が大事だって話したのが嬉しかったんだろうな。ならこうして里桜に立ち会ってもらったのは正解だったってことだ。


 これまで間違いだらけだった分、これからはもっとこうして──。

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