第29話 幼馴染との昼休み
昔は里桜と一緒に食事をしたり、おやつを食べたりするのは割とよくあることだった。まぁ今までも学校のある日の昼以外は一緒に食事をしていたんだけどな。
あれはいつのことだったか。別に特別な日というわけじゃなかったはずだ。里桜の家に遊びに行った時におばさんがおやつとして、近所の洋菓子店で買ってきたカットケーキを出してくれたことがある。
里桜は目をキラキラさせながらチョコレートケーキを選んでいたっけ。ちなみに俺はショートケーキをいただいた。
チョコレートケーキをフォークで切り崩して口に運んだ里桜は幸せそうに頬を緩める。
「ん〜! おいひぃっ!」
里桜は大の甘党なのだ。甘いものなら和菓子でも洋菓子でもだいたい好きだったな。それは今でも変わっていない。冷蔵庫に常備されているプリンを嬉しそうに食べているしな。
好きなものを食べている時の里桜ときたらそれはまた可愛くて……っと、話が脱線しそうだからこれはやめておくか。
里桜が食べるのを見て、俺もケーキに手をつけた。甘酸っぱいイチゴ、ミルキーな生クリーム、俺もついつい頬が緩むのを感じていた。
「ねぇねぇ、隼くんっ。こっちもたべてみてっ。おいしいよっ!」
隣に座っていた里桜が自分の分のケーキを崩してフォークに乗せ、俺の前に差し出していた。
「じゃあもらおっかな」
俺はためらうことなくそれをパクリ。濃厚なチョコレートの味が口いっぱいに広がる。ちなみにビターなチョコじゃなくて、子供に嬉しい甘々なミルクチョコだった。
「ねーっ、おいしいでしょー?」
「うん、おいしいっ。おかえしに里桜にもこっちのあげるよ」
俺も自分のケーキを同じくらいの量を掬って里桜に差し出す。里桜もためらわずに口に含んだ。
「ん〜! ショートケーキもおいしいねっ!」
完全な間接キスであるが、その頃はまだ幼かった俺にも里桜にもそんな概念はなかった。それゆえにこんなことも意識せずにできてしまっていたというわけだ。
当時はただ美味しいものを共有したいという気持ちしかなかったんだよな。
他にもペットボトルのジュースを回し飲みするのは当たり前だったし、一つのソフトクリームを二人でシェアしたことだってある。
今になって思えば、当時の俺達はなかなかすごいことをしていたんだな……。
***
「はい、隼くんっ。あーん」
俺の眼前にはハート型の玉子焼きが突き付けられていた。
そんなことをしているのはもちろん里桜である。里桜が自分の箸で俺の弁当箱から玉子焼きを一切れ摘んで、俺の口元に寄せてきたのだ。
あれ?
なんでこんなことになってるんだっけ?
現在は昼休み、つまり昼食の時間だ。
いつも通り悠人と弁当を食おうとしていたところに里桜が突撃してきた。
「しゅーんくんっ! 一緒にご飯、たーべよっ?」
それ自体は想定内、俺も普通に受け入れた。もう里桜を放置する意味がなくなったからな。もし里桜から来なくても俺から迎えに行くつもりだった。
朝の悠人の言葉が効いているのか、はたまた休み時間の俺と里桜の姿を見てか。羨ましそうな視線は感じるものの、もうなにかを言われることはなくなっている。
「悠人も一緒だけど構わないか?」
「だい、じょうぶっ。えっと……時雨くん、は隼くんの仲良しなお友達、なんだもんね。私も、その……少しは慣れときたいなって、思うし……」
うんうん、里桜は偉いな。まだド緊張してるっぽいが、その気があればどうにかなるだろ。
「あのさ、俺のことは気にせずに二人で食べたら……?」
「そんなことできるかよ。そしたら悠人が一人になっちまうだろうが。それともどっかの女子に混ぜてもらうか? 悠人なら喜んで仲間に入れてくれそうだしな」
自慢ではないが未だに俺も悠人もクラス内にお互い以外に仲の良い男友達がいないのだ。もちろん他の誰とも全く会話をしないというわけではないが、気心の知れた悠人とばかり過ごしていたら自然とこうなっていた。
「うっ……それは勘弁したいかなぁ。じゃあ……今日のところはお言葉に甘えとくよ。でも邪魔になったらちゃんと言ってよ?」
「んなこと言わねぇよ。俺と悠人の仲じゃねぇか」
そこまで冷たい人間だと思われてたんなら心外だぞ。里桜はもちろん大事だけど、悠人だって友達なんだからな。
「その俺に隠し事してたのは誰だっけ?」
「……すまん」
そこに関しては本当に申し訳ないって思っているんだ。だから話すことにしたわけだし。
素直に謝ると、悠人はくくっと小さく笑った。
「いや、俺こそごめん。気にしなくてもいいよ。いくら仲が良くても話せないことの一つや二つあるだろうしね。この後説明してくれるって話だしさ、今回はそれで水に流すことにするよ」
「わりぃな」
「だからいいって。それより早く食べようよ。ほら、高原さんがおろおろしちゃってるからさ」
里桜を見れば、弁当の包みを手に所在なげに突っ立っていた。
おっと、ほったらかしにしてごめんな。
「ほら、里桜も座れよ。飯にしようぜ」
「う、うんっ。お邪魔しましゅっ……!」
里桜……緊張しすぎだ。また噛んでるぞ。でも噛み方まで可愛いとかさ、そんなところも愛おしくなっちゃうんだよなぁ。
とりあえず里桜は俺以外の男子に苦手意識があるし、ここは俺が幼馴染としてしっかり解してやらないと。悠人と話しているせいで里桜が俺に話しかけてこなくなるなんてことがあったら寂しいからな。
手近な空いている椅子を拝借して座った里桜の頭をぽんぽんしておいた。
「緊張しなくて大丈夫だって。こう見えて悠人はいいやつだから」
「あぅ……。だから隼くん、そういうのは恥ずかしいよぉ」
朝は全く恥ずかしがりもせずに自分からくっついてきたくせになにを言ってるんだか。
「あのさ、隼? こう見えては余計だと思うけど? 隼にはいったい俺がどう見えてるのさ……」
そんなことをボヤいている悠人はひとまず放っておく。そんなの性格も含めてのイケメン野郎に見えてるに決まってんだろ。
「里桜がイヤならもうしないけど?」
「い、イヤじゃない、もんっ。隼くんに触られるのは……嬉しい、よ?」
「なら大人しくされとけよ」
「むぅー……なーんか隼くんばっかり余裕そうでズルーいっ。それなら私にだって考えがあるんだからねっ」
あぁそうか。たぶんこのせいだな……。
なんかよくわからんが里桜のスイッチが入った、そういうことなんだろう。
弁当箱を開いて、さて食べようかというタイミングで俺の箸が奪われた。
ちなみに悠人は俺と里桜の弁当を見比べて、
「やっぱりこれは高原さんが作ってたのかぁ」
なんて呟いていた。俺と里桜の弁当の中身はほぼ同じだからな。違いは量くらいなもんだ。
そんなことよりも奪われた箸だ。それがなければ食べられない。朝にも言ったけど、里桜が楽しみにしとけって言うから本当に楽しみにしてたんだぞ。
「おい里桜、箸──」
「はい、隼くんっ。あーん」
箸を奪い返そうとした矢先のことだったんだ。
「えっと……里桜……?」
「なぁに?」
「これは、なんの真似だ……?」
「隼くんのために作ったお弁当なんだもん。せっかくだから、私が食べさせてあげようと思って。イヤだった?」
イヤなわけがない。イヤなわけがないのだが、さすがに教室でとなると話は変わってくる。もちろんイヤになるということではなくて、ただただ気恥ずかしいってだけだ。
俺が躊躇っていると、だんどんと里桜の眉が下がっていく。
「イヤってわけじゃ、ないぞ……?」
「なら、大人しく食べてくれるよね?」
「それは、だな……」
くっ……これはさっきの仕返しってことか。まさかこんな手段に出るとは思わなかったぞ。
「隼さぁ……観念して食べてあげたら? 高原さん真っ赤になってプルプルしてるじゃん。恥かかせたら可哀想だよ?」
悠人よ──お前は余計なこと言わなくていいんだよ。
「そうだよ隼くん。食べてくれたらお箸返してあげるから早くっ」
「……ったく、わかったよ!」
風邪引いた時にも食わせてもらったしな。周りのことさえ気にしなければ……ただのご褒美か。好きな女の子からされりゃ嬉しいに決まってんだ。
「じゃあ隼くん。あーん」
「あー」
口を開くと玉子焼きが入ってくる。そして里桜の箸が俺の唇に触れた。
あぁ、やっぱり──
「うん、美味い……」
里桜の料理は最高だ。どこで覚えたのかは知らないが俺の好みにどんぴしゃなんだ。この玉子焼きだって、ふわふわに焼き上げられていてほんのりと甘い。まさに俺の好みだ。
でももし俺の好みの味付けじゃなかったとしても、里桜が作ってくれたのならそこから先はそれが好みになってしまいそうだ。
舌が歓喜に震えて、周りのことなんてもうどうでもよくなっていた。
「えへへ、ありがと」
「なんで里桜が礼を言うんだよ。普通作ってもらってる俺が言うもんだろ?」
「だって隼くん、ちゃんと美味しいって言ってくれるんだもん。そういうのってね、すごく嬉しいんだよ? もっと言ってほしくて、次も頑張ろうって思えるんだからね」
里桜は片手を頬に当てて目を細め、うっとりとした表情で言う。
「そうか……」
ただ普通に感想言っただけでこんな顔を見せてくれるなんて、そんなのズルくねぇか……?
俺ばっかり得してる気分だ。
なら──
「里桜、約束だから箸は返してもらうぞ」
「え、うん。どうぞ?」
ようやく手元に戻ってきた俺の箸。
ふっ、ここで素直に箸を返したのが里桜の運の尽きだ。
俺は里桜の弁当箱から玉子焼きをひょいと摘み上げた。
「ほれ里桜、お返しだ。口開けろよ」
「ふぇっ?! 私はいいよっ……!」
「うるさい。言ったろ、お返しだって。里桜が口を開けるまで俺はいつまでもこうしてるぞ?」
「それじゃ隼くんも食べられないじゃんっ!」
「なら早くするんだな」
じゃないと本当に玉子焼き一切れだけで午後を乗り切るハメになる。おまけに悠人に話をする時間もなくなるな。
「あぅ……わかったよぉ。あーん」
「ん、いい子だ」
玉子焼きを放り込んでやると、里桜はぎゅっと目をつむって口をもぐもぐさせる。恥ずかしいからって目をつむるとか、可愛すぎか?
喉がこくりと動き、里桜の目が開く。瞳は潤み、ふにゃふにゃに蕩けた顔で俺を見ていた。
「……美味しぃ」
「そりゃ良かったな。でも作ったのは里桜だぞ?」
「そうなんだけどね……隼くんが食べさせてくれたから。えへへ……私、幸せだぁ」
安い幸せもあったもんだ。
いや……安いなんて言ったらダメだな。これも全部里桜が頑張ってくれたおかげなんだもんな。俺はそれに甘えていただけで。
これからは里桜にも幸せになってもらいたい。俺が、そうしたい。
それなら──
「ほら、次だぞ」
今度は別のおかず、彩り良く添えられていたミニトマトを里桜の口元へ。
「えっ。でもそれじゃ隼くんが食べられないよ?」
「んじゃ俺には里桜が食わせてくれ」
そしたら俺も幸せだ。
「もーっ、隼くんはしょうがないなぁ」
里桜はそう言うと、嬉しそうに大きく口を開いた。
それからは食べさせ食べさせられて、少し時間はかかったけれどお互いにしっかりと完食した。そして食べている間中、側で見ていた悠人がずっとなんともいえない顔をしていたことにはついぞ気が付かなかったのだった。
◆side悠人◆
ねぇ……やっぱり俺ってお邪魔なんじゃないかな?
隼は居てもいいって言ってくれたけどさ、俺、完全に蚊帳の外なんだけど。
どうしたのさ、この二人。いきなり甘い雰囲気全開でさぁ。昨日まで無関係を装っていたのが嘘みたいに。
もちろん俺が焚き付けちゃったのはわかってるんだけどさ。でもそれがずっと続くとは思わないじゃん。
まだ付き合ってないっぽいこと言ってたけど、これで付き合ってないとか冗談にもほどがあるでしょ。
……これは蛍ちゃんに報告するべき案件、だよね。
ついでに俺も──
幸せそうに弁当を食べさせ合う二人を見て、ちょっぴり羨ましくなってしまった俺だった。




