第27話 幼馴染との待ち合わせ
小学生時代、俺と里桜は基本的に毎日一緒に登下校をしていた。
登校は近所の小学生での集団登校。家が歩いて5分ちょっとしか離れていない俺と里桜は当然同じ登校班だった。
下校は各々好き勝手に帰るスタイルだったのだが、里桜とは三年生までずっと同じクラスだったこともあって一緒に帰っていた。
俺としては里桜と一緒なのは考えるまでもなく当たり前のこと。でもそう思わないやつもいたんだよな。
あれは小学三年生の──いつだったっけ?
まぁいつでもいいや。普段通りに里桜と帰ろうとした時だった。
それくらいになると男女が一緒にいるとあれこれ言ってくるのが現れるんだよな。
「おい柊木っ! 今日も高原といっしょなのかよ!」
もはや誰だったのかも覚えちゃいないが、クラスの男子の一人が俺に言ったんだ。それも囃し立てるような口調で。完全な冷やかしである。
今にして思えば、あれは嫉妬だったのかもしれない。当時から里桜は可愛かったもんな。
そんなことは知ったこっちゃないし、俺はさらっと答えたんだ。
「ん? そうだけど、それがなに?」
ってさ。するとやつはさらに声を上げる。俺はさっさと帰って里桜と遊びたかったのに、面倒くさいやつもいたもんだ。
「ふーん、柊木は高原が好きなんだな」
うん、大好きだったさ。
でも小学三年生という年頃はそういうことに敏感になり始める時期なんだよな……。
そうだ、とは言えなかった。帰る間際だったこともあって里桜も隣にいる。いや、その男子のせいで俺の背中に隠れていたっけ。
とにかく恥ずかしかったんだ、はっきりと言葉にするのがな。ただ、否定だけはしなかった。
否定したら絶対に里桜がしょんぼりするからさ。
「どうでもいいだろ、そんなこと。ほら里桜、こんなのほっといて帰るよ」
「えっ、うん……」
俺は里桜の腕を引いて教室を後にする。こういうのはほうっておくのが一番だからな。
そして二人だけになった帰り道、里桜は申し訳なさそうに言うんだ。
「ごめんねぇ、隼くん……」
「里桜があやまることじゃないって。気にしなくていいから」
「でもぉ……」
「でもじゃないの。おれがしたいからしてるだけなんだからいいんだよ」
「隼くぅん……」
里桜が捨てられた仔犬みたいな顔をして、俺の手を握ってきた。手を繋ぐなんて当時は普通にしていたはずなのに、その時はすごくドキドキしたんだ。理桜のことが好きなんだろとか言われたせいかもしれないがな。
そんなことがありつつも、俺達は離れ離れになるまでの間、ずっと登下校は一緒だったんだ。
***
「ねぇ、隼くんっ。今日から一緒に学校行こっ?」
里桜がそんなことを言い出したのは、俺達が無事に仲直りをした翌日の朝だった。
危うく食べかけのトーストを落とすところだったぞ。そんなキラキラした目をして言うなよな。
あ、ついでに言っておくと今日の目玉焼きもハート型だった。相変わらずの里桜の全力投球に俺はタジタジだ。その意味、わかってしまったからな。
というのはひとまず置いておいて……俺は少しだけ真面目に考えてから答える。
「別にいいけど、ダメだな」
「どっちなのっ?!」
「だから、ダメだけどいいんだよ」
「順番が逆になってもわかんないよっ?!」
そっかー、わかんないかー。
とりあえず目をまんまるにしてる里桜が可愛い。
っと、あんまりいじめると拗ねるからその前に説明してやらなきゃな。
「あれだ。里桜と幼馴染なのは隠さなくてもいいって言ったけどさ、一緒に暮らしてるのはバレたらまずいだろ?」
「あー……それは、そうだね」
「……というか、これって学校的には問題にならないのか? 俺達の現住所って学校は把握してるんだよな?」
今更ながらの疑問だった。
高校生の男女が二人きりで生活をしているというものを学校はどうとらえているんだ?
「あっ、それならなにも心配いらないよ」
「そうなん?」
「うん。だって隼くんはまだあっちの隼くんの家にいることになってるし、私はお父さんの実家に住んでることになってるからね」
俺が実家に行ってきたことはすでに昨夜のうちに話をしているし、里桜からも騙していたことを謝られている。だからこんな話ができるってわけだ。
ただ、問題自体は大きくなってしまった。
「それさぁ……なおさらバレたらまずいやつじゃん」
しかし里桜の計画がまさかそこまで考慮していたとは恐れ入る。そういえば里桜は昔から計画的だったもんな。俺が母さんの言っていたおかしな点に気付かなかったのも、きっと織り込み済みなのだろう。
「うー……でもせっかく仲直りできたんだもん、隼くんと一緒に行きたいよぉ……!」
そこについては、実はもう考えがある。
「だから、ダメだけどいいって言ったろ?」
「聞いたけどそれじゃわかんないもんっ」
「里桜は頭いいくせに肝心なところで抜けてるからなぁ。しょうがねぇから、説明してやるよ。とりあえず、一緒に家を出るのだけはダメだ」
「あっ! ってことは、まさか……!」
やっと気付いてくれたか。
「あぁ、途中で合流するならありってことだな。ただし、あんまり家から近いとバレるリスクが高いから合流地点は少し離れたところにしないとだけどさ。それでもいいか?」
「全然いいよっ! へへっ、嬉しいなぁ。また隼くんと一緒に学校行けるんだぁ。それにぃ──」
里桜はうっとりとした顔で宙を見た。
「それに、なんだ?」
「えへへ……なんか、デートの待ち合わせみたいでドキドキしちゃうね?」
「お、おぉ……そう、だな?」
デート、なのか……?!
もしかして今後は登校がデートになるのか……?!
いや、まだ付き合ってないけどな。
……付き合ってなくてもデートは成立するんだっけか?
するんだろうが……うん、わからん。
わかるのは里桜が本気で嬉しそうにしてるってことと、そんな里桜はすごく可愛いってことくらいだ。
「じゃあ隼くんが先に行っててよ。場所は──途中のコンビニの前でいいかな?」
「わかった。なら皿洗ったら出ることにするわ」
「うんっ。私も洗濯物干したらすぐに追いかけるね」
「おう、待ってるよ」
里桜と登校か。久しぶりだし楽しみだな。
そう思うと皿を洗う手が早くなる。里桜は里桜で洗濯物を干す手際がいつもの1.5倍速くらいになってるな。
そして部屋から鞄を取ってきて玄関に向かうと、里桜も手を止めてついてくる。
「隼くーんっ、忘れ物だよっ」
「あっ、すまん……大事な物忘れてたな」
里桜作の弁当である。急ぎすぎてテーブルの上に置いたままにしてきてしまったらしい。
「んふふっ。私の作ったお弁当、大事な物って言ってくれるんだぁ?」
あ、しまった……つい口を滑らせた。ここまで言うつもりはなかったのに。
でも……再会から今日までのことを考えれば、少しくらい素直になってもバチは当たらない、か。まだなんか照れくさいけどな。
昨日は聞こえないように呟いた言葉を今度ははっきりと伝えることに。
「そうだよ……。言ったろ、里桜の飯が一番美味いって。毎日結構……いや、かなり楽しみにしてんだからな」
一日を乗り切るためには、もう里桜の弁当なしなんて考えられなくなってんだからな。
「はわわっ……。まさか隼くんがそんなこと言ってくれるなんてっ……」
なんで里桜があわくってんだよ……。
そんな反応されると俺までつられるだろうが。
「と、とにかくっ、そんなわけだからもう行くぞ。待ってるから里桜も早く来いよな」
「う、うんっ。えっと……その……隼くん、いってらっしゃい?」
「里桜、疑問形になってるぞ」
俺には散々言ったくせにさ。こういうところはちゃんとしないとダメなんだぞ?
俺が言えた口じゃないけどな。
「あぅ……。隼くんのせいだもん……」
「そりゃ悪かったな。でもやり直しだぞ。ほら、行ってくるな」
「うんっ、いってらっしゃい」
「ん、いってきます」
少し赤くなった里桜に笑顔で見送られると、顔がニヤけそうになる。
……もうニヤけてるかもしれないが。
わだかまりがなくなってしまえば、なんでもない朝の一幕ですら幸せだったんだと思える。
里桜はずっと俺にそれを伝えようとしてくれてたのか……。
全然気付いてやれなかったことに申し訳なくなる。
でもさ──ちゃんと応えるから、もう少しだけ待っててくれよ。
久しぶりに軽くなった心で、俺は跳ねるような足取りで待ち合わせ場所であるコンビニに向かうのだった。
◆side里桜◆
私は光の速さで洗濯物干しを終わらせて家を出た。
だってね、隼くんが私を待っててくれてるんだもん! つい今さっきお見送りしたばっかりだけど、早く隼くんに会いたいんだもん! もう1秒たりとも離れていたくないんだもん!
自然と駆け足になる。待ち合わせ場所のコンビニまでは普通に歩いたら5分ちょっと。そこを2分で駆け抜けた。
運動は苦手な私だけど、隼くんのことを思い浮かべると息も切れなくなっちゃうんだから自分でもビックリだよね。
「しゅーんくーんっ!!」
コンビニの前ではちゃんと隼くんが待ってくれている。私は手を振りながら大声で名前を呼んだ。コンビニから出てきた他の人がびっくりした顔でこちらを見てたけど、そんなのを気にしてる余裕はないんだよ。だってそこに隼くんがいるんだから。
私は迷わず隼くんの腕に飛び付いた。
人に見られるの恥ずかしがってなかったかって?
そんな昔のことなんて忘れちゃったもーんっ!
「えへへっ。隼くんっ、お待たせっ!」
「ちょっ! 里桜、まさか走ってきたのか? 全然待ってないぞ?」
「んふーっ。だーって隼くんを待たせたくなかったし、私が待ちきれなかったんだもん」
「お、おぉ……そうか……」
おやおやぁ? 隼くんってば赤くなっちゃった。
嬉しいのかなぁ? それとも照れてるのかなぁ?
どっちにしても、隼くんが可愛いっ。
隼くんは格好よくて可愛いのっ。
「それじゃ、行こっか?」
「……このままでか?」
「もちろんっ。昨日言っておいたでしょ? 六年の空白分、ちゃんと埋めてねって」
ここでダメって言われても、私離れないからね?
そんな覚悟を決めたんだけど、隼くんはちょっとだけ私から視線を逸らして、
「……わかったよ」
って、そう言ってくれたんだぁ。
それならこのまま教室まで行こうねっ、隼くんっ?




