第26話 幼馴染の猛攻は終わらない
さて、これで里桜とのわだかまりもなくなって一件落着──のはずなんだけど。
「えっとさ、里桜……」
「なぁに、隼くんっ?」
「なぁに、じゃなくてだな……わかるだろ?」
「んー? 全然わかんないよ?」
里桜はぱっちりとした目で俺を見上げてきた。これは──本当にわかっていない顔だな。
「いや、その……いつまでくっついてるつもりだ……?」
話し合いも終わり、これからひとまずは昔のように、というところで決着がついたはず。なのに里桜は俺の腕にぎゅうっと抱きついたまま離れようとしないんだ。
「いつまでって……いつまでも?」
「明日の朝までこうしてるつもりかっ?!」
「明日の朝までなんて短いよぉっ! ずっと隼くんにくっついとくんだから!」
「学校行かないつもりかよ……」
「だってぇ……六年だよ? 六年も隼くんにぎゅーってできなかったんだもん。その空白分、ちゃんと埋めてくれなきゃヤっ!」
「無茶言うなって……」
確かに里桜はこうやってくっついてくるのが好きだったけどさ、さすがにずっとこうされていると俺も色々と困る。
なにが困るのかと言うと……
めちゃくちゃドキドキするんだよっ!
だって相手はあの里桜だぞ?
昔から可愛かった里桜が、さらに大人っぽく綺麗になってるんだ。しかも中身は大して変わっていないときた。
そんなのさ、昔の気持ちを思い出しちゃうだろうが……。
俺は里桜のことが好きだったんだ。どこにも行ってほしくないって思うくらい大好きだったんだ。
罪悪感で蓋をされていたその気持ちが、溢れてしょうがないんだよ……。
いっそこの勢いで言ってしまおうかとも思うけれど、ようやく仲直りができたところにいきなりぶっこむには些か早計すぎる気がするんだ。
そういうのはここからまたちゃんと関係を積み上げて、しかるべきタイミングというものを探りたい。
言っておくが、今度は決してヘタレているわけじゃないぞ。ただ今じゃないってだけで、いずれはしっかり伝えたいって思ってるんだからな。
告白のムードがどうとか、俺がそんなロマンチシズムを持ち合わせているとは思ってないけどさ。それでも里桜には……できるだけ喜んでもらいたいんだよ。
俺のことがが忘れられなくて戻ってきてくれた里桜なら、俺への好意がないってことはないだろう。
それなら、尚更。
泣かせたお詫びってわけじゃねぇけどな。
ただこれは俺の考えであって、里桜がそう思っているとは限らない。どういうことかというと、これだけ言っても一向に離れてくれる気配がない。
むしろ引き剥がされるのを恐れてか、より密着してきている。脚まで絡め取られてしまった。身体のほぼ半分を覆う里桜のぬくもりに心臓が張り裂けそうなほどに鼓動を速めていく。
「無茶くらい言うもんっ。六年間一度も会いに来てくれなかった隼くんには私の我儘を聞く義務があると思うんだよっ」
「それは里桜もだろっ!」
悪かったのは俺の方なんだろうけど、里桜だって俺に会いに来なかったんだ。その一点においてはお相子だろうに。
「なら隼くんも私に我儘言ったらいいんじゃないかなぁ。私、隼くんのお願いならなーんでも叶えてあげるよ?」
「なんっ、でも……って?」
里桜みたいな子が軽々しくそんなことを言ったらダメだろうが! 俺がとんでもないお願いを口にしたらどうするつもりなんだよ。
そんなことを考えていると、里桜はニヤッと笑った。
「あーっ、隼くん。今えっちなこと考えたでしょー?」
「考えてねぇよっ……! 里桜が隙だらけなことを言うから心配しただけで──」
「里桜が好きだから心配っ?!」
「言ってねぇよっ! 危なっかしいって言ってんだ!」
紛らわしい言葉選びをした俺のせいなのかもしれないけど……聞き間違いにもほどがあるだろうが!
好きだけどさ!
「それは残念……。でも心配はしてくれてるんでしょー? やっぱり隼くんはやっさしいなぁ」
里桜はそう言うと、また俺に強く抱きついてきて、額をグリグリと押し付けてくる。まるでマーキングをする猫みたいだ。
「あぁもう、それでいいよ。んで、俺の我儘も聞いてくれるって話だったよな?」
「えっ、うん。私にできることならなんでも言って? あっ、でもえっちなことは……まだ……」
「だから言わねぇって!」
なんだよ、まだ……って。
今はダメだけどそのうちよくなるってことなのか?
里桜、と──そういうこと、を……?
……うん、考えないようにしよ。
物事には順序というものがあるのだ。今から考えてたら絶対おかしくなる自信がある。
「とにかくっ、里桜にしかできないことなんだから聞けよ」
「はぁい。今度は真面目に聞くから、ほら、なんでも言って?」
「またなんでもって……ったく、んでその我儘なんだけどな、俺さ、腹減ったんだよ。だから……里桜が作った飯が、食いたいなって」
んんっ……?
なんでこれだけのことを言うのにこんなに恥ずかしくなってんだ?
でも……こう言えば里桜も離れてくれる、よな?
その思惑通りにようやく解放してもらえたわけだが、里桜は俺の耳元で大声を上げて飛び上がった。
「あーーっ、そうだったぁ!! ご飯の準備、まだなんにもしてなかったよっ! なのにもうこんな時間っ! すぐ支度するねっ!」
そしてバタバタとキッチンへ向かっていく。
俺も実家までを往復していたし、それから仲直りをして、その後はひたすらくっつかれて。そんなことをしていれば時間も過ぎるというものだ。
時計の針はもうすぐ21時を指そうとしていた。
ちなみに普段の夕飯の時間は19時くらい、そりゃ腹も減るはずだ。
たださ、いくら腹が減ったと言っても誰が作ったものでもいいわけじゃないんだよな。俺は、俺の胃袋をがっちりと掴んだ里桜の手料理が食べたいんだ。
「うー……。ごめんねぇ、隼くん……」
キッチンで作業を始めた里桜がしょんぼりしながら言う。里桜だけのせいじゃないのに。というかほぼ俺のせいなんだが。
「別に謝らなくていいって。毎食作ってもらっといて文句なんて言わねぇから」
「でもぉ……」
「でも、じゃねぇの。俺は作れないんだしさ。だから時間かかってもいいから美味いもん食わせてくれよ」
「隼くん……。うんっ、わかったっ!」
ぱぁっと笑顔に戻った里桜はクルクルと踊る。実際には踊っているんじゃなくて調理中なんだけどな。俺はその様子をリビングのソファから見守ることに。
こうして里桜がキッチンに立つ姿を見るのは実は初めてだったりする。これまでは出来上がってから里桜が俺を部屋まで呼びに来てたからな。
それにしても──
やっぱり、里桜は笑ってる方が可愛いよな。
もう……二度と曇らせないようにしないと。
「隼くん? そんなに私のこと見てどうしたの? 出来上がるまで待てない? プリン食べる?」
「なんでそこでプリンが出てくるんだよ……」
冷蔵庫にプリンが常備されてるのは知っているけどさ、今そんなものを食べたらもったいないだろ。美味いもんをより美味く食うには空腹感も大事なんだぞ。
「だって、我慢できなくなったのかなって思って」
「我慢できなくても我慢するっての。言ったろ、里桜が作ったのがいいって。それが一番美味いんだからさ」
「もーっ、隼くんってば褒めすぎだよぉ……。もうっ、もうっ……えへへ」
「お、おい……包丁使ってる時に余所見したら危ないぞ……」
と言ってはみたものの、里桜は俺の方を見ているにも関わらず包丁でリズミカルにトントンと音を鳴らす。
「平気だもーん。ほーらねっ。そんなことよりっ。ねぇ、しゅーんくんっ?」
「ん、なんだ?」
「こうしてるとさぁ、なんだか新婚さんみたいだねっ?」
「ぶっ……!」
思わず吹き出してしまった。
あのさぁ、里桜……。
そういうの、やめてくんねぇかなぁ?
思わず言っちまいそうになるから。
だからまだなんだってば。
里桜の一番喜びそうなシチュエーション考えるからさ、それまではもう少し加減してくれよ……。
なんて俺の心の声が里桜に伝わることはなく──
「隼くん、お待たせーっ!」
「あの……里桜?」
「なぁにー?」
ダイニングテーブルに出来上がった料理を並べていく里桜はそれはもうニッコニコだった。そして今日のメニューはオムライス、当然のようにケチャップで俺の名前とハートマークが描かれている。
そこまではまぁここでの暮らしの初日と同じだ。
でも違う点がある。
「なんか……ハートが増えてないか?」
俺の名前を取り囲む大きなハート、その周囲には小さなハートがいくつも追加されていた。
「んふふーっ。この意味、知りたぁい?」
里桜は俺の顔を覗き込んで、いたずらな笑みを浮かべる。
「……聞かなくてもわかるからいい」
だってこんなの、どう見たって家族への愛情でも幼馴染への親愛でもないだろ。ましてや形が可愛いからだなんて、そんな言い訳が通用するはずがない。
そこまで俺も鈍感じゃねぇからな。
「へぇ、そうなんだぁ? ならっ、お返事もらえるように私もっともっと頑張るねっ!」
「なっ……!」
いやっ……めちゃくちゃ嬉しいけどさ、頑張らなくてもいいんだって!
と言っても里桜は聞く相手じゃないんだよなぁ。
「ねぇねぇ隼くんっ! お弁当にもまた入れてもいいかな……?」
ほらな?
でも、ここでダメって言うと里桜をしょんぼりさせてしまうしな。
「好きにしろよ……」
とりあえず今はこれが限界だ。
「えへへっ、やったぁ! なら明日のお弁当、楽しみにしててねっ!」
「実はいつも楽しみにしてんだからな……」
里桜に聞こえないように、こっそりと呟いてみた。
これでもし里桜と付き合うことになったら──俺、どうなっちゃうんだ……?
この里桜の宣言通り、ここからより一層里桜の猛攻が激しくなっていくのだった。そして、それは俺からも──。
【第一部 完】




