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第19話 幼馴染は寂しがり2

 ◆side里桜◆


 私には隼くんが嫌いだった時期がある。


 ううん、もちろん本気で嫌いだったわけじゃないんだよ。ただ、嫌いだと思い込もうとしていた時期があったの。


 あれは小学四年生から中学二年生の春までのことだった。


 実家の私の部屋の壁には小さなコルクボードが掛けてあって、そこには一枚の写真が貼られている。もうすっかり色褪せてしまっているけれど、未だに剥がすことができずにそのまんまにしてある。


 その写真の中央に写っているのは幼い日の私と隼くん。肩を寄せ合って、二人とも笑ってる。撮ってくれたのはお父さん。離れ離れになってしまうなんて全く考えたこともなかった頃の楽しくて幸せな時間、その1ページを切り取ったもの。


 私はその写真に向かって、何度も、何度も何度も心にも無い言葉を浴びせ続けていたの。六年前に引っ越しをしてから、約四年間にも渡って。


『隼くんなんて大キライ!』


 そう言うのが毎朝、起きてすぐの日課だった。


 隼くんとのお別れは、キレイなものじゃなかったから。まるで喧嘩別れ。ううん、まるでじゃないね。喧嘩別れそのものだった。


 今でも忘れられないよ。売り言葉に買い言葉、お互いに幼くて自分の感情を制御できなかったんだよね。今ならわかるよ、あの時の隼くんも同じだったんだなってね。


 離れ離れになる前、隼くんに会ったのはその日が最後になった。引っ越しの当日、隼くんは見送りに来てくれなかったから。おじさんとおばさん、それと蛍ちゃんの三人がお見送りをしてくれたけど、本当に来て欲しかった人はついぞ姿を現さなかった。


 それからだよ。私がこの写真に向かって


『隼くんなんて大キライ!』


 と言うようになったのは。


 本当はね、寂しかったんだよ。大好きな隼くんと離れるのが。でも、もう会えない。もちろんまったく会えないわけじゃなかったんだろうけど、毎日のように一緒にいた私達にとってはもう会えないという認識で間違いはなかった。


 だからその気持ちを誤魔化すように『大キライ』と言葉にした。


 自分の本心なんて自分が一番わかってる。でもね、この時はこうするしか自分の心を守る術を知らなかった。そうでもしないと壊れてしまいそうだったんだ。


 私は来る日も来る日も写真に向かって『大キライ』と言い続けた。本当の心を覆い尽くすように、忘れてしまえるように、隼くんのことを心から嫌いになれるようにって。そうすれば辛くなくなるって、その時は本気で信じてた。


 けど私は気付いていなかったんだ。ううん、気付かないフリをしていたのかな。『大キライ』と言うたびに、心の奥底でまったく正反対の気持ちが養分を蓄えていくことに。


 そしてある日突然、その想いが私の胸の中で弾けたの。殻のように積み重ねた『大キライ』を割って、芽を出した。


 これが中学二年の春だった。


 朝起きて、いつものように写真に向かって『大キライ』と言おうと思ったのに口が動かなかった。唇が震えて、無理に絞り出すことすらも。


 そして写真を剥ぎ取り、胸に抱いて。涙がボロボロと零れ落ちて。嗚咽を漏らすように、私は──


『大、好きだよ……隼、くん……。キライになんて、なれないよ……。寂しいよぉ……会いたいよぉ……。隼、くん……』



 止まらなかった。


 

 止められなかった。



 もう抑たくなかった。



 これ以上偽れなかった。



 次から次へと涙が溢れて、写真に落ちた。


 みっともなくわんわんと声を上げて泣いた。泣き声を聞きつけて飛んできたお母さんが抱き締めてくれてもおさまらなくて。学校も休んで、半日もの間、涙が枯れるまで泣き続けた。


 私の心の中に生まれた芽は、今まで押さえつけられていたことへの反抗のように、蓄え続けた養分を糧に一気に大きくなっていく。幹は太くなり、私の心の根幹に深く深くしっかりと根を張り、枝葉を伸ばして──大樹になるのに時間はかからなかった。


 それは今も変わらず私の中に揺るぎないものとして存在する、


『隼くん、大好き』


 という気持ちそのものなんだよ。 


 この日から私は隼くんとの再会を考え始めて、そしてそこに向けて計画を立て始めたの。たった一度限りの再会じゃダメ、そんなんじゃイヤ。その後もずっと隼くんと一緒にいられるように。二度と離れ離れにならなくて済むように。


 これが私の復讐であり反逆の計画。

 私達を引き離した『運命』に対しての。


 私達を離れ離れにした『運命』なら、また私達が一緒に過ごせるようになって、そこから幸せになればきっと悔しがるでしょ?


 だから私は負けないよ。諦めない。


 隼くんが今も尚、あの時のことを後悔していたって関係ない。そんなものは私が壊すよ。隼くんの前でたくさん笑って、もう忘れてもいいんだよって伝える。


 そしてまたあの頃のように二人で笑って。


 そのあとは、もっとずっとその先まで一緒に────。



 ***



 ゴールデンウイーク初日、隼くんを一人家に残して電車と新幹線を乗り継ぎ実家のある街に戻ってきた。


 普通なら地元って言うところなんだろうね。でもここを地元と呼ぶのはなんか違うって思うんだ。だって、私にとっての地元は今でも……幼少期を過ごしたあの場所だから。


 隼くんとの思い出がたくさんある、あの場所なんだから。


 改札を抜けるとすぐ駅の外へ。ロータリーにはお父さんの車、その側には私の家族がいた。


「おねーちゃんっ! おかえりー!」


 ダーッと駆け寄って来たのは私の弟である翔。腰を落として受け止めてあげる。


「翔っ、元気だった?」


「うんっ!」


「あら? お姉ちゃんがいないーって泣いていたのは誰だったかなぁ?」


 その後をゆっくりと追いかけてきたお母さんが翔の頭をそっと撫でる。そしてお母さんと仲良く手を繋いでいるのはお父さん。


「こらこら栞。あんまり翔をいじめちゃダメだよ。翔はまだ小さいんだから仕方がないよ」


「いじめてなんかないよ? でもほら、もう少しお姉ちゃん離れしてもらわないとこれから困るでしょ? 里桜だってそんなに頻繁には帰ってこられないんだから」


「それはそうなんだけどね。まぁともかく、おかえり、里桜」


「うん、ただいまっ」


 いつも家族のことを一番に考えてくれているお父さん。家族皆を優しく見守ってくれるお母さん。そしてちょっとやんちゃだけど甘えん坊で可愛い弟、翔。


 これが私の大好きな家族。

 勢揃いでお迎えに来てくれたんだね。


 それからお父さんの運転する車で実家へ。


 まずは荷物を置きに自分の部屋に向かう。いつでも帰ってこられるように、私がいた時のままにしてくれてあるみたい。


「これも、そのままなんだね……」


 それはもちろん壁のコルクボードも、そこに貼られた写真も。この写真は私の偽りの気持ちと一緒にここに置いていったもの。もちろん元の写真のデータは持ってるけどね。


 キャリーケースを部屋の片隅に置いて、写真に触れる。指先でそっと。


「ごめんね……ひどいこと、たくさん言って。全部ウソだから。大好きだよ……隼くん」


 まだ隼くんの前では絶対に言えない言葉。でも言える日が近付いているようにも感じてるんだ。


 再会した日はまだよそよそしかった隼くんの態度が少しずつ変わってきている気がするの。こないだなんて、ぎゅってしてもらって寝ちゃったもんね。


 あれは、幸せだったなぁ……。

 もし……隼くんと恋人同士になれたら……。


 毎日一緒に寝ちゃったりなんかしてっ!


 きゃーーーっ!!


 ってダメダメ。

 浮かれるのは早いよね。その前に隼くんに私の気持ちを受け取ってもらえるようにしなくちゃなんだから。


 そんなことを考えてしまったせいか、胸がきゅうっと苦しくなる。


 隼くん、今なにしてるのかなぁ……?


 こっちに戻ってきたばっかりなのに、もう隼くんに会いたくなってる。あと二日も会えないのに。


「里桜ー? お夕飯の準備するんだけど、手伝ってくれるー?」


 キッチンからお母さんが呼ぶ声がして、私は帰りたくなってる気持ちを振り払う。


「はーいっ、今行くー!」


 ひとまずはご飯の準備。この先もっともっと隼くんの胃袋をがっちりと鷲掴みにするためにも、お母さんのお手本をしっかり盗んでいかないとだもんね。


 ……なんて意気込んではみたものの、隼くんの顔ばかりが頭に浮かんで全然集中できなかった。おかげでお塩とお砂糖を間違えるなんて初歩的なミスをやらかしかけてお母さんに止められたり。ご飯中も、翔が私のいない間のことを一生懸命話してくれていたのにどこか上の空になっちゃったり。


 大切な家族との時間のはずなのに、私ってばどうしちゃったんだろ……。


 その答えなんてわかりきってるんだけど、ね。


 隼くんが遠い。

 隼くんの顔が見たい。

 隼くんの声が聞きたいよ。


 ……隼くんに、会いたい。

 ……寂しいなぁ。

 

 六年も会わなかったのに、たった一ヶ月半一緒に過ごしただけでこんなにも離れがたくなっちゃったんだ。

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