嘘の章:―⑨―
ブリトバは《エイプリル》を家屋の側で倒れているリガルドの側まで近付かせると、その残った右手で息子を掴み、目の前に高く掲げてみせた。
「法の執行者なら、コレは攻撃出来んよなあ?」
『ブリトバ様ッ!? 何をッ!?』
ブリトバの言葉にエイプリルが悲痛な叫び声を上げた。
『ブリトバ様! リガルドさんはあなたの息子さんです! いけませんッ!』
エイプリルの静止を無視してブリトバは目の前の白いメイデンに向け人質をぶら下げエイプリルに命じる。
「まだ《印》は十分あるはずだ。お前の特大の魔法をこいつらにお見舞いしてやれ、エイプリル!」
《エイプリル》の操縦席に鎮座し、リガルドが勝利を確信してほくそ笑む。
『……ブリトバ、様………』
一陣の風が吹き、この戦場に静寂を連れてきた。戦況は膠着状態となるも、ルシェンテは目の前のメイデン、いや、その中にいる邪悪に対して呟く。
「……公務執行妨害……及び、人質強要罪の追加……」
そう呟くルシェンテの声は普段より低く、冷たかった。
「ブリトバ卿、あなたは自分の欲を満たすため、かつて《北》の争乱に参加した《逸れ操者》ですね? 戦災孤児を拾い、自らのメイデンとして調教し乗り継ぎ、壊れればまた戦争に参加してメイデンを拾ってきた……」
ルシェンテがそう言うとブリトバは開き直ったのか饒舌に語り出す。
「そうだが? そのお陰でこのハーデン村は物資の中継地点となり首都だけでなく、続く街道街に物資を提供出来ておる! 言ってみれば私はエウロンの発展に一躍買っているのだ! エイプリル! 《胸部灼熱》だ! この法の狗を消し炭にしろッ!」
『ッ……!!』
『どこまでも最低なやつッ! 自分の息子盾にするなんて信じらんないッ!』
《ベルムナート》が悪態をつきながらも、構えていたその両腕を静かに下げた。
「…僕達も、戦争に遭って国を追われました。けれど、僕は家族とも呼べる仲間と、この世界を共に生きていこうと決めました」
ルシェンテはそう言うと《ベルムナート》の拳を解き、その両手を天に翳した。
「その仲間に、僕は今支えられています。あなたも、もう一度、人を信頼してください! エイプリルさんッ!」
『ッ……うぅ!』
未だに《胸部灼熱》を撃とうとしないエイプリルにブリトバが苛立ち口を開いた。
「…エイプリル、お前はまた戻りたいようだな。あの、飢えと恥辱に塗れた日常に…?」
ブリトバは独り言のように呟くと、操縦桿を蹴り飛ばした。
「解っているのかエイプリル!? 今ここでこいつらを始末しないと、お前は一生追われる身だ。《愚鈍》なお前を拾ってやって、人並みの生活を与えてやった私に、恩を仇で返す気か!?」
彼女にとって呪いのような言葉がブリトバから発せられる。その度にエイプリルは自分が今犯している罪が現実のものとして実感が湧き出し、その重圧に押し潰されそうになっていた。
『愚図で鈍間なわたしは、手を汚しでもしないとこの世は受け入れてくれないの……世界の歩みはこんなにも速くて、いつもわたしを置き去りにして行く……』
エイプリルは悲痛な声でそう答えた。
「そんな理由で、あなたは自分らしい自分の人生を諦めたのですか?」
ルシェンテがそう問うと、エイプリルははっきりと答えた。
『そうよ! 領主に取り入って気に入ってもらえればこの先の人生安泰じゃない!? だから、夜な夜な人目を忍んで、わたしは……!』
薄っすら戻りかけの意識に、自分の惚れた女の泣いている声が耳につく。
リガルドは《エイプリル》の手の中で意識を取り戻し、彼女の悲痛な声を間近で耳にした。
それを聞いて完全に意識を覚醒させたリガルドが真っ直ぐに叫んだ。
「違うッ! それは違うぞエイプリル!」
『リガルドさん? …違わないわ。わたしはもう、現実に目を向けたくない。嘘でもいいから、幸せでいる自分を見てみたい……』
エイプリルの言葉に、リガルドが言う。
「だからお前は、子供以外、余り他人と関わらないようにしていたのか!? それは、お前なりの罪滅ぼしのつもりだったんじゃないのかッ!?」
『違うわッ! …違うわよ……そんなの……わたしは、そんな善良な人間じゃ……』
エイプリルがそう叫ぶと、リガルドが返す。
「お前は本当は心根の優しいやつだ……だからお前は、俺には話さずこの旅人の子供達に話した…」
『それは……』
エイプリルが言葉に詰まると、リガルドが言った。
「お前の心が求めていたんだろう!? この二人に、何か助けを求めていたんじゃないのかッ!?」
『わたしは……ッ!』
エイプリルは言葉に詰まっていた。それを察した様に、ルシェンテが言う。
「あなたは、ちゃんと受け入れられていましたよ。この村の子供達や、リガルドさんに」
それに続いてベルムナートが言う。
『一番受け入れて欲しかったのは、本当に領主?』
『それは……ッ』
エイプリルは言葉に詰まる。そしてリガルドがその言葉を継ぐ。
「だから、お前は余所者のこいつらに助けを求めたんだろ!?」
「いつまで私の前でくだらんママゴトをしている! 優しさでどうにかなるなら何故我が妻は逝った!? 何故戦乱に巻き込まれたッ!? …私を遺して……貴様が撃たぬなら操者の私自ら鉄槌を下してやる!」
痺れを切らしたブリトバが直接《胸部灼熱》の指令を伝えるように操縦桿を激しく動かす。
それを察知したエイプリルは咄嗟に右手を緩めリガルドを解放し、地に降ろした。
『リガルドさん! ごめんなさい! 逃げてっ!!』
エイプリルが叫び終わる前に《ベルムナート》が低空で突っ込できてリガルドを拾い上げる。足底の車輪が大地を削り砂埃を巻き上げ急旋回し停止した。
「馬鹿が! 油断しおって!!」
背を向けた《ベルムナート》にブリトバは好機とばかりにその胸にある水晶部から超高熱の《胸部灼熱》を射出した。
《エイプリル》の胸から超高熱のマグマの様な紅い光線が《ベルムナート》に向け高速で照射される。
ルシェンテは背に迫る強大なエネルギーをビリビリ感じるも、瞳を閉じ心落ち着き精神を集中させる。
「…メイデンの力は操者と乙女、二人の心の結び付きで強くなる……」
右手に握ったショートソード――《審判の剣》を再度強く握り締めると、その刀身に灼熱の炎が立ち昇った。
《ベルムナート》は振り向く動作とその慣性のまま迫る灼熱に対し自らの灼熱の剣を薙ぎつけた。
『「業火強勢斬ンっ!!!」』
ルシェンテとベルムナート、二人の声が重なり飛来する灼熱を燃え盛る剣で両断する。
「そんな心の通っていない攻撃ッ! 僕達に通用するものかッ!!」
その勢いのままルシェンテは突進し、《ベルムナート》の鋭く尖った巨大な両肩を《エイプリル》に突き立て、ブリトバ共々後方に吹き飛ばした。
そのメイデンは領主の館に激しくもたれ掛かり、その家屋の大半を木片へと変えてしまった。
「…く、そ……」
ブリトバは苦悶の表情を残し操縦桿から両手をだらりと離すと、そのまま気絶した。
「…王務、執行……!」
ルシェンテは目を閉じブリトバを背に一つ呟くと、右手の《審判の剣》を鞘でもある左手の《英断の盾》にしめやかに収めた。
『これにて一件落着ね!』
ベルムナートがそう言うと、倒れたままの体制でエイプリルが口を開いた。
『リガルドさん……』
「なんだ?」
リガルドがエイプリルに近付きそう返すと、エイプリルは申し訳なさそうに続けた。
『わたし……本当は……あなたに毎日声をかけられるの、嫌じゃなかったんです……』
しかしリガルドはそれを遮るように言った。
「ああ…大丈夫だ。何度だってやり直せるさ。共に生きていこう。こいつらみたいに、強く…!」
ルシェンテは天に翳した《ベルムナート》の両腕を《エイプリル》に向けて一言呟く。
「あなたが一番受け入れて欲しかった相手は、あなた自身だったのではないでしょうか…」
そしてルシェンテはエイプリルを真っ直ぐ見据え、引導を渡す。
「《愚鈍のエイプリル》。ルシェンテ・クリアカーズの名の下、法を執行します。乙女解除…!」
《ベルムナート》の両手が輝くとそこから目映い光線が飛び出す。《エイプリル》の全体に縄のように巻き付き、両腕両脚を拘束してその場に横たえさせた。
するとエイプリルのメイデン化が解け、元の姿で地面に蹲るエイプリルと、依然気を失っているブリトバがその場に現れた。
それに合わせ、《ベルムナート》もメイデンの姿から光の粒子を纏いながら元の姿へと戻り、ルシェンテと共に二人の前にやってきた。
二人を見ながら満足気にベルムナートが言う。
「今回は“共に生きる”と書いて、《共生のメイデンシャフト》、と言ったところかしら、ルーシェくん?」
「またそんな駄洒落みたいなこと言って……でもそれを叶えるかどうかは――」
そう言ってルシェンテは、その場に蹲るエイプリルと、それに手を差し伸べるリガルドに視線を向けた。
それに気付いたリガルドとエイプリルは顔を上げて
「俺達次第、だな……!」
「…そうですね」
と、ルシェンテの顔を真っ直ぐ見据えながら力強い口調で言ったのだった。