嘘の章:―⑦―
エイプリルはその全身に魔導の力を纏わせ、印を充実させていく。
「リガルド。何を勝手に一人で盛り上がっている……エイプリルは私の所有物だ」
斜陽の中から現れたエイプリルに近付くその影からリガルドに向け殺気の籠もった言葉が投げ掛けられた。
「一体誰がこの村を貿易の中継地点として発展させたと思っている。うだつの上がらないお前を自警団の長としてやったのは誰だ?」
「お、親父……ッ!」
リガルドがその影の人物を視認すると事の深刻さをようやく理解したのか震える声でそう漏らした。
そこには中老の体格のよい白髪の男が鋭い眼差しで我が子を睨んでいた。
「大方、私を怪しみ追って来たのだろう? どこぞの刺客か知らんが返り討ちにしてやる! エイプリルっ!」
その影――領主ブリトバの言葉にエイプリルは微笑むと、今までその身に蓄積させていた《印》を一気に解放させた。
「うおおッ!? あぐッ!!」
その凄まじい風圧に彼女の直ぐ隣にいたリガルドは吹き飛ばされ勢いよく家屋の壁に叩きつけられた。
リガルドは霞む目を必死に閉ざさないようエイプリルに視線を向けるが、その努力の甲斐虚しく、その首が力なくだらりと折れ気を失った。
「ブリトバ様! 征きます! 《乙女解放》ッ!」
エイプリルが身体を大きく仰け反らせながら吼えると、彼女の全身は桃色の激しい光に包まれた。
「ルーシェくん! いくよッ!」
それを庭の木陰に隠れて様子を伺っていたベルムナートがルシェンテに向かって叫ぶ。
「うん!」
ルシェンテが答えると同時に、二人は隠れていた場所からエイプリルとブリトバの前に飛び出した。
ルシェンテが静かに問う。
「未登録のメイデンの個人所有は法で認められていません…州と国に登録の届け出はされていますか?」
ルシェンテの問いに、ブリトバが答える。
「元々拾った孤児! 登録などするわけなかろう!」
「そうですか……ならば登録違反の他に、《逸れ乙女》所有の違反も追加されます…」
ルシェンテが静かに言い、ベルムナートが続く。
「エイプリルさん! このままメイデンになったら逮捕されちゃうよッ!?」
エイプリルはベルムナートのその言葉に、ピクと反応しながらもゆっくりと口を開き答えた。
「…逮捕? 誰が誰を逮捕するって言うの? ブリトバ様はこの村の領主なのよ? この場で最大の権力を持っているのはこのブリトバ様だわッ!」
エイプリルはそう答え、ブリトバの方に視線を向ける。
ブリトバが口を開く間もなく、エイプリルは光に包まれ一瞬にして《メイデン》と呼ばれる巨大人形の姿へと変身した。
『ふふ。これがわたし、これがブリトバ様のメイデン、《愚鈍のエイプリル》です!』
――《メイデン》とは生物とも甲冑とも違い、魔導の力――《印》と人間を動力源として機動する巨大人形のことである。
全高約一〇メートル、牛ほどの重さの得物を振り回し、象ほどの力強さを持ち合わせる。
潜在的に《印》が強い“純潔の処女”だけが国が管理する魔導士と契約し、その身をメイデンと変質させることが許されている。
そしてメイデンを行使するには《操者》と呼ばれる人間がもう一人必要となる。
メイデンと操者、二人の契約が国に了承され登録が完了し免許証が発行されて初めてその力の行使が許されるのだ――
エイプリルが変身したメイデン――《愚鈍のエイプリル》。
全高は一〇メートル程と一般的、桃色と青を基調としたカラーリング、法衣を模ったような前腕の形状、その手には錫杖を持ち、まるで魔導士を彷彿とさせるメイデンだった。
そしてそのメイデンをそれと決定付ける“二つ名”は《愚鈍》。この“二つ名”こそメイデンの性質を表し、その意味合いが多ければ多い程、強力なメイデンとして格付けられるのだ。
『ふふ……子供相手に、少々気が引けますけど…』
エイプリルはメイデン化した反動で高揚する気持ちを抑えきれず妖艶な声を漏らし、続ける。
『さあ、ブリトバ様? 何やら私たちを探っていたこの子らに領主としてお仕置きを!』
エイプリルの声が操縦室に響くと、ブリトバは双丘状の操縦桿をその大きな手で鷲掴みにした。
「ふん! お前に言われるまでも無いッ!」
そして彼が両手の中の操縦桿を捏ねると《エイプリル》はルシェンテとベルムナートの前にまで歩み寄った。
『ふふ……誰がわたしを捕まえるんですって? あなたたち…』
エイプリルがそう言うと、そのメイデンの巨大な手がルシェンテとベルムナートに迫った。
「わッ!」
二人は咄嗟に飛び退き、その巨大な手を避ける。そしてブリトバはエイプリルを操縦しながら言った。
「貴様ら、どこぞの密偵か!? 一体何を探っていた!?」
『そう。おとなしく言えば今ならまだブリトバ様も赦してくれるでしょう!』
エイプリルはそう答えると、再び前腕で二人を捕まえようとしてきた。
「ッ!」
ルシェンテは咄嗟に飛び退き、ベルムナートはルシェンテに向かって叫んだ。
「ルーシェくん! 早く来てッ!」
「うんッ!」
ルシェンテはそう答えながら、ベルムナートに向かって駆ける。ルシェンテが手を伸ばし、ベルムナートがその手をしっかりと掴んだ。
その瞬間、二人の握った手の間から眩いばかりの光が溢れ出した。