嘘の章:―④―
エイプリルと大事な話があるからと、ベルムナートが子供達に礼を言いながら別れて、三人だけの席を設けてもらった。
「それで……わたしに話って、何ですか?」
エイプリルはルシェンテとベルムナートにお茶を出すと、緊張した様子で尋ねた。
「実は……」
ルシェンテはエイプリルの目を真っ直ぐに見て真剣な面持ちで言った。
「貴女にお願いしたいことがあるんです」
「…え? お願いですか?」
予想外の答えだったのか、エイプリルは驚いたような顔をした。そしてベルムナートも続けて言う。
「うん! あたし達ね、このハーダン村で人を探してるんです」
「人探し、ですか? それってどんな方なんですか?」
エイプリルは不思議そうな顔で二人を見る。そしてルシェンテが答えた。
「それが……実は名前も分からないんです」
「え?」
思わぬ答えにエイプリルは困惑した表情を見せた。そしてベルムナートが補足するように言う。
「あたし達はその人を探して旅をしているの! それでね、その人がどこにいるのか知りたい! 知ってたら教えて欲しいの」
言葉足らずなベルムナートの物言いに、ルシェンテが更に補足する。
「その者には“大罪の刺青”の烙印があります。どなたか心当たりはありませんか?」
「大罪の刺青……!?」
――《大罪の刺青》。
過去に罪を犯した者には“罪の刺青”が烙印される。
その中でも取り分け業の深い罪を犯した者に烙印されるのが“大罪の烙印”である。
そうそうお目にかかれるものではない――
エイプリルは少し考えてから答えた。
「……ごめんなさい、心当たりはありません」
「そうですか……」
ルシェンテが残念そうに言うと、ベルムナートが言葉を続けた。
「そっかー…領主のところで働いてるエイプリルさんなら顔も広いから村のこと色々知ってると思ったんだけどなー!」
「ッ! …すみません……」
ベルムナートの言葉にエイプリルは一瞬言葉を詰まらせた後、申し訳無さそうに謝る。
今度はルシェンテがエイプリルに言う。
「さっき子供達が言ってたんですが、本当にお綺麗ですね、エイプリルさん…」
「ッ!?」
エイプリルは一瞬動揺するが、すぐに平静を取り戻すと困った顔をして答える。だがその頬は紅く、心は高揚してきていた。
「……あ、ありがとうございます…もう、あの子達ったら…」
「ふふ、本当に可愛らしい子供達ですね。そんな子たちがこの村で一番綺麗な女性がいると言うので、つい気になって来てしまいました。そしたら本当にお綺麗で…」
ルシェンテがそう言うと、エイプリルは更に顔を赤くした。
「い、いえ……そんな……」
エイプリルは恥ずかしそうに俯いてしまった。
そんなエイプリルの反応を見て、ベルムナートはニヤリと笑って言った。
「そういえばここの領主ってどんな人なの?」
「えっと……そうですね……村の人達のために一生懸命働いてて…」
エイプリルの口調は先程よりも幾分か軽くなっていた。
「ふーん? そんな真面目そうな人があなたみたいな女性を召し使いにするって珍しいわね?」
「そ、それは……」
エイプリルは少し悲しそうな表情をした。ルシェンテはベルムナートを窘めるように言う。
「ベル? 初対面の女性をあまり質問攻めにしちゃダメだよ?」
「えー? だって気になるじゃない!」
そんなルシェンテとベルムナートのやりとりを見て、少し緊張が解けたのかエイプリルは小さく笑った。
「ふふ……お二人とも仲良しなんですね」
エイプリルの言葉に、二人は顔を見合わせると答えた。
「うん! あたし達親友だから!」
「はい。ベルとは長い付き合いです」
そんな二人の様子を見て、エイプリルは更に笑顔になった。そして少し考えてから言った。
「……領主様は、堅実な方です……」
エイプリルはそう言うと少し寂しそうな表情を見せた。そんなエイプリルの様子を見て、ベルムナートは不思議そうに尋ねた。
「でも、どうして召し使いなんてしてるのかしら?」
ベルムナートの疑問にエイプリルは寂しそうに答える。
「領主様は……わたしの、恩人だから……」
エイプリルの言葉にルシェンテが反応する。
「恩人、ですか?」
「はい……領主様は昔、わたしを救ってくださったんです」
「…それは、一体どういう?」
ルシェンテの問いにエイプリルは答えず、ただ静かに微笑むだけだった。だがその目はどこか遠くを見つめているように見えた。
「……」
ルシェンテはそれ以上聞くのを躊躇った。そしてベルムナートがエイプリルに尋ねる。
「ねえ、その領主って――」
その時、エイプリルの家のドアが勢いよく開かれ、見知らぬ男が入って来た。
「エイプリル! いるか!? あそこの茶店に新しい茶葉が入ったみたいなんだ。良かったらこれから俺と……ッ!? なんだお前達!?」
男はエイプリルとルシェンテ、ベルムナートを見て驚いた様子だった。先客がいるとは思ってもみなかったのだろう。だがすぐに警戒の目をルシェンテ達二人に向ける。
男は筋骨隆々としていて身長もあり、腕っ節では一目で勝ち目はないと判る。
歳は二十代前半。黒髪を狩り上げ、腰には自警棒を携えていた。
「あの、どなたですか?」
ルシェンテが尋ねると、男は答えた。
「俺はこの村の領主の息子、リガルドだ。お前達こそ見ない顔だな? 何故ここにいる!?」
領主の息子を名乗る男、リガルドはぶっきらぼうにそう答えると、更に言葉を続けた。
「まさかお前達、エイプリルに遊んでもらいに来たのか? エイプリルは最近夜勤もしてて忙しいんだぞ!?」
リガルドの言葉にルシェンテは答える。
「いえ、僕達はただエイプリルさんにお話があって来ただけですよ?」
「そうかあ?」
リガルドは逢い引きの誘いの出鼻を子供二人に挫かれ機嫌を悪くしたのか、ルシェンテの言葉を信用していないようだった。そんなリガルドにベルムナートが声をかける。
「ねえ、ちょっと」
「なんだ嬢ちゃん?」
リガルドは少し不満気な様子で答えた。しかしベルムナートは全く気にせずに話し始める。
「あなた、この村の領主さんの息子なのよね?」
「そうだ。それがどうかしたのか?」
リガルドが不機嫌な声で答えると、ベルムナートは続けて言った。
「……ふーん? じゃあ領主さんがエイプリルさんを召し使いとして使ってることも知ってるのよね?」
「ッ!?」
ベルムナートの言葉にリガルドは動揺した様子を見せた。そして苦虫を噛み潰したような表情で言う。
「……それがどうした!?」
「へぇー。そうなの。領主さんがエイプリルさんを召し使いとして使ってること、知ってるのね」
ベルムナートはわざとらしく薄い笑みを浮かべて言う。その言葉を聞いた瞬間、リガルドの顔は紅潮し、怒りの形相を浮かべる。
「ッ! ……チッ!」
リガルドは舌打ちするとエイプリルに向けて声を掛ける。
「おいエイプリル! この子供らは何なんだ!?」
「え……!?」
急に問い詰められて戸惑うエイプリルにリガルドはさらに続ける。
「折角お前が好きそうな茶葉を見付けたというのに、来てみれば子供の先客と来たもんだ…かと言って子供を無下に追い出すのも気が進まん…」
リガルドは腕を組みながら唸る。そしてリガルドはルシェンテ達に言う。
「だから、お前らがエイプリルと話があると言うなら待っててやらんこともない。早目に済ませろ」
その言葉にルシェンテとベルムナートは顔を見合わせた。そしてベルムナートが言う。
「だってさ、どうする?」
「そうだね……これ以上お邪魔するのも野暮ってもんでしょう。エイプリルさん、お話ありがとうございました」
「あ、いえ……」
ルシェンテはエイプリルに軽く頭を下げ礼を言うと、ベルムナートと共にその場を後にした。
エイプリルの家の外で二人は言葉を交わす。
「あーあ、結局大した情報はなかったわね」
ベルムナートが頭の後ろで腕を組み空を見上げて大袈裟にため息を付いた。
「…そうでもないよ」
ルシェンテが振り返り、エイプリルの家を見つめボソリと言った。
「え、何か分かった?」
ベルムナートの問いに、ルシェンテは小さく微笑みながら答えた。
「そうだね。エイプリルさんは、嘘を付いている…!」