嘘の章:―①―
――この惑星の数ある大陸の一つ、ユースティア。
その地はこの惑星の中でも特に文明が発展し、様々な技術、魔術が編み出されては尚、途上の段階にある大地。
大陸に属する国々の間では技術競争が盛んに行われていて、日々新たな文明の利器が誕生している。
その中でも一際に魔導技術文明が集うのがデルニカ公国が首都、エウロンである。
この惑星に在る根源の力――《印》。
人々はこの《印》を大気中から取り込み、己の体内に宿して様々な力へと変容させ日々の暮らしに役立てていた。
《赤の印》は火を起こし、《緑の印》は風を呼ぶ、と言うように七色全ての《印》に特殊な力が宿っている。
この地、エウロンの人々はその《印》を“魔導”と呼び、様々な技術に登用することを得意としていた。
これは、魔導都市エウロンを中心に巻き起こる戦乱と冒険、そして、一人の少年と少女の邂逅を描いた物語である――
▽▽▽
商業都市でもあるエウロンはユースティア大陸一の大国、デルニカ公国の首都だけあって今日も人々の活気に満ちていた。
家屋のあちこちから生える木枝のような煙突からは常に白い蒸気が立ち昇り街を覆い、金槌が鉄を叩く音が交響楽団の演奏かと思える程リズミカルに街中に響いている。
華やかに彩られた露店にも大陸中の品物が掻き集められたのではと見紛う程の充実振りだ。
行き交う人々や建ち並ぶ建物から生産される資源や物資はエウロンを更に発展させていく。活気がある街はやはりどこも人に溢れている。
「凄いなあ……」
ルシェンテはそんな光景を目の当たりにして思わず感嘆の声を漏らした。
肩まで伸ばした柔らかい金髪を暖かな潮風がふわりと揺らす。
キリッと整い意志のこもった形の良い眉。自信と余裕を感じさせる口元。そして透明な絹衣のような肌を白いローブが包んでいた。
歳の頃は十を少し過ぎたばかりだろうか。
この歳にして“可愛らしい”というより、“美しい”と形容する方が適切に感じられるその美丈夫な子は、港から続く街道の垣根に座り、その蒼い瞳を輝かせながら遠目で街の盛況を眺めていた。
「僕がいたイングレッサが、どれだけ小さな島国だったか、今なら解る……」
ルシェンテは、エウロンの光景を目の当たりにし改めて自分がいた狭い世界との差を実感していた。そんな時――
「ルーシェくん! お待たせーッ!」
ルシェンテが元気な声がした方向を見ると、一人の少女がこちらに勢いよく駆けてくるのが見えた。その少女を見たルシェンテは慌てて叫ぶ。
「ベル! 人混みで走ると危ないよ!」
「ごめん、待った? 冒険者組合混んでてさー! やっぱ都会は人が多いねえ」
ルシェンテに駆け寄ってきた少女はルシェンテに謝罪するとはちきれんばかりの笑顔を向けた。
長い栗色の髪を頭の横で二つに結い、少し上がった目尻に意志の強さを感じさせるこの少女の名はベルムナート。歳はルシェンテより少しばかり上に見える。
ルシェンテと比べると美しさより活発さが勝ってしまい可愛げに欠けてしまうが、世間一般的に見たらそれでも十分美しい少女と言えるだろう。
動きやすそうな白と橙色の軽装は彼女の元気溢れる様を全身で体現していた。
「いや、それは大丈夫だけど。ご苦労さま、ベル。どうだった?」
ルシェンテはベルムナートの謝罪を笑顔で受け流すとそう言った。
「仕入れて来たよ、情報! やっぱりエウロンまで出て来て正解だったわ!」
「さすがベルだね。いつも助かるよ。ありがとう」
ルシェンテはベルムナートを労い、彼女が仕入れて来てくれた情報に期待を寄せた。
「噂だけどね? この先のハーダン村で“大罪の刺青”が入った女を見たって人がいたの。痣か刺青かはハッキリしなかったって言ってたけど…」
ルシェンテの瞳に、輝きの他に熱い炎が灯ったかのような、強い意志が見えてくる。
ルシェンテは故郷のイングレッサを離れてから一時たりとて忘れたことはない、その苦い胸の内の記憶を思い出しては噛み締める。
ルシェンテは一つ深く息を吸い込んで落ち着いた声で言う。
「それは、確かめてみないとね」
「そーゆーこと! お次はハーダン村ね!」
ベルムナートはそう言うと、ルシェンテにウインクしてみせた。
そしてルシェンテとベルムナートの二人は、街道に留めていた一頭の上品な白馬に跨る。ルシェンテが手綱を取り、ベルムナートがしっかりとルシェンテの腰に両腕をまわす。
「はッ!」
ルシェンテの勇ましくも優しげな掛け声を合図に手綱は張り、脇腹を軽く小突かれた白馬がその蹄で力強く大地を掻く。
二人を乗せた白馬はハーダン村へ向けて北へ伸びる街道をまるで一筋の矢のようにその軌跡を描き疾走り出した。
『強勢のメイデンシャフト』
炎のメイデンと罪の烙印 〜嘘の章〜