5 彼の過去と話し合い
◆ヘイデン視点◆
「ヘイデン。君から俺に接触してくるなんて、珍しいな」
この国の第一王子、エルドレッド・フェンネル・カナリアアウルムは、昔馴染みのヘイデンに気安い感じでそう言った。
「ええ。その、少し協力して欲しいことがありまして……」
「君には借りがあるからな。言ってくれ。まあ、なんでもというわけにはいかないが……」
「流石に無理なことは言いませんよ。実は……」
ヘイデンは、内容をエルドレッドへ話した。
「……なるほどね。確かに君のお父上の家は──。まあ、どうにでもなるな。いいだろう。君に協力しよう」
「ありがとうございます」
「何、元『鴉』のリーダーの頼みだ。気にするな」
「私は後始末をしただけですけどね」
「それで助かったのだ。まあ、代わりと言ってはなんだが、俺が君たちの協力を必要とした際には、少々の無理難題は飲んでもらうぞ?」
「殿下に婚約者ができた時には、素晴らしいドレスとアクセサリーを最短でご用意いたしますよ」
「そんな相手ができたら、な……」
そう言ってエルドレッドは肩をすくめた。
「殿下は、今でも初恋を引きずっているんですね……」
「ち、違うぞ!? そういうんじゃないぞ!」
(相変わらず、嘘が下手だなぁ。これで、公の場ではちゃんとした王子を演じられるんだから、ある意味すごい……)
とヘイデンは思った。口には出さなかったが。
◆◇◆
レイフ様たちの襲来から、一週間後。
なんとか時間ができたので、私はレイフ様に改めて話をしたいと手紙を出した。
了承の返信がきたのはその翌日。
話し合いは、三日後に決まった。
そして当日……。
「ヘイデンも来るの?」
「ああ、彼らが君に、無体を働かないとも限らないからな。ロミーの件は俺にも関係があるし」
「まあ、いいけど……」
ふと、彼に告白された事を思い出し、少し気まずくなる。
「どうした?」
「な、なんでもないわ!」
とにかく、レイフ様と話さないとね。
◇
「レイフ様、本日はお時間をとっていただいてありがとうございます」
「いや、こちらこそ、すまなかった……」
ロクスタ伯爵家の邸宅へ向かうと、多くの従業員に出迎えられ、手厚く歓迎された。前回とは大違いだ。
レイフ様も、どこかしおらしい。
私とヘイデンは、応接室へと案内される。
「あら、ロミー様はいらっしゃらないのね?」
「彼女は体調が悪いらしく、自室から出て来ない。まあ、我々の話には関係ないだろう?」
レイフ様は、チラリとヘイデンを見る。
なるほど。昔の窃盗の件で気まずいのね。
「わかりました。それでは、お手紙で申し上げた通り、私とレイフ様との結婚について、今一度話し合いましょう」
「わかった」
「まず、私とレイフ様が婚約した理由は、ご理解いただいていますか?」
「リネットのご実家、アラーネア子爵家から資金援助を受けるため、だ……」
あら、知っておりましたのね。
「そうです。ですがレイフ様は結婚式の後、私におっしゃいましたね? 『前を愛することはない』と」
「あ、ああ……」
「また、使用人に私を冷遇するように命令していたとか」
「そ、それは、すまない……」
「そのような方と、結婚生活を送りたいと思いますか?」
「いや、無理だな……」
「では、レイフ様。私たち離縁しましょう」
「え?」
「レイフ様は領地が復興すれば、私と結婚している意味はありませんもの。そこは私たちが援助しますので、そちらは問題ありません。
これで、レイフ様は私と晴れて別れることができますし、ロミー様とも結婚できますわね!」
「あ、あの……。ロミーとは別れようと思っている」
「どうしてですか?」
「彼女が、その、盗人のような真似をしているとは思わなくて……」
レイフ様は、ヘイデンをチラリと見た。
「それはレイフ様とロミー様との問題。お好きになさるとよろしいですわ」
「リネット、できれば君との関係も、やり直したい。オレは君のことをちゃんと見ようともしなかった……」
「そうですね。私も仕事を理由に、レイフ様と話をすることを避けていたのかもしれません」
「だったら……!」
「ですが、おそらく。私とレイフ様は合わないと思います」
「え?」
「レイフ様に必要なのは、貴方を公私共に支えてくれるような女性でしょう。ですが私は自分の仕事が忙しすぎて、貴方を支えることができませんし、できるなら同じ志を持っている方と生涯を歩んでいきたいと思っています。
レイフ様は、仕事を理由に一ヶ月も顔を合わせることができない相手と、誠実な婚姻関係が築けますか?」
最後の言葉は、愛人囲ってた貴方と今更婚姻関係を続ける気はないというニュアンスが含まれている。
ヘイデンがこちらを見ている気配がする。
彼の顔を見ると、目が合った。少し驚いたような顔をしていましたが、すぐに口元に笑みを浮かべる。
「……そう、か」
レイフ様は、何かを悟ったようにそう言って俯いた。
「では、離縁の手続きは後日、代理人を寄越しますので」
「わかった」
こうして、私の一ヶ月ちょいという、短い婚姻関係は終わりを告げたのでした。
◇
「それでは、私たちは店に帰りますので……」
私とヘイデンが応接室を出ると、侍女のパティ達が待っていた。
「奥様、離縁されてしまうのですか!?」
どうやら、聞き耳を立てていたらしい。
「そうね……。生活の不一致でね」
性格はお互いよく知らないけれど、生活習慣は確実に不一致だものね。
「そんな、せっかく奥様にお使えできると思っていましたのに……」
私を冷遇しようとしていたくせに、調子いいなぁと思わなくはないけど、それは表には出さず。
「そうねぇ……。ん?」
そんな話をしていると、騒がしい足音が聞こえてきた。
「レイフ様は、渡さないわ!!」
凄まじい形相のロミー様が、こちらに走ってくる。手には何かを持っていた。
それが何かと認識する前に、ロミー様はそれの封を切り、こちらに向けて中身をかけてきた。
液体が宙を舞う──。
同時に、視界がぐらりと揺れた。
次の瞬間、私は強い力で引き寄せられた。
「──?」
それは私には届かず、気づけば私はヘイデンに庇われていた。
「ぐ──っ」
「ヘイデン!?」
ヘイデンが、顔を歪めつつロミー様を取り押さえる。
「──!」
その背中は火傷のように爛れていた。
「離せっ、ヘイデン、お前!」
「落ち着けよ、ロミー。俺たちはリネットとレイフ様の離縁の話し合いできたんだ」
「……は?」
「ロクスタ伯爵領については、俺達が支援していくつもりだったが、お前のせいでそれもなくなるかもな?」
「……っ」
「リネット。衛兵を呼んでくれ。よろしいですね? レイフ様」
「あ、ああ。……ロミー、なんてことをしてくれたんだ」
「あ、ああ……。そんな……」
その後、ロミー様は衛兵に連れていかれました。
レイフ様が同行し、話を聞かれるそうです。
ヘイデンにかけられたのは、強酸性の液体で顔にかけられていたら大変なことになっていました。
幸い、魔法を付与されたものではなかったので、回復薬や治療師による治癒魔法で綺麗に治るそうだが……。
◇
「まったく、貴方だったら簡単に避けられていたでしょう?」
「そんなことはないさ」
ヘイデンの体にシャワーで水をかけながら、そんなことを言う。
レイフ様の邸宅の浴室を借りて、ヘイデンの治療をする。
無理に服を脱がせるのは危険なので、服は着たままだ。
「何言ってるのよ。貴方、『鴉』の元リーダーでしょう?」
「──なんで知ってるんだ? それ、極秘情報だぞ? 一応……」
「エルドレッド殿下がこの前店に来た時、言ってたわよ? もう無い組織だからいいんですって」
「ええ〜? もう、殿下〜」
「さ、服脱がせるわよ。このまま回復薬かけたら、服も巻き込んじゃうからね」
「はいはい」
私は、借りたハサミでヘイデンの服を切り取っていく。
この日のために準備した上等な正装だが、仕方がない。
ちなみに、回復薬はレイフ様の奢りだ。中級のやつを二本もらった。
服を完全に脱がせて、回復薬を背中の傷にかける。
回復薬は飲んでも傷に直接かけても効果がある。
ひと瓶かけ終わる頃には、怪我は殆ど目立たなくなった。
念の為、もう一本経口摂取してもらう。
それで完全に怪我はなくなった。
「ふう、もう大丈夫そうね。体に異常はない?」
「問題ない」
「それで、その。責任、取るわ」
「責任? なんの?」
「ヘイデン、私が離縁したら、結婚しましょう!」
「ええ!?」
「どうせ一緒にいるなら、同じような志を持った人と人生を歩みたいものね!」
私は腹を括ったのだった。




