4 彼女の過去と彼の心
◇
奥の応接室には、数人の騎士達が待ち構えていた。
彼らは、メルヴィン様の屈強な護衛たちです。
まあ、メルヴィン様が一番強いのですが。
「さあ、座ってくれ。君たちの話を聞こう」
「……」
「……」
メルヴィン様の迫力に、二人は従うしかない。
私とヘイデンもその対面に座る。
メルヴィン様は私たちを見守っているようだ。
まだこの方の予約時間中ですからね。
「さて、レイフ様のお話ですと、妻である私はあなたの愛人のためにドレスを無料で作らなければならないのですね? 三日で」
「い、いや、その……」
「なんだと? それは無理だろう。一着のドレスを作るのにどれくらいの金と期間がかかると思っているのだ?
しかも、己の愛人のために、妻にそれを強要か?」
メルヴィン様がアシストしてくれる。ナイスです。
「先ほども申し上げました通り、無理ですね。
まず、時間が足りません。既製品に手を加えるだけでも一週間以上はかかります。
せめて、二週間は必要ですね。この場合、急ぎになるので特別料金となります。
また、無料も無理です。私どもの仕事は慈善事業ではありません。働いている従業員もいますし、材料費もかかります。
そもそも、なぜ私があなたの愛人様のプレゼントを私が用意しないといけないのでしょうか?
あなたの愛人様なのだから、あなたがなんとかするべきでは?」
「そ、その……すまな、かった……」
と、レイフ様はあっさり陥落。
「そ、それじゃあ、もういいじゃない! レイフ様、帰りましょうよ!」
と、ロミー様。
なぜかとても、慌てている。
「いや、待ってください」
そこへ、ヘイデンが声をかける。
「あなた、ロミーですよね? ロミー・パビリオ」
「あ、あの……」
「おや、ヘイデン殿の知り合いか?」
「ええ、幼馴染でした。私が平民の出ということは、ご存知ですよね?」
「そうだな」
ヘイデンは現在、騎士爵を持っている。これは若い時に騎士団に入っていたことがあり、その時の功績によるものらしい。
ちなみに、騎士爵は一代限りの名誉称号。
メルヴィン様とはその時からの付き合いらしい。
「騎士団に入る前は、私は母と二人暮らしでした──」
ヘイデンの母親は、とある貴族の邸宅で侍女として働いていたが、貴族の当主に手を付けられて身籠り、侍女を辞めることになった。
それからは母子で生活を始める。その貴族からの支援もあり、生活には困っていなかったそうだ。
そんな彼らの住居の近くに、ロミー様のご家族が住んでいたそうです。
その後ヘイデンの母は、アクセサリー職人の男性と結婚。ヘイデンは彼にとても懐き、彼と同じアクセサリー職人を目指していた。
年頃になると、ヘイデンとロミー様はお互いを意識し合うようになったが、他にいい男が現れると、ロミー様はそちらを選び、家族も捨ててその相手について行った。
ヘイデンの義父の工房から、金や貴金属などを盗んで。
ちなみに、結局二人は幼馴染以上の関係にはならなかったらしい。
「ロミーのご家族からはとても謝られました。幸い、注文を受けていた分は無事でしたので、顧客から切られることはなかったが、当面は従業員に給料が払えなくて大変だった……」
「それで、騎士団に入ったということか?」
「そうですね。元々、騎士にも憧れていましたし。自分の食い扶持くらいは稼がないと、と思いまして」
「……」
ロミー様を見ると、青くなってガクガクと震えている。
「ふむ、この国の犯罪には、時効はない。どうするかね?」
「ひぃ、あ、あの……」
「ロミー? 嘘だろ?」
レイフ様も、流石にドン引きしています。
「あの時ついて行った男は、どうしたんだ?」
「いえ、あの……」
「まあ、まあ。積もる話はあるでしょうが、それは後ほど。
それで、どうするんですか?」
「え? いや、その……」
「どれを作るというのなら、承りますけど……。
でも、日数は平均通りになりますし、料金もかかりますけど」
「きょ、今日のところはいい! ロミー、帰るぞ!!」
「は、はい……!」
そう言って、二人は帰って行きました。
◆ロミー視点◆
「な、なんで、あんなところにヘイデンがいるのよ……!?」
レイフの邸宅に戻ってきたあと、ロミーは自室へと引きこもった。
ロミーはパビリオ家の長女として生まれた。
家族は両親と妹と弟がそれぞれ二人ずつ。
平民の苗字持ちではあったが裕福ではなく、父は人間関係のトラブルで仕事を辞めてから働かず、母がなんとか家計を支えていた。
ロミーも平民向けの学校に通うこともままならず、妹や弟の面倒と家事に明け暮れていた。
そんな環境にいた彼女は、早い段階から自分の力だけでは、現状を打破できないと感じていた。
それなら他人の力を借りて、そうしようと考えた。
幸い、ロミーは美しい見た目をしていた。
近くの飲食店で働くようになると、その美しさを目当てに売り上げが伸びた。
そこで出会った男と付き合い始め、新しい事業を起こすが金がないと言われたので、ヘイデンの義父の工房から金と金目になりそうな物をあらかた盗んで、男と共に逃げた。
しかし、その男は結局事業なんて一つも起こさずに、ロミーの持ってきた金や金目のもので遊び歩いて、結局はロミーの元から消えた。
ロミーは絶望したが、このままでは生きていくことすら危ういので、夜の酒場で働き始め、そこで多くの男たちに貢がせたが、長く続く相手はいなかった。
そして、レイフと出会い、その愛人の座に収まった。
自分の身の上を、悲劇的に改変して伝えたことが、彼の庇護欲を刺激したらしい。
(せっかく掴んだチャンスなのに……)
ロミーは親指の爪を噛みながら、不安と苛立ちを紛らわせる。
(今更、元の生活なんかに戻れるわけがない。この生活を、そう簡単に手放すわけがないでしょう? だったら……)
ロミーは何かを決意した。
彼女は密かに屋敷を抜け出すと、ヘイデンの義父が贔屓にしていた金属加工の用品を扱う店へと向かった。
幸い、代替わりはしていたがその店は今でも存続していた。
ロミーはそこで、あるものを購入した。
◆◇◆
「それにしても、ロミー様がヘイデンと知り合いだったとは、驚いたわ」
メルヴィン様達が帰った後、私とヘイデンはささやかなお茶会を開催した。
ボニーが準備をしてくれる。
「ああ、といっても、ただのご近所さんだがね。
あの後、彼女の家族は大変だった。でも、俺の義父に金を返すために家屋総出で働いて、結果的にはいい方向には進んだが」
仕事してなかったロミー様のお父上も、ちゃんと仕事するようになったそうだ。そのおかげもあり、生活に余裕が出て、ロミー様の妹と弟は平民向けの学校へも通えるようになったとか。
ヘイデンのお義父上への返済は、余裕を持って設定してもらい、ちゃんと返済することができたとか。
「どうするの?」
「俺の方はどうにもしない。まあ、君に何かしたら、徹底的に叩き潰すけどな。許可をくれるかい?」
「別にいいけど、手荒なことはしないでよね?」
「というか、リネット。レイフ殿とは別れてくれないか?」
「え?」
ヘイデンの言葉の意味を理解する前に、彼が私の目の前に跪いた。
「そして、俺と結婚してほしい」
そう言って私の手を取ると、その指先に口付けをした。
「な、な……!? なんで、急に!?」
「急に、ではないよ。俺は君と初めて会った時から好きだった。まさか婚約者がいて、いきなり結婚するとは思っていなかった。
……ショックだったよ」
「そ、それは、ごめんなさい……。でも、私も忘れていたの。
婚約したのは三年前だけど、一切交流はなかったのよ。だから、婚約は無くなったのかと思っていたの。でもいきなり結婚することになって……。相手はうちより爵位が上だから断れなかったのよ。レイフ様のご実家の領地は、今大変そうだし……」
ご両親は立派な方なのよ。今は余裕がないだけで。
「なるほど、ロクスタ伯爵領がどうにかなれば、レイフ殿と婚姻関係を続けていく必要はないわけだな?」
「まあ、そうなるわねぇ」
「そうか、わかった」
一体何がわかったのかはわからないが、彼は眩しいほどの笑顔を見せていたので、何も言えなかった……。
それにしても、離縁ねぇ……。
そういえば私、レイフ様とまともに話をしたことがなかったわ。
というか、まともに話したのって、結婚式後とこの前邸宅に帰った時の二回だけだわ。
そろそろ、ちゃんと今後のことの話を、した方がいいのかもしれないわね……。




