3 彼らの来襲
◆◇◆
その後、私とボニーは、当初の予定通り三日ほど滞在し、屋敷内の必要な備品などを聞き出し、早急に手配するなどして束の間の休日は終わった。
レイフ様とロミー様とは、初日以外は顔を合わせることもなかった。
「おかしいわね? 休んだ気がしないわ……」
「リネット様、普通に仕事してましたからね」
「だって、レイフ様があそこまでとは思わなかったんだもの」
店に戻る馬車の中で、私とボニーは盛大に愚痴をこぼしてしまう。
確か、レイフ様は貴族学園では、そこそこ優秀な成績を納めていたはず。しかし財政難だったため、なかなか婚約者が見つからず、下級貴族の私のところへと話が来たのよね。
まあ、それが気に入らなかったのか、婚約した三年前から愛人を囲い出したらしいけど、アレは無いわね〜。
「さて、レイフ様の事より、お仕事の方ね」
暑気払いの会で着るようなドレスは涼しさを演出するため、薄い生地やレースを使うことが多い。
そのため、繊細でちょっとしたことで破れる場合もある。
そろそろ、そういった修繕依頼が来る時期なのだ。
店に着くと、私は気合いを入れ直した。
◆ヘイデン視点◆
「ボニー、本当にロクスタ伯爵は、そんな事を言ったのか?」
「はい。この耳でしかとお聞きしました」
ボニーは、もう一人の主人であるヘイデンに、ロクスタ伯爵邸で起きた出来事を、包み隠さず報告した。
「はあ……。ロクスタ伯爵家の若き当主殿は、馬鹿なのか?」
「そのようです」
「……」
ヘイデンは頭を抱えた。
彼は一代で、服飾関連の商会を立ち上げ、貴族御用達の人気アクセサリーブランド『スターチャーム』を作り上げた。
そして、リネットの才能を買って、彼女の店のオーナーにもなった。
自分の優秀な部下の不憫な扱いに、ヘイデンは憤った。
「リネットは? 落ち込んでいる様子は?」
「ないですね。それよりも、仕事が楽しくて仕方がないと言った感じです」
「そ、そうか……。では、引き続きリネットの護衛を頼む」
「了解しました」
ボニーの姿が、一瞬にして消える。転移装置でリネットの元に戻ったのだ。
部屋に一人になると、ヘイデンは息を吐いた。
「……お前がいらないというのなら、俺がもらっても構わないよな?」
ヘイデンは、鋭い目つきで宙を睨んだ。
◆レイフ視点◆
「くそ、なんなんだ、あの女!」
レイフは悪態をつきながら、仕事を片付ける。
リネットが自分の店に戻ってから、すでに五日が経った。
しかし、自分をコケにしてきたリネットへの怒りは、まったく消えなかった。
そんな風にピリつくレイフを使用人達は遠巻きにし、愛人のロミーも腫れ物を扱うように彼に接していた。
レイフは仕事ができないというわけではないが、少々サボり癖があった。
そして、リネットと結婚した暁には、彼女に仕事を全て押し付け、ロミーと甘い時間を過ごす事を目論んでいた。
だが、それは最も簡単に打ち砕かれ、それどころか、支援金の使用も禁じられてしまった。
これでは、いつロミーの心が離れてしまうかわからない。
ロミーと出会ったのは、今から約三年ほど前。リネットとの婚約が整った頃だった。
家のためとはいえ、レイフの意思を全く無視した婚約に反発したレイフは屋敷を抜け出し、馴染みの酒場へと向かった。
そこは女性の接客が売りの男性向けの店で、そこでロミーと出会った。
新人だった彼女には儚げな美しさがあり、レイフは自分がロミーを守らなければという思いに駆られた。
そうしてなんとか口説き落とし、自分の愛人として囲うことができた。
初めのうちは両親に反対され、父親には殴られたが結婚するまでの間ということで納得させた。
そして去年の夏、領地は台風の影響で、酷い被害を受けた。
両親は領地に引っ込み、復興に注力することになり、レイフは王都に残ることになった。
彼は王都での家政および領地関係の書類業務を任されることになったが、両親が王都にいないのをいいことに、ロミーを王都の邸宅に住まわせ、妻のように扱った。
使用人は不審に思ったが、悲恋の物語を聞かされると、一応は納得した。
だが、レイフはロミーに屋敷の運営資金を注ぎ込むようになり、使用人達の使う備品や給金に影響が出始め、それがピークに達した頃にレイフは婚約者のリネットと結婚。
そして現在に至る。
(そもそも、リネットは何の仕事をしているんだ? 確か、服飾系だと言っていたが……)
「おい、バーニー」
レイフは、側で仕事をしている執事のバーニーに声をかける。
彼はレイフの仕事を手伝っているのだ。
「なんでしょうか、旦那様」
「あの女……リネットの仕事はなんなのだ?」
「は? ご夫婦なのにご存じない、と?」
「ふん、興味がなかったからな」
「そうですか。奥様の経営している店は『ムーンライト』という名前ですね。同名のドレスブランドもお持ちです」
「何?」
ドレスブランド『ムーンライト』といえば、今、若い女性の間で大人気のブランドだ。
そこの店主が、リネットだったとは。
(だったら、夫であるオレに貢いでくれてもいいよなぁ?)
レイフは、ある企みを閃き内心ほくそ笑んだ。
◆◇◆
レイフ様の邸宅から戻ってきて、七日後。
予約客との打ち合わせが一段落した頃、私の店が少し騒がしくなった。
「何かしら?」
「どうやら、お客様が騒いでいるようです」
「お客様が?」
私の店は、仮にも貴族向け。
そんなお客様は来ないのだけど……。
「リネットを出せ! オレはリネットの夫だ」
「アタシにドレスを作ってくださいまし!」
どうやら招かざる客が来たらしい。
放置するわけにもいかないので、仕方なく対応することにした。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件ですか?」
「リネット、ロミーにドレスを作ってくれ」
「はあ。ご予算はどれくらいですか?」
「そんなものはない。お前が支払ってくれ」
「ありがとうございますね、奥様! 旦那様に愛される、アタシの為に!」
仕方なく店に入ってもらい話を聞くと、お二人はそんなことを宣った。
「我が店はそのようなサービスは行っていません。ご希望に添えず、申し訳ありません」
そもそも、今は午前中。
午前中は予約客優先の時間帯。予約客がいなければ対応できるが、今日はお得様が来ている。予約していないお客様は午後に来るのがマナー。
ちなみにこれ、貴族向けの店なら常識だ。
「本日は、ご予約のお客様がいますから、お引き取りを。後日、改めてご予約してご来店ください」
その方がお二人のためなんですが……。
「はあ、オレはお前の夫だぞ!?」
「そうよ、そうよ!」
「家族でも、例外は認められません」
店が暇なら考えますが、私の店は暇な時がないので無理ですね。
「うるさい、いいからオレ達を優先しろよ!」
そう言って、レイフ様が私の襟を掴んだ。
「──っ!」
「はやくぅ〜、奥様ぁ〜。アタシのためにドレス、作ってくださいな〜。どれくらいでできます? 三日くらい?」
そんなに短い期間でできるドレスも服も、ありません。
既製品に手を加えるだけでも無理です。
「とにかく、お話は予約をしてから、お願いします」
「うるさい、オレの言うことを聞け」
そう言って、拳を振り上げるレイフ様。
──殴られる!
「何をしている?」
そう思った時、声をかけられた。
「──なっ」
店の奥の応接室から、予約客の方々が現れます。
奥の応接室は、予約客などの特別なお客様用の部屋になっている。
現在、ご来店していたのは、王弟殿下のメルヴィン・ヒペリカム・カナリアアウルム様です。
若草色の髪と薄茶色の瞳が素敵な、イケオジ様である。
その横には、一緒に接客していたヘイデンがいる。
本日は、奥様に送る予定のドレスとアクセサリーを選ぶために、打ち合わせをしていたのだ。
「……え? ヘイデン?」
と、ロミー様。お知り合い?
とにかく、お二人とも運が悪い。
メルヴィン殿下は現在、騎士団をまとめている総帥。しかもかなりの強面。それでいて、愛妻家。
家庭内暴力など、見過ごせない質だ。
「手を離せ。婦女子に何をしている?」
「あ、あの……」
流石にレイフ様も、メルヴィン様のことは知っているようだ。
おずおずと手を離す、レイフ様。
ロミー様も、メルヴィン様の迫力に口を噤んでいる。
「まあ、彼女に何か言いたいことがあるようだね。私の方の打ち合わせは終わったから、話を聞いてあげようじゃないか。いいかな? リネット嬢……イヤ、今は婦人だったか」
「メルヴィン様がそう仰るのなら。ではお二方、奥にどうぞ!」
「──っ」
「……っ」
地獄の門は、静かに開かれた。




