2 夏用お仕着せ提供
「まさかとは思うけど、支給されてない、なんてことはないわよね?」
言い淀んでしまった侍女の言葉を促してみる。
「──そ、その通りでございます」
「ええ? どうして? 私が嫁いで、うちの実家から資金援助をしているから、余裕はあるはずよ?」
「そ、それは、えー、旦那様はその資金をロミー様にお使いになっているようで……」
「なんですって? 詳しく聞かせてもらえるかしら?」
「リネッタ様。とりあえず、荷物を運び込みましょう。部屋は?」
と、ボニー。
「あ、あの、奥様の部屋はロミー様が……」
「じゃあ、客室で良いわ。その代わり、ボニーと同じ部屋か隣にしてちょうだい」
「かしこまりました」
「レイフ様は?」
「ロミー様と植物園へ……」
「なら、当分は戻ってこないわね」
私が邸宅に来るという、先触れは出したんですけどねぇ。
◇
私とボニーは、二人部屋の客室に通され、その侍女から話を聞いた。
レイフ様はあの後、ロミー様を妻の部屋に住まわせ完全に妻扱いをしていたそうです。
そして、我が家からの支援金で、屋敷に割り当てられた分はすべて、ロミー様に使われ、使用人への新しい備品の支給は無し。
その資金で新しく購入予定だった、夏用のお仕着せも用意されていないとか。
ちなみに、レイフ様の両親は領地に引っ込み、領地運営を必死に頑張ってるらしい。
しかも、去年の台風で、被害が出てその処理にも追われている。
「話は分かったわ。でも、あなた達は今すぐ、夏服に変更しないと熱中症で倒れてしまうわね」
節約のためか、屋敷内の冷却魔動装置(クーラー)も稼働していないし。
「ボニー、私の店に連絡して」
「かしこまりました」
ボニーが魔動通信機の端末を準備してくれます。
「ど、どうするのですか?」
「どうするって? 手配するのよ。──新しい制服を、全員分ね!」
◇
それから約三十分後、店の従業員達が頼んでいたものを持ってきてくれた。
なので、先ほどの侍女──パティに使用人を全員呼んでもらうように頼んだ。
「これは、夏用のお仕着せ、ですか?」
と、パティが言った。
「そうよ。うちの領地で作っているものの一つね。王宮にも卸しているのよ。
今年はデザインを一新したから古い型が大量に余ってたから丁度良かったわ。ついでに冬服もね。
多分、全サイズあると思うけど、足りなければ言って頂戴。
今回はメイド服だけだけど、あとで、その他の服も用意するわ。必要な数とサイズをまとめておいてね」
「あ、ありがとうございます、奥様!」
「いいのよ」
他の使用人たちも、頭を下げてくれます。
こちらとしては、不要な在庫が一掃できて良かったわ。
捨てるのはもったいないから、リメイクして平民向けに売ろうかとも考えたけどその手間が省けたわね。
ついでに、売れ残ってるリネン系も押し付けようかしら?
「あ、古い方のお仕着せは回収させてね」
「どうするのですか?」
「まだ着られるものは修復して、古着として販売するの。修復できないものは、別のものにリメイクするわ。それも無理なら、補修用の生地にして……。まあ、色々使えるのよ」
私、古着ショップも経営しているのよ。
最終的に廃棄する段階になったら、燃料に加工できるから捨てるところはなかったりする。
うちの実家がやっている、事業の一つよ。
「……奥様、申し訳ありませんでした」
「いいのよ」
「その、私たちは旦那様に言われて、奥様を冷遇するように言われていました」
「え? あ、そっち?」
それでここに来た時にみんな睨んでいたのね。
でも、わたしが邸宅に全く住まなかったから、不発だったということね……。
「それに、ロミー様が夫婦の寝室を使うのを止めるのも、叶わず……」
「それは別にいいわ。どうせ私はこちらにはほとんど帰ってこられないし。でも、私の実家が支援しているお金を、愛人に使うのは良くないわね〜」
仕方がありません。
レイフ様と少し、話し合いましょう。
その時、外から馬車の音が聞こえてきました。
そして──。
◆レイフ視点◆
「楽しかったかい? ロミー」
「ええ。ありがとうレイフ」
レイフとその愛人ロミーは、植物園からの帰りの馬車の中で、お互いを見つめ合いながら、語り合う。
植物園は、この国で最も人気なテーマパークであり、今の暑い時期は、〝涼〟をテーマにした水と植物を融合させた展示物が人気だ。
その余韻を楽しみながら、自宅に着くと、異様な数の馬車が玄関前に止まっていた。
「なんだ、これは?」
「おかえりなさいませ、旦那様」
ロクスタ伯爵家に長年勤めている、ロマンスグレーの執事バーニーが屋敷の主を出迎える。
「奥様が、侍女達に夏用のお仕着せを手配してくださったんです。その他の使用人にも、後日支給してくれるとか」
「なんだって?」
「……」
「ああ、なんでもご実家の領地で余っていたものらしいので、代金は取らないとか。
素晴らしい奥様を娶られましたな。実に、ありがたいことです」
「──っ」
執事はチラリと、ロミーを見る。その言葉には誰かさんと違ってというニュアンスが含まれているが、レイフは気付かない。
ロミーは気づいたが、居心地が悪そうに目を逸らしただけだった。
「つまり、リネットがいるんだな? おい、リネット!」
レイフはズカズカと自分の屋敷へと入って行った。
玄関ホールには、屋敷中の使用人達が集まっていた。
そして、侍女達は自分の体型に合うサイズのお仕着せを選んでおり、それ以外の使用人達は今後支給される予定の制服のサイズを紙に記入し、業者に提出している。サイズがわからないものは、業者が採寸していた。
「あらレイフ様にロミー様。おかえりなさいませ」
「オレに許可も取らないで、一体何をやっているんだ!?」
「使用人のみなさんが、この暑い中冬用のお仕着せで働いていたので、夏用のお仕着せを支給していました」
「勝手なことを……」
「しかしこのままでは、みなさん熱中症で倒れてしまいますわよ? そうなると、治療費がかかってしまいます。その方が高くつきますわ」
カナリアアウルム王国では、従業員が仕事中に負った怪我や病気の治療費は、基本的に雇い主が負担することになっている。
だがそれは、厳格に決まっているわけではなく、貴族や上に立つものとしての面子の問題なので、中にはそうしない者もいる。
「そ、それは……」
「そもそも、本来屋敷の維持に使われるはずだった分の我が家からの支援金を、ロミー様に使うなんて言語道断です。今後は認めません!」
「なんだと!? 愛する人に尽くして、何が悪い!」
「尽くすのはレイフ様の勝手ですが、妻の実家の支援金ではなく、ご自分で働いた分で尽くしてくださいまし。
というか、愛人に貢ぐお金が妻の実家の支援金だなんて、情けなくないのですか?」
「うぐ……」
「レイフ様、愛人様のことはご自分で養って上げてくださいませね?」
「……」
リネットにそこまで言われると、レイフは何も言えなくなった。
ロミーは気まずそうに俯くだけだ。
「執事さん」
「はい、奥様」
「これからは、我が家からの屋敷分の支援金はあなたに管理してもらいたいのだけど、大丈夫かしら?」
「かしこまりました」
「そう、お願いね」
そうして、話が纏まりかけたところで、レイフが口を開く。
「だったら、オレの仕事は妻であるお前がやれ、リネット!」
「無理ですわ」
「はあっ!? なぜだ!?」
「私、自分の店の仕事で精一杯ですもの。これ以上はキャパオーバーですわ」
「お前は、オレの妻だろう? それなら、夫のオレに尽くすべきだ!!」
「あら、レイフ様は当主の仕事一つ、まともにできませんの?」
リネットの言葉に、周りにいた使用人は失笑する。
レイフがそちらを睨んだので、使用人達は静かになった。
「そ、そんなわけあるか! それぐらいできる!! これまでだってオレがやってきたんだ!!」
「では、これまで通り、レイフ様が行えばいいですね。レイフ様は他で仕事をしているわけでもないですし、問題は無いでしょう」
リネットの言葉には、『文官や騎士などをしながら領地運営をしている貴族当主もいるのだから、問題は無いですよね?』というニュアンスが含まれている。
その場合には、代官に領地運営を任せるのが一般的だが。
「あ、当たり前だ!!」
さすがにレイフもその意図を理解したのか、顔を真っ赤にしながら、自分の執務室へと戻って行った。
ロミーもいつの間にか、妻の部屋へと消えていた。
使用人達の心は、すでにリネットへと傾いていた。




