1 いきなりの結婚式
◆◆◆
「姉上、来週は姉上の結婚式です」
「……なんですと?」
久しぶりに実家に帰ると、弟のベネディクトにそんなことを言われた。
急すぎますし、そもそも誰と? あなたではないわよね? だって、実の弟だし。
それに……。
「あなた最近結婚したし、我が家は安泰でしょ?」
弟のベネディクトは私の三歳年下だから二十歳。今年の春に両思いの婚約者と結婚したばかりだ。
「我が家は僕とマリーが頑張りますので、ご心配なく。
……そういうことではなく、お忘れですか?」
「何を?」
「姉上にも、婚約者がいるのを!」
「……あっ!」
「そして、来週は婚約してから三年後。契約通り、結婚式を挙げる日ですね」
そんなわけで、私は久しぶりに自分の婚約者の存在を思い出したのだった。
◇
「といっても、この三年間、まったく連絡を取り合ってはいないし、贈り物だってしていないのよ? もう破綻になっているんじゃない?」
「なっていないから、こちらも困っているんです」
私の婚約者は、確か……レイフ・ロクスタ様!
伯爵家の方なんで、うちはなかなか頭が上がらないのだ。ちなみにうちは子爵家。
そして私はリネット・アラーネアと申します。
ロクスタ伯爵家といえば、由緒はあるがお金がない──そんな噂がある家だ。
私とレイフ様が婚約したのも、うちからの資金援助を受けるため。
まあ、向こうから断っては来ないでしょうね。
ちなみにうちは子爵ですが、布や糸の製造販売、輸出入などでお金はありますのでそこそこ裕福です。
私も自分で事業を起こして、そちらが順調なのでお金には困っていません。それどころか、忙しすぎて休みがまったく無いのが悩みです。
「来週の結婚式、ちゃんと準備しておいてくださいね?」
「そうねぇ……。仕事休めるかしら?」
私は、手帳を取り出してスケジュールを確認する。
あら、半日くらいは大丈夫そうね。残念だわ。
「ああ、それと、レイフ殿には愛人がいるそうですよ?」
「そうなの? だったら、その方と結婚すればいいのに」
「平民だから無理ですね。そもそも、その方と結婚しても、ロクスタ伯爵家の財政難は解決しません」
「だったら、貴族の養子にしてもらうとか?」
「本当に愛し合っているのなら、とうの昔にそうしていたでしょうね。
とにかく、式の日は決まっていますので、当日は遅刻しないようにお願いします」
「お父様とお母様は?」
私たちの両親は、布製品の買い付けのために様々な国を飛び回っているので、一年の半分はこの国にいません。
「行けたら行く、と……」
「それ、来ないやつじゃない」
「ですので、結婚式を挙げてくれれば、あとは好きにして良いそうです。まあ、本音としては二人ともこの結婚に乗り気ではないのですよ」
「仕方ないわね〜、とりあえず店に戻って、色々調節してくるわ」
そんなわけで、私の結婚が決まった。
◆◆
そして結婚式当日。
私の両親は仕事で忙しくて、欠席。祝福のメッセージが届いた。
なので、弟とその妻のマリーが出席してくれた。
レイフ様の方は、ご両親が青い顔をして参加。
ひどく気を遣われたのが気になるが、理由を聞けるわけもなく……。
当のレイフ様は私と目を合わせることもなく、会話もなく、口づけもなく婚姻誓約書に署名をしていた。
私も署名をして式は終了。
司祭様も困惑していましたわ。
そして──。
「君を愛することはない!」
式が無事(?)終わり、レイフ様の邸宅に着くと、開口一番そう言われた。
ちなみに、別々の馬車ね。
私の馬車には、専属侍女のボニーが同乗している。
「オレには愛する人がいる。このロミーだ!」
「……」
レイフ様の側には、ロミーと呼ばれた女性が寄り添っている。
儚げな雰囲気の美しい女性だ。
私には目も合わさず、挨拶もなし。
心なしか、使用人の視線も冷たい気がする。
でもまあ、そんなことはどうでも良い。
「そうですか。……私、この後、仕事の打ち合わせがありますの。このまま帰ってもよろしいかしら?」
私は、ポケットから懐中時計を取り出して時間を確認します。
ああ、ウェディングドレスを脱ぐ時間すらないわ!
「へ? ちょっと、待て!!」
「待てませんわ。詳しいことは後ほど話し合いましょう! あ、馬車出してくださいまし!」
私はそのまま馬車に乗り込み、自分の店へと向かったのでした。
その後の打ち合わせでは、ウェディングドレスのままで相手に少し驚かれましたが、打ち合わせ自体はうまくいきました。
あ、ヴェールや装飾品は流石にとりましたけど。
そして、夕方。
従業員に手伝ってもらって、ようやくウェディングドレスを脱ぐことができた。
ゆったりとした部屋着に着替えます。
ちなみに、仕事場の二階が住宅部分になっているので、普段はここに住んでいます。
「リネット、おつかれさん」
「あら、ヘイデン。来てたのね!」
「ああ。忙しそうだったんでね。声をかけるのが今になった。頼まれていたパーツを持ってきたんだが」
「そうなのね! ありがとう! まあ、素敵な星形のビーズ!」
「そういえば今日は、珍しく半休をとっていたな」
「そうなの。私、結婚したのよ」
「は?」
なぜか、ヘイデンの目から光が消える。
「相手は、レイフ・ロクスタ伯爵ね。三年前から婚約していたらしいわ。でも、愛人もいるのよね〜」
「……はぁ?」
ヘイデンの目に殺気のようなものが宿る。
忙しいわね……。
「お前を愛することはないって言われたし、とんだ結婚相手よね〜」
「笑いではないと思うが……」
「そう?」
私の仕事は、ドレスデザイナー。
仕立屋『ムーンライト』の店主でもあり、同名のドレスブランドの創設者だ。
ヘイデンは私の店のオーナーで、様々な事業を展開する商会の会長だ。
私のデザイナーとしての腕を買ってくれて、色々支援してくれるのだ。
「どっちみち、当分は帰れないけどね〜。なんでこんな繁忙期に結婚させたのかしら?」
現在は初夏。
仲夏の『暑気払いの会』にむけて、貴族のご婦人方から涼しげなドレスの注文が大量に入る時期。
夜会や他のお茶会の時に着るようなドレスよりは、手間はかからないけど、依頼数が多い!
ちなみに、暑気払いの会はお茶会の一種であり、涼を得るためにそれぞれの邸宅にある水路や噴水、冷気を満たしたサンルームで行われる。
なので、この時期は少なくとも一ヶ月は私も従業員も、休みはない。その分、お給料はめちゃくちゃはずむ。
そんなわけで、レイフ様の邸宅には一ヶ月ほど、帰れなくなったのだった。
◆◆◆
そうして、仕事が落ち着いてきた一ヶ月後。
夏、真っ盛り。
店の壁にでっかいミョンミョン蝉が張り付いていて、ちょっとした騒ぎになったりもしたけど、お店の方も仕事も特に問題がなく。私は、久しぶりに休みを取ることになった。
ミョンミョン蝉は、ヘイデンに追い払ってもらった。
ちなみに、ミョンミョン蝉は魔獣の一種だが、鳴き声がうるさい以外の害はない。大きさは小型犬ほど。
「そういえば、リネットさんって結婚したんですよね?」
「え?」
「一ヶ月近くも仕事場にいますけど、大丈夫なのですか?」
「……あ〜、大丈夫じゃないかも、です」
そんなわけで私は、久しぶりにレイフ様の邸宅に、行くことになりました。
◇
「とは言っても、一ヶ月邸宅に戻らない妻になんの連絡もよこさない、夫もどうかと思いますけどね……」
と、馬車の中で私の専属侍女のボニーが言った。
「でもそれは、私にも言えることだし……」
とりあえず、三日分くらいの着替えや化粧品などを積んでいる。
なんせ、レイフ様の邸宅には、私の荷物が何一つないのだ。
もはや、小旅行気分だ。
そうして、レイフ様の王都の邸宅、ロクスタ伯爵家に着いたのだけど……。
出迎えはない。
使用人たちの視線は冷たく、誰一人として挨拶をしない。
まあ、結婚してから一ヶ月、まったく同居していなかったのだから、仕方がないのですね。あと、レイフ様には愛人様がいますし。
それより……。
「ねえ、ボニー。どうして彼らは、夏用のお仕着せを着ていないのかしら?」
レイフ様は伯爵様なので、邸宅には複数の使用人がいます。
しかし、その誰もが冬用のお仕着せを着ているのです。
「ロクスタ伯爵家は、財政難だと聞いています。その影響かと」
「でも、私と結婚して、資金援助を受けているはずよ?」
「そのあたりは、みなさんに聞いてみないと」
「そうね」
というわけで、私は近くを通りかかった侍女に話を聞くことにしました。
「ちょっと、そこのあなた。良いかしら?」
「──っ!」
「聞きたいことがあるのだけど。どうしてここの使用人は夏なのに冬用のお仕着せを着ているのかしら?」
「あ、あの、え〜と……」
侍女は言い淀んでいた。




