離婚に向けての話し合い
3話終了予定。
無事にエリーゼは離婚と意趣返しが出来るとおもいます。
天鵞絨色の夜空にはキラキラ星が千に万に、チカチカとまたたいています。大聖堂からは厳かな祝福の鐘の音がひんやりとした夜風に乗り、国中を駆け抜けていき……。
煌々と灯された純白の蝋燭が立ち並ぶチャペルには相応しい装いに身を包んだ列席者達。皆々、微笑を浮かべ式の進行をゆるりと楽しんでいるようと、ほっとしつつてヴェールの隙間から垣間見えたあの夜。
ブランチュール家嫡子、アルフォードとの結婚式の日のことを苦々しく思い返す彼女の名前は、マリア・エリーゼ。ル・マンド辺境伯爵の第一子でした。
裕福な生家で産まれ落ちたその時より、多くの従者に囲まれ育った彼女は、美しく賢く、そしてしっかりとした気性。婚家先である、ブランチュール侯爵家から才知と美貌をかわれ、少しばかりうつつを抜かす嫡子の花嫁にと互いのふた親、親族の満場一致で選ばれたのでしたが……。
(この結婚は失策。お式にかかった費用が勿体なくてよ)
庭から流れ込むナイチンゲールの歌声を慰めに、ブランチュール侯爵夫人としての夜をひとりベッドで転々と眠れる時を過ごした時の悔しさは、彼女の心の奥に焼き付いて今尚、チリチリ燻り煙をたてています。
(外に女を囲うのならこっそり、秘めやかにされればよいだけなのに。わたくしも解っています。正妻の権威を振りかざす等という野暮はしません。貴族における恋人ごっこは、見て見ぬふりが決まり事。だけど馬の骨との真実の愛を貫きたいからわたくしとの夫婦関係は嫌だ。はぁぁ?貴族間の結婚に何を求めているのかしらん)
婚姻前の互いの身上の調べにより、新郎には長らく付き合っている恋人がいることは知っていたエリーゼでしたが、まさかの初夜の夜にソレを夫に告げられ初夜に寝室から出ていけと拒否をされたことに呆れ果てました。
それからは日向に置きっぱなしにして、カッサカサになったパンのような間柄の夫婦関係を築かれたエリーゼ。しかしその暮らしも唐突に終える目処がたったのは、アルフォードが回らない頭をギィギィと回しまくり、真実の愛を貫くためとバタバタと動き回った成果なのです。
親族一同、世間の興味津々の目手前、素知らぬ顔を貫き自ら暗躍することはぐっと堪えてきたエリーゼ。鬱々としつつも気丈に帰らぬ主の代わりに、愚痴ひとつ吐き出すこと無く夫婦の邸宅の切り盛りをしてきた、数えて一年と少しばかり。
何かしらの動きがあるとあちらこちらに放っている密偵からの報せを受け、いまか今かと待ち構えていました。
そして……。ついに来たその時。夫がおとずれる数刻前、実家であるル・マンド伯爵家より早馬を受けたエリーゼは、思わず小さく歓喜の声が上がったのです。
「エリーゼ様。旦那様がお戻りになられお会いしたいとのことです」
それからしばし。庭から聞こえる午前の小鳥が午後の小鳥に成り代わる頃、恭しく家令がお伺いをたててきました。すぐに通すよう命じたのは言うまでもありません。
「弟に全ての権限を渡し今後一切、関わりを持たず、与えられた田舎のシャトウで引き篭もるのなら、離婚をしても良いと父親に言われた。君の一族と話がついたそうだ。だが手切れ金は自分でなんとかしろと言われてしまった」
「久しぶりに住まいに戻ってきたと思いましたら、下らないお話ですのね。倒れかけていても当主なのですから、もっと聞くことがあるでしょうに。あら、それは御目出度い話ですわね。わたくしにも今しがた実家からの報せにて粗方の把握はしてましてよ」
新婚生活の為に婚家より与えられた壮麗な邸宅に、生家より持ち込んだお気に入りの椅子に深々と腰をおろしたままで望みが叶ったのにも関わらず、どどめ色した顔色の夫、アルフォードをはやる心を抑えつつ、悠々と見上げてひゅうるりと北風のような声音を返したエリーゼ。
「あなたが別のと結婚をすると言うつまらぬ我が儘を貫きになられる為の必要経費ですわ。ビタ一文、負ける気はありません。わたくしの負担になるだなんて、恥ずかしいですわよ。そして貴族間の破談の場合、妻が生家より持ち込んだ物は全て妻に返却。手切れ金はもちろん、一括払いが昔からの決まりでしてよ」
「うん、そう聞いている」
「なら早く支払ってくださいませ。そろそろ次の社交界が始まる季節ですから、アレと真実の愛とかが理由でわたくしと離婚をしたいという、愚かなあなたから離れたく思います。なので1日も早く、教会や貴族院に離縁の届けを出し認めてもらう為に献金と寄付をしなくてはいけません。それらは、不貞を働いた側が払う手切れ金より工面するのが決まりです」
「うん。実は金が無い」
ふう……。悩ましい溜め息をつきながら立ちん棒の夫は空いている席に座ってもよいか?と、問います。それに即座に否を唱えたエリーゼ。
「なんだ。駄目なのか。正式にはまだ夫であり、この屋敷の主だぞ!」
むっとした声で応じた立ちん棒の夫に対して、腸が煮え繰り返るのを押し殺しつつ平静を装い話す妻。
「ええ。屋敷の主はそうですけれど、ここはわたくしの棟。わたくしの居間ですわ。わたくしが主。互いの棟の居間及び寝室における主導権はそれぞれに属する。高位貴族の決まりでしょう。主が許さないのです」
ぐっ……。唇を噛み締める夫のアルフォード。
ふっ……。唇を上げ微笑む美しい妻エリーゼ。
「あなたはそうおっしゃいました。忘れる事が出来無い初夜でした。あなたの棟。清らかに整えられていたあなたの寝室にて神父様からの祝ぎの葡萄酒を受けたその後、ふたりきりになったその瞬間、あなたはわたくしに冷たく出ていけと……。寝室の主である私の意に従え、それが決まりだろう。ここにて共に時を過ごすのは真実の愛を誓った、バームロールだけだ!それ以外は許さないと……そう、おっしゃいましたわ」
離縁が出来ると知り心のうちに溜まっていた恨みつらみを秘めた言葉が、轟々とせきを切った川の水の様に溢れ出てきたエリーゼなのです。
少しの甘いものは素敵世界です♡