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チャプター2

”プップー””パーン”

車のクラクションなのだろうか。やたらとうるさい。

車が僕の前でクラクションを盛大に鳴らしている。

あたりを見回すと、ここは横断歩道で赤信号で僕はひとり立っていた。

どうやら、渋谷スクランブル交差点だ。

「どんだけぇー」


僕は車の運転手に、ひたすら謝りながら、書店のある歩道に逃げていった。

車の運転手たちは、鬼の形相だった。

なにしろ、急に赤信号とはいえ、真っ昼間の横断歩道のど真ん中に人があらわれたんだから。

よく事故にならなかったと思う。

日本人のドライバーのマナーの良さには感謝しかない。


なんで、僕が書店の方に行ったかというと、ジュリアが書店の前にいたからだ。


ジュリアは書店の前で、体を丸めて毛づくろいをしている。

ゆっくりと寛ぐさまは、ここがまるで我が家のようだ。

通りがかる女子高校生に、”可愛いと”声をかけられ、体を撫でられている。


ジュリアの顔はまんざらでもなさそうだ。

すると、ジュリアが僕の方を見た。

僕とジュリアの視線が交わる。


ジュリアは、のそっと立ち上がると、”着いてきな”と言わんばかりに顎をシャクって、公園通りを松濤の方へ歩き出した。


今の僕に、ジュリアを追わないという選択肢はない。


見た感じ、渋谷の景色は僕が生きていた頃と大差ないみたいだ。

まあ。渋谷なんて僕には縁がないし、詳しくは知らないけど。

時間はそのままなんじゃないだろうか。


ジュリアは、こちらを振り返りもせず、尻尾を立てて優雅に歩いている。

まだ、子猫のくせに、妙に大人っぽい歩き方だ。


しかし、眼鏡がないのがこんなに快適なんて。

視力があるって言うのは、ありがたい。

しかも周りの人の背が低く見える。僕の背が高くなったと気が付いたのは、ドンキが見えてきたあたりだ。


こうやって歩くだけでも、なんか楽しい。

通り過ぎる人たちが、僕のことをチラチラと見てくる。

なんだろう、注目を集めている気がする。


恥ずかしいけど、ちょっと気持ち良いかも。

浮かれ気分で歩いていき、郵便局の交差点を右にまがったところで、僕の目の前が揺れた。

地震? って思ったけど、違ったようだ。

足に力が入らない。クラクラしてそのまま倒れ込んでしまった。


目が回る。昔慣れないお酒を飲んだ時にもこんな感じになった。

でも、今はお酒なんて飲んでない。


酔っ払いが道で寝込んでしまうように、僕も道端に寝っ転がってしまった。


僕の周りを行き交う人は、汚いないものでも見るように、僕を避けながら歩いている。


そこに、カートを押した、腰の曲がった老婆が声を掛けてきた。

老婆はかがみ込んで、僕の肩をゆすり、”大丈夫か”と聞いてくる。


僕は老婆と目を合わせ、背中を塀にもたらせて、起き上がった。

まだ、クラクラするが、立ち上がれそうな気がする。


僕は老婆にお礼を言おうとしたが、声が出ない。

なんだ? 僕は声を失ったのか。いろんなお願いをした代償に声を失った?

という事は、僕の命も後わずかということだろうか。


人魚姫のストーリーが頭の中で渦巻いている。ザマンさんがなにか言ってなかったか、懸命に頭をフル回転させて、考える。


「どこか具合でも悪いのか?」

「えっ、あっ、その」

なんということはない、あまりに人と話していなかったので、声の出し方を忘れてただけだったようだ。

かすれながらも、声らしき音は出すことができた。


その時、ジュリアが遠くに見えた、行かなきゃいけない。

ジュリアを見失いたくなかった、僕は立ち上がって、ジュリアの方に歩き出した。

老婆は驚いて、目を丸くしている。

「大丈夫か?、歩けるかい?」

老婆は僕の両肩をつかんで、僕に問いかけてきた。


僕を心配してくれる、優し人だ。

家族以外で僕に優しくしてくれる、唯一の人かもしれない。


でも、僕はジュリアを追いかけないといけない。

強迫観念というのだろうか、どうしても追いかけないと、どんな障害があっても、それを乗り越えるんだ。

そんな、意気込みというか、パッションが僕をつき動かした。


まあ、要するに僕は老婆を突き飛ばして、ジュリアの後を追ったということなんだけど。

最低だよね、人として終わってる。

でも、この時は、ジュリアを追うことが、僕にとって一番大事なことだったんだ。


老婆は”ぎゃっ”と悲鳴をあげて尻もちをついている。


最低な僕は老婆をほったらかしにして、ジュリアを追って、細い道を駆けていった。


ジュリアは小走りだ。相変わらず尻尾を立てて優雅なもんだ。


もう少しで追いつきそうなところで、公園に出た。

入り口に遊具が置いてあるが誰も遊んでいない。奥には池もあるらしい。

さすが高級住宅街にある公園。静かで厳かな趣がある。


ジュリアは池の方に行ったようだ、僕も追いかけて池の方に歩き出した。

しかし、ジュリアの姿は見えなくなってしまった。

見失ったのか?

池の周りを一周したが、ジュリアは見つからない。

三周ほど、池の周りを回って、ジュリアを探すが、見つからなかった。

僕は、これからどうすればいいかわからず、ベンチに座り込んでしまった。


まだ、頭もクラクラする。目を開けていられなくなり、つぶってしまった。


どれくらい眠ってしまったのか、目を覚ますと周りは薄暗くなっている。

肌寒くて、両手で体を抱え込む。


寝起きでぼーっとしながら、これからどうしようと途方に暮れていると、遠くからタイヤが軋む音と”ドンッ”という何かがぶつかる音がした。


僕は瞬間的に身を固くした。自分の事故のせいだろうか、こういう何かがぶつかる音は苦手だ。

”えっ、もしかして。ジュリア?”その可能性もあると思って、音の方に走っていく。


僕は子供の頃から耳が良い。しかも音の方角もだいたいたわかる、

コウモリのエコーロケーションみたいなものだ。

でも、実際のコウモリはエコーロケーションをそんなに使ってないみたいだけど。


とにかく、僕は音のした方に、早歩きで向かった。

まだ、頭が揺れていて、走ることはできそうもなかった。


音のした場所についてみると、老婆が道端に寝っ転がっている。

よく見ればさっきの老婆だ。

今度は、遠くでなにかかが、こすれるような音が聞こえた。



僕は、さっきの非礼のお返しをしようと、老婆を助け起こした。

さっきとは、まるっきり、立場が逆転している。

「大丈夫ですか」

おっ、今度は声がちゃんとでる。さっき喋ろうとしたから、声帯が起きてくれたんだろうか。


「ああ、ありがとう、でも、腰が痛いよ」

老婆の体を、ざっと見たが血は出ていないようだ。意識もあるから、救命処置などは必要ないだろう。


「あれっ、お前はさっきの」

老婆が僕に気が付いたらしい。

でも、どうやって説明していいかわからない。自分がなんで死んだかわからないこと、生き返ったこと、不思議な猫を追っていること。

どれをとっても、信じてもらえないだろう。しかも僕の説明ならなおさらだ。

自慢じゃないが、僕の説明は長くてくどくて、その割に話の核心を言わない。ついでにオチもない。


そのおかげで、学校の同じクラスのやつは、ほとんど僕に話しかけてこない。

先生だって、国語の時は、僕を絶対に指さない。僕が話し始めると、授業時間が終わってしまうんだ。

指されて喋り続けて、チャイムが鳴っても、僕の話は終わらない。終わらないどころか核心に至っていない。

そんな僕が説明できるわけない。

結局”えっと””あの””その”で詰まってしまった。


老婆も諦めたのだろう。

「とりあえず、救急車を呼んでくれ。私は携帯持ってないんだ」


老婆は僕の方を指差す。

僕は自分の手を見ると、スマホを握っていた。

今まで、ジュリアに夢中で気が付かなかった。

しかも、アンテナが3本も立っている。

使えそうだ。


スマホ代だけはきちんと払っておいてよかった。

僕は安堵のため息を漏らしながら、緊急通報をした。


なんだろ、初めてのはずなのに、妙に落ち着いている。

事故ということも最初に伝えられたし、近くの電柱の住所表示も確認していた。


まるで119番通報を、前にしたことがあるみたいだ。

老婆の容体もきちんと伝えていた。

しかも、聞かれるより前に、きちんと意識があること、自分が誰かわかっていること、腰が痛いと言っている、頭も打った可能性がある。これらを的確に伝えていたのだ。


普段の僕なら絶対に無理だ。

やはり、昔119番通報をしたことがあるのだろうか。


昔の事を思い出そうとすると、霞がかかったようになり、耳鳴りがして頭痛が始まる。

僕は頭痛が、大っ嫌いだ。

だから、思い出すことも避けてしまう。


このときも、思い出すことは止めて、老婆の容体を確認することにした。


「救急車呼びました。吐き気とかありますか?」

「いや、大丈夫みたいだ。まったく横断歩道を歩いていたっていうのに、曲がってきた車が私にぶつかってきたんだ」

「じゃあ、お腹とかに、ぶつかったんだですか」

「いや、車は急停止して、私がバランス崩して、ボンネットに倒れ込んで、その反動で後ろに反り返って、地面に腰を打ったんだよ」

老婆、怒りをにじませながら、腰をさすっている。

立ち上がりそうだったので、とりあえず座るようにお願いした。


老婆は”許したくないね””あんなやつは地獄に落ちればいいんだよ”と、息巻いている。

まあ、たしかに逃げてしまうのは良くない。

老婆はこれ以外にも、とてもひどい言葉で相手を罵っていて、ほんの少しだが逃げた運転手に同情してしまった。


僕は顔を上に向けて、周りを見回した。

それだけで、3箇所の防犯カメラが確認できた。

3台もあれば、車はすぐに見つかるだろう。


救急車がやってきて、老婆を乗せていった。

救急隊員に同乗を求められたが、他人であり、単なる通りすがりですと、同乗は断った。

老婆はなにも言わず、僕のことは見向きもしなかった。


”なんだよ、お礼の一つくらいあってもいいじゃないか”思っても口には出さなかったけど。

救急車と入れ違いで、警察がやってきた。


僕は事故の説明を分かる範囲で警察に話した。

警察も、防犯カメラの位置を確認しており、実況見分を終えるとすぐに引き上げていった。


僕は、これからどうしようと考えながら、先程と同じ公園のベンチに腰掛けた。

相変わらず、ジュリアの姿は見えない。


しばらくすると、スマホに着信があった。

誰だろうと思っていると、病院からだった。

そういえば救急隊員に、連絡先を教えていたんだ。


電話で看護師らしき人が、容体のこと、必要な物、などを僕に伝えてくる。

なんで、僕に? 普通なら身内にする話だよね。


「とにかく着替えと歯ブラシ、コップ、タオルを持ってきてください。急ぎませんけど保険証もお願いします」

電話口で早口にまくし立てられて、僕は思わず”はい”と言ってしまった。


仕方なく、ドンキに向かい、一番地味な部屋着とコップ、歯ブラシ、タオル、これは大きいのと小さいの2種と買い物かごに入れた。


レジに向かったところで、気が付いた。”ちょっと待って、お金は?”

僕はズボンのポケット、シャツの胸ポケットをまさぐってみる。


当然、何もはいってなかった。

あるのはスマホだけ。


うん? スマホ? あーある、払えるよ。

僕はレジへの列を外れて、スマホを操作する。

あった、e-payのアプリだ。残高は3265円。

かごの中身の値札をチェックする。


なんとか足りそうだ。

今度はレジの横の表示を確認する。

あった。e-payのロゴが見える。

もう一度、レジに並び直し、会計を済ませた。


病院は目黒の総合病院だった。

ここからなら、歩けないこともなかったので、歩いて向かうことにした。

この状況で、お金を使う事は、なるべく避けないと。

スマホをいじってみたが、連絡先は空白で、自宅などの情報も空白だった。

他のアプリは入っているようだが、すべてが使えるかは分からない。

これ全部調べるのは時間がかかる、今は病院に急ごう。


ホテル街の円山町を突っ切って、道玄坂上から、旧山手通りを歩き、中目黒から川沿いを歩いていくと病院が見えてきた。


しかし、このルート、僕には全く不似合いの道だった。

円山町では、一人でホテルに入って行く人が多くいるし、旧山手通りはおしゃれなお店が多くて、僕は始終下を向いて歩いていた。

唯一、前を向いて歩けたのは、目黒川沿いの道だけだった。

ここも春先は、花見の人たちで賑わうだろうから、僕にはとても歩けそうにない。


病院に着くと、老婆の名前を知らないことに気が付いた。

受付でしどろもどろになりながら、交通事故で運ばれた高齢の女性に荷物を届けにきたことを説明した。


これだけで30分くらいかかっただろうか。

僕の後ろに列が出来てしまって、焦ってしまったことも災いしたんだ。


僕の後ろの女性が、じれてしまって、僕に変わって説明し始めた。

「この人が言いたいのは、交通事故にあった人に着替えを届けに来た。ただ名前が分からない。居合わせただけだから。ってことだよ」

受付の人が納得したようにうなずいて、調べ始めた。


女性が僕の肩をバシッと叩いた。

「あんたも、ドンキで地味な部屋着を買ったとか、ジュリアって猫の事はどうでもいいんだよ。要点だけ言いなよ」


僕は’はい”と蚊の泣くような声で小さくうなずいた。

そんな事はわかってるよ、でも出来ないんだ。素晴らしいよ、要点をきちんと押さえて、手短に話せる人。

僕にはとても出来ない芸当です。


受付の人が面会カードを差し出してきた。

「これに記入して、5階に上がって、ナースステーションに行って下さい」

僕はここでまた、ため息を漏らしてしまった。

ナースステーションでも説明をしなければいけないのか。困った。

受付の人は僕の悩みを察知したのか、白紙の面会カードを裏返し、何かを書き始めて、僕に手渡してきた。

「それをナースステーションで見せれば大丈夫ですから」


そのカードには、経緯がきちんと書かれていた。なんて、仕事のできる人なんだろう。

こんな人は受付なんかで終わって良い訳がない。こういう人こそが、人の上に立つべきだろう。


僕は最大限の賛辞をこの人に送りたかったが、言えたのは”はい”という1言だけだった。

しかもすごく小さい声で。


後ろの女性に対しては会釈だけしかできなかった。

本当に人との接し方って難しい。

距離感の取り方ってどうやって覚えるのだろう。


メモのお陰で、ナースステーションでは戸惑うこともなく、病室に案内された。

病室の入り口には、4つのネームプレートがあったが、3つは空白で残り一つに”冴島透子”と書かれていた。


「冴島さん、面会の方がお見えですよ」

看護師さんが明るい声で、向こうを向いて寝ている女性に声をかけた。

女性がゆっくりとこちらを振り向く。

あの老婆だった。救急車に乗った時の痛ましい姿を思い出してしまった。

「ああ、あんたかい。ありがとうね。他に頼める人がいなくてね」


僕はなんと返していいかわからず。曖昧にうなずいた。

「じゃあ、荷物一回預かりますね」

看護師さんは、僕が持っていた、着替えやコップやらが入った、ドンキの袋を奪い取るように持って部屋から出ていってしまった。


僕が一番苦手な、気まずい雰囲気が訪れる。

よく知らない人と二人っきりの空間なんて、1分でも耐えられない。

立ち去るにも、無言でってわけにも行かないだろう。

一声かける、このことだけでも、無理ゲーなのだ。

しばらく、いたたまれない沈黙が病室を覆った。


沈黙を破ったのは、老婆の方だった。

「あんた、名前はなんて言うんだい?」

「高端是清。です」

「ほう、いい名前だ。名前負けしてそうだけどな」

「それは、自分が一番よくわかってます」

僕は、消え入りそうな声で必死に言葉を発した。


「私は、ゆきこだ」

ゆきこ? なんのことを言われたのか全くわからず、間抜けな顔で老婆を見返した。

「とうこ、じゃなくてゆきこって読むんだ。よく間違われるよ。ここでも散々、とうこさんって呼ばれている」

そうか、透子と書いてゆきこって読むのか。

そういえば、どこかで透子と書いて、ゆきこと読むって人がいたような気がする。


「だから、あんたは私のことをゆきこさんって呼んでくれ。そうすれば周りの人もゆきこって呼んでくれるからね」

「わかりました。ゆきこさん」


「今日は、いろいろありがとうね」

「そっそんな、僕の方こそ、最初助けてもらったのに、急に逃げてしまって」


「そうだったね、何かを追いかけてるみたいだったけど。見つかったのかい?」

「いや、見つかりませんでした。松濤の公園で途方に暮れてたら、ものすごい音がしたから、行ってみたら、透子さんが倒れていて」


女性に対して下の名前で呼ぶなんて、何十年ぶりのことだったけど、透子さんに対してはあまり抵抗を感じなかった。

年齢が離れすぎているせいかもしれない。

「そうだったね」

その時、病室にスーツ姿の男性が二人入ってきた。

二人は上着のポケットから、身分証を出して開いた。

予想どおり、警察の人だった。

「松濤警察の安野(やすの)だ」

「同じく、高村(たかむら)です」

二人は名前とは正反対で、安野さんは背も高く、シワ一つない高そうなスーツを着ている。

対して高村さんは、ずんぐりしていて、微妙にサイズの合っていないスーツにくたびれた革靴を履いている。

僕はなんとなく微笑ましく、二人を見ていた。

だけど、二人の話は微笑ましいものではなかった。


「冴島さんに当て逃げした車なんですが、現在見つかっていません」

高村さんの話は不思議だった。

なぜだろう、現場には防犯カメラがあったのに。ナンバーが読み取れなかったのだろうか。

僕が驚いた顔をしているのに、気がついたのか、安野さんが僕を向いて、高村さんの後を継いだ。

「現場付近の3台の防犯カメラは、きちんと作動していなかったんだ。で、君は高橋さんですね。第一発見者の。あなたに会えて良かったですよ。なにしろ今のところ、目撃者はあなただけなんです」

確かに、夕方の松濤は静かで人通りも多くない。


「付近の家は豪邸が多いからな、物音もあまり聞こえないんだ」

安野さんは、困ったとばかりに頭を持っていたペンでかいている。

確かに、あの辺りは日本でも屈指の超高級住宅街だ。

敷地の入口から、玄関まで結構距離もあるだろう。外の音も聞こえづらいはずだ。

「高橋さんから、詳しく話を聞きたいと思っていたんです」

僕は覚えている範囲で、事故の説明をした。

ただ、僕が駆けつけた時には、車はいなくなっていたので、たいした説明は出来なかったと思う。

透子さんも、事故の説明をしていたが、透子さんもいきなりのことで、車のナンバーも運転手の顔もみていないそうだ。

透子さんが、分かっているのは、車の色が黒だったことと、バンではなくボンネットがある車だったことだけだ。

警察の二人は熱心にメモを取り、何度かうなずきあったりしていた。

ただ、内心はがっかりしたと思う、素人の僕にも重要な話は何もなかったのだから。

安野さんと高村さんは、”ありがとうございます”と丁寧にお辞儀をして、出ていった。

二人を見送りながら、一つ気がついたことがあった。


だけど、二人に僕の方から声をかけるなんて、コミュニケーション能力に重大な欠陥を抱える僕には、とてもできない。

黙ったまま、二人を見送ってしまった。

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