5/22
旦那様
「それなら、―― うちの旦那様の話も、聞いたことあるかい?」
「おめえの旦那が誰かなんて、おれぁ知らねえよ」
「ああ、そうか・・・」
言ってなかったっけ?とチョウスケは瞬きし、辺りをうかがう。
「―― 梅林のある、『女坂』があるだろう?」
「ああ、あっちのほうか。金持ちの家ばっかり建ち始めたほうだな」
「ああ、そこの、坂のいちばん上に、おれの働いてる家があるんだよ」
「あ、わかった。あの、」
「しいーーーー!名前はいいよ。名前は。今は、『イワシタ』ってことにしよう」
「・・ふうん。で?そのイワシタの旦那さんがどうしたって?」
手酌の酒をあおるヒコイチを見つめたまま、チョウスケが、そうかまだ噂にはなっていないか、と安心したように息をついてからはなしだした。
「―― 旦那さんは、・・・ちょっとばかり、女に情が厚い方でね」
「・・・そういう言い方があるとは驚きだな。要は、おめえとおんなじ、女にだらしのねえ男ってわけだろ?」
「いや、ヒコさん。そりゃ旦那様に失礼だ」
顔の前で手を振ったチョウスケは、手にした猪口を一度置く。