猫か
「・・・おれからみたら、旦那様はあの女たちにとりつかれてる。だけど、旦那様は、それが『しあわせ』だとおっしゃる・・・・なあヒコさん、どうしたらいいと思う?」
チョウスケは、本心から、旦那のことを心配している。
こういうところに女がよってくるのだろうと思いながら、ヒコイチは追加の金を置くと、奥にむかってもう一本酒を頼んだ。
「旦那が『しあわせ』なら、それでいいじゃねえか。とりつかれて病になったとかじゃねえんだろ?ほうっておくさ」
「ええ?でも、」
そのときチョウスケの足元に黒いものがしのびよる。
『 《 しあわせ》なんて、人それぞれよ 』
割れがねのようなひどい声が言った。
「うん?そりゃたしかにヒコさんの言うとおりだけど・・・。わ!なんだ、猫か」
足にすり寄った黒いものに気づき身をかがめたチョウスケがその頭をなでるのを、小さく舌打ちしたヒコイチが睨み、おれアいくぜ、とたちあがる。
「ああ、ヒコさんにきいてもらえてよかったよ。 ―― まあ、それもそうだな。おれがこれ以上心配しても、どうにもならないものな」
急にふっきれたチョウスケが、届いた酒を飲み始める。
「―― いやしかし、・・・ほんとに旦那様は情が厚い、すごいお人だ。だから化けてでてくるあの女たちも、旦那様を祟るだなんてしないんだろうな。 よし、こうなったらおれも腹をきめて、最後まであの旦那様にお仕えしよう。 ―― なにしろ使用人の葬儀までだしてやるほどのお人だし、おれも 《前の人》 に習えるように精をだすか」
おのれにカツをいれだしたチョウスケの言葉が、立ち去りかけたヒコイチの首筋をひやっとなでた。




