しあわせものよ
「――― あとはもう、・・・叫んで一目散に逃げ帰ったよ・・・」
「・・・それで?・・その旦那は?病気にでもなったか?」
「いや、旦那様は変わらねえさ。だって、ありゃあ、女たちに祟られてるわけじゃねえんだよ。ただあの三人が、旦那様のことが好きすぎて、ああやって出てきてる。 旦那様もそれが嬉しい。―― だからありゃ・・・、本当はとりつかれてるって、いうんだろうけど、・・・本人には何の毒もねえからさ、・・・旦那様は、―― 困ってねえんだ」
困ったのは、チョウスケのほうだ。
あれ以来、庭が怖くて手入れを頼まれるのも嫌だし、なにより、花をつける木がこわい。
さらに言えば、あの三本の木には、近寄りたくもない。
次の日、重い足取りでイワシタの家に着き、朝の挨拶に笑ってうなずいた旦那のその顔を、しっかりとみることはできなくなっていた。
おまけに、――――。
「なあ、ヒコさん・・・、おれ、・・・あれから女がよお・・・こわくってよお・・・」
できねえんだ・・・・とうつむく男のつむじをみながら、笑いをこらえ、財布をさがす。
「チョウスケ、そりゃおめえ、いい薬になったじゃねえか」
「そんなあ~。使いもんにならなくなるなんて、あんまりだ・・・。でも、おれのことよりも、旦那様だよ」
翌日は、さすがに挨拶をするのが精一杯で、あのことについて何もいえなかったが、その次の日には、やっぱりはっきりさせておこうと、チョウスケはあの夜のことを聞こうとした。
だが、洋間でコチコチと動く時計の前、先に口を開いたのは、旦那のほうだった。
――― チョウスケ、あれは、おまえの夢だ
そんなわけはない。
だが、続けて出た言葉に、チョウスケは、黙り込むしかなかった。
――― おれは、しあわせものよ




