女が・・・
『西堀』の隠居のともだちヒコイチは、ひとがいいので、頼りにされます。今回は同じ長屋のチョウスケに、きいてほしい、と袖をつかまれた。
女がよお、と猪口をかたむける男は、ひどくうんざりした息を酒といっしょに飲みこんだ。
「女がどうしたよ?」
ヒコイチは相手の空いた猪口に酒をつぐ。
どうしたもこうしたも・・・―― そこで、注がれた酒をまずそうに眺める顔をこちらにむけた。
「―― ヒコさんはよ、いままで女でこじれたことは、ねえだろ?」
「おめえは『こじれ』っぱなしだな」
「まあ、うん・・・。そうなんだがよ・・」
いつもと違い、どうにも、情けない顔をみせるのは、同じ長屋に住むチョウスケという男で、ちょいとばかりつくりのいい顔がご自慢の男だ。
ヒコイチの知り合いである《お坊ちゃま》のように、白いシャツとねずみ色のズボンの洋装も似合う、丈の高いからだつきと、顔のつくりが良いというのを鼻にかけているところをのぞけば、気持ちの良い性分で、引っ越してきた当初から、独り身どうしで歳もちかいヒコイチとは、なにかと交わりのある間柄になっている。
今までに見たこともない、やつれた様子のチョウスケと顔を合わせたのはひさかたぶりで、そのまま「聞いて欲しいことがあんだ」と着物の袖を引かれて飲みに誘われたのは三月ぶりだ。
酒が来るまでも、どうにも浮かない顔で「その、なんだかな・・」などとはっきりしない言葉を並べて、ヒコイチの顔もまともに見ない。
『聞いて欲しい』と言ったくせに、もごもごと濁すようにして、肝心の話を始めない。
しびれをきらしたヒコイチは、あきれた目をおくって一度腰をあげた。
そこで、チョウスケがようやく「待ってくれ」とすがりつくように着物をつかんで口にしたのは、「だから、お、女のはなしなんだがよぉ、―― 」だった。