第一話 女刑事と火事騒ぎ 下
前回のあらすじ
火事に怪異が関わってるかもしれないと相談を受けた主人公は刑事を連れて現場に向かう。
怪異の姿は確認できず、放火犯を捕まえたことから怪異などいないと判断したが……。
火事事件の犯人を逮捕してから一週間がたちました。
事件については地方新聞に小さく乗っけられているだけでしたが、詳細は詳しい人に教えてもらいました。犯人は警察官だったらしく、過剰な厚着をしていたのは制服を隠すためだとか。不審者を探す段階でひょっこりと現れては混ざることで捜査の手を逃れていたらしいです。
動機はストレスが酷いからだとかで、酔っぱらって絡んでくる男性に恐怖を感じていたのに何もしなかった上司に一泡吹かせてやろうと思っていたからだとか。
他にも内部で処理されて表に現れることのなかった件の上司からのセクハラやパワハラが原因だとも聞きました。
「つまりはすべて警察のせいだったと」
「ええ。不運にも巻き込まれたわたしは、何もしていないのにお金を取った悪徳業者とレッテルを張られてしまったのです」
「あながち間違ってはおらんじゃろ」
なにおう、わたしは現場を探し出し事件の解決に一役買いましたよ?ただ妖怪がいなかったのに退治の依頼を受けたからとお金を受け取ったのが悪かったのかもしれませんがね。
「鬼を見たというのはどうなったのじゃ?」
「錯覚だったらしいです。炎と煙による錯覚で角が生えたように見えただけで、元が被害者だったのか犯人だったのかまでは知りませんが」
現場付近でも確認できていませんでしたし、鬼に関する新しい噂も聞こえてきませんし、どちらにしろ噂の鬼など現れなかったという結末です。
これらの情報は事件から二日経った頃に一度現れた竜胆さんからも聞いたお話でして、かなり正確なはずです。
「それで、この悪徳業者は一体何をするつもりかのう」
「そうですねぇ。このままお仕事がなくなるとおまんまが食べられなくなってしまいますから、つきましては節約の為にお茶とお茶請けを片付けてしまいましょうか」
「ま、まってくれ。ワシが悪かったから許してほしいのじゃ」
現在わたしはお店のカウンターに設置している椅子に座りながら、カウンターに裏に置いてあった椅子を取り出してわたしの隣に座っている、おかしな語尾を使う知り合いとお茶を飲みながらお話をしています。
彼女はかの有名な八百比丘尼。人魚の肉を食べたせいで八百年生きたといわれる(見た目だけは)少女です。
昔ちょっとした縁があってお会いしてからは偶にお話しする仲になりまして、威厳はないものの、長年尼をやっていただけあって知識はありますから、お互いにいろいろと相談したりされたりしています。
今日は相談をしたいわけでもなく、一年半前に手に入れた家が散らかっていて寝る場所がないとかで泊めてもらいに来たといわれました。まあ、さっきから断っているのですが。
「それと、最近妖怪のピコピコが流行っていたでしょう?あのせいなのか、妖怪への認知が変わっているようで、稀に人間が大好きな妖怪まで現れるようになっているんですよ」
「ピコピコなんていうのは七、八十年前に生まれた世代が言う言葉だったと思うが……まぁ、それはいいじゃろう。うむ、確かに流行っておったのぅ」
「ええ、妖怪が出たなんて言うので退治に赴くと子供から『この子は悪くない』だとか言われますし、妖怪は妖怪で『子供に被害が出るくらいなら』なんて無抵抗でいたりしてやりにくいったらありゃしません。そのせいでお仕事も少なくなってきていますし、ここ最近の話だとしても認知が変わりすぎて仕方がないです」
「……一応言っておくがのう、妖怪をモチーフにしたあのコンテンツが流行り始めたのは十年近く前じゃぞ?最近という程最近ではないはずじゃが?」
いえいえ、ここ二、三年の話でしょう?そんな前のはずが……本当?噓でしょう?ついこの前流行った現実に存在する生き物を元に作られた怪物を倒すピコピコや捕まえて育て上げるピコピコも?それは前から人気だった?噓でしょう?
そんなことをしているとお店の扉が明けられ、扉に付けられた来客を知らせるベルが鳴り響きました。竜胆さんが約束通りに来たようです。
「その子は……娘じゃないわよね。妹さん?」
「いらっしゃいませ。どちらも違いますね。彼女はわたしの友人ですよ」
「百目鬼姫奈じゃ。よろしく頼むの」
「百目鬼ってあなた……」
わたしの前で鬼を名乗らないでほしいのですが。
もちろん彼女の百目鬼姫奈という名前は偽名です。千三百と少しも生きていればいろいろと面倒になるそうで、適当な時間がたてば新しい偽名を作り戸籍などを誤魔化しているらしいです。本名はわたしも聞いたことが無いですね。
二人は気が合うようで初対面だというのに話が弾んでいます。姫奈さんがもう一つ椅子を出してきて座るように促し、それに答えた竜胆さんが初めて見るような笑顔をしながら話始めるほどには。
お店の裏からお茶が入った湯飲みを一つ持ってくる間にお互いを下の名前で呼び合っているんですが仲良すぎませんか?
「竜胆さん、用件の方よろしいでしょうか?」
「そう言えば呼ばれてたわね。いったい何のようなの?」
「妖怪退治をしようかと思いまして」
「はぁ?勝手にいけばいいじゃない。何で私を呼んだのよ」
「そうじゃそうじゃー、一人寂しく行ってくるのじゃ」
「この前の事件の続きだからです。それと姫奈さんはさっさと出ていってください」
姫奈さんは出ていこうともせずぶぅたれています。お茶と一緒に用意してきた落雁やお煎餅を姫奈さんに渡し、これでも食べて大人しくしているように言うと小さくうなずいたので無視して大丈夫でしょう。
「ひどいのじゃー」
無視して話を進めます。
「姫奈はいいの?」
「気にしなくて大丈夫ですよ、同業者ですから。それにここでの話が外に出る心配はないと思いますよ」
なんたって姫奈さんには話す相手がいませんからね。なんとも悲しい人ですね。
「今何か変なこと考えたじゃろ」
「他に質問は?」
「無視をするな」
「他にも客とか来たらどうするの?」
「茜!?」
「お客様が来たら流石に分かりますし、ここがどこだかわかってますか?オカルトショップですよ?戯言で終わる可能性が高いので大丈夫ですよ」
竜胆さんからも無視される姫奈さんは置いておいて。
例え話を聞かれたところで周りからは痛い人として見られるかもしれませんがいまさらです。それに、偶にいる霊感が強いせいでここに相談に来る学生さんなんかもいますから。そういった話をしていると話しやすいとかで好評なんですよ?
「早速ですがあの放火犯、変なことを言っていませんでしたか?例えば『思ったよりも煙が立っていた』なんて」
「……似たようなことは言ってたかもしれないわね」
「もしかしたらの話ですが、今回の件は妖怪が関わっているかもしれません」
面倒くさい場合の妖怪が。こればかりはどれだけ対策を立てようが関係なく、ものすごい苦労すること間違いないです。
わたしだけでは解決できないような問題でしたので改めて呼ばせていただきました。
「時間も勿体ないですし、移動しながら話しましょうか」
「分かったわ」
竜胆さんには大丈夫と伝えたのですが周りを気にしていますから、話の続きは移動中にしましょうか。
お店の横に止めてあるわたし所有である軽自動車に乗りながら、残された姫奈さんが閉店作業を進めているのを見て。ありがたいですが勝手に泊まるつもりなんだろうな、荒らされはしないでしょうが散らかりはするのだろうと、片づけが面倒だなと思いながら現場へ向かうのでした。姫奈さんはいつかぎゃふんといわせてやります。
◇◇◇
いきなりの話ですが。
「竜胆さんはどうやって妖怪が生まれると思いますか?」
「分かる訳ないじゃない。現れてから存在が確認できるのだから。……強いて言うのであれば何もないところから?」
「正解です。他にもいろいろと付け加えなければいけないことはありますが間違ってはいませんね」
説明するためには前提条件などを説明しなければいけませんね。この話をするのであれば妖怪が何かを話すことが一番の近道かもしれません。むしろその話をしないで説明できる自信がないです。
「そもそも妖怪というのは人の見間違いなんです」
「妖怪が見間違い?それだったらあんたみたいな職業なんて」
「いるはずがありませんね。だからわたしたちを証明するために妖怪が存在すると思い込まなければいけません」
「だったら存在しないんじゃないの?」
「『幽霊の正体見たり枯れ尾花』なんて聞き覚えはありませんか?」
「あるけど……」
日本の有名なことわざですから聞き覚えはあると思います。他にも『落ち武者は薄の穂にも怖ず』や『疑えば目に鬼を見る』なんて言葉も聞きます。これらすべて思い込みから始まるもので、疑ってかかると間違えるといったような意味のことわざです。
科学で証明できないことはすべて思い込みから始まり、言葉によって認知が広がり、いつの間にか本物が現れてしまいます。
「この世の妖怪はすべて認知から生まれます。幽霊然り、鬼然り」
「そもそもの話なんだけど、認知って何なの?」
「言葉通りの意味ですよ。先ほども言った『思い込み』そして『知っている』という事実が認知になってしまいます」
文字の通りに認識している、知っているということが認知です。医学などでは知能などと同じような意味を持つそうですが、ここでいう認知は心理学的なものですね。
認知が広まった結果、空想がお話になり形を持ったものがありますよね?
有名なもので言えば『桃太郎』ですね。どんなものかと聞かれれば、桃から生まれた桃太郎がきびだんごで動物を仲間にして鬼退治をする物語と誰でも説明できるようなお話。お話の中に桃太郎の容姿なんてないのに銅像なんかも作られているそうです。
怪異の例えだとすれば、お話が認知、銅像という形が怪異そのものだといえるでしょう。
「それと同時に『存在しない』という認知が広がり何も起こらないこともあります」
例えるのならば聖書。世界で一番発行されている書物でありながら神様が現れないのはなぜか。それは『神様なんていないという思い込み』や『他の神様の存在』が影響して現代では存在しない幻の存在となっているから。
「話は少し変わりますが、何か創作物を見たことはありますか?小説や漫画などです。古いものですが服に張り付いた喋る蛙なんてありましたか。あれ、妖怪よりも恐ろしく思いませんか?」
「確かにあり得ないと思うけど、あれって物語よ?創作物なのよ?」
「フィクションだから、存在しないと否定しているからこそ現れるわけがない。それも一つの認知です。だから現実に現れる事は無く、確認できないから新しい怪異は生まれにくい」
現存する怪異の話は昔事実として扱われていたから生まれてしてしまい、現実に存在しているから否定することが出来なくなってしまっています。一度見てしまった人間の認知で作られてしまった怪異の型を壊すことが出来ないから。
「言うなれば、認知という素材で怪異という型を作られることで怪異が生まれます」
「へぇ」
すべての怪異は認知から生まれるというのはその為です。また、型があれば存在そのものは消えてしまいません。たとえその場で退治されたとしても、同じ妖怪が認知で作られた方に悪い気を入れることによって別の場所で現れます。
逆に型が作られてしまっているからこそ弱点なんてものがあります。妖怪という認知の型から外れることが出来ないし、悪い気という中身がなければ何も出来ないという点です。
有名な話であれば吸血鬼のお話。とても恐ろしい存在だと書かれているのに複数の弱点が存在し、克服することができていない。わたし達はお話から弱点を割り出し攻めることで退治を容易にすることが出来るのです。知識を持つというのは弱点を探れるかどうかですから勘違いしないように。
「ただ、形を少し変えるというのは容易にできてしまいます」
「形を変える……見た目が変わるってこと?」
「そうですね、見た目も変わってしまいますが、怪異の場合は本質が変わることがあります」
あまびえや油すましなどマイナーで姿のない妖怪も目玉の妖怪たちの漫画が原因で姿を与えられたりしましたから。ですが、それだけではありません。
「『人を脅かす』が変わってしまう。見てみるのが速いですね」
長々と話している間に目的地に着きました。わたしは車から降りて先日使ったペンデュラムを取り出しました。くるくるりと回りだしたかと思えばピンと張りながら一点を指し示します。
「これは妖怪を指し示すペンデュラムです。妖怪がいる場所ではなく、妖怪を指し示します」
「同じじゃないの?」
「妖怪がいる一定範囲ではなく妖怪がいる一点を指し示すために、妖怪が移動すれば動き続けてしまいます」
ペンデュラムは一点を指し示していたかと思えばくるり、くるりとゆっくりと回り始めたではありませんか。この前と全く同じ動きです。
「じゃぁ、ここに……!」
忙しなくあたりを見渡し警戒する竜胆さんに落ち着くように一声かけます。本来ならば人を脅かす妖怪に対する対応としては向こうの方が正しいのですが。
わたしはペンデュラムをしまうとパイプ煙草を取り出し火をつけます。
「生まれたばかりの怪異は実体を持っていない。だからお互いに干渉できません。見ることも出来ません」
「ここにいるのが生まれたばかり……?」
型を与えられても中身を満たすことが出来なければ力などない。だから力をつける為に悪い気を求め、悪い気を手に入れるために集まってきます。そして。
「力を持てば不安定ながらもこの世に干渉することが出来、人間を脅すことで悪い気を作り、集めていつか実体を持つことも出来るようになります」
本来であれば怪異はそうやって力をつけ、大量に悪い気を取り込むことで力を増していきます。ですが、少しだけ違う方法があります。
自分の実体と似た物質、似た形で作り上げられた実体を依り代として憑りつく方法です。
一口だけ煙を肺に詰め込んだわたしは、ふぅ、と一息に吐き出しました。
「この場に現れた妖怪は煙羅煙羅。小さな火種から出た煙を体にした妖怪です」
すると口から吐き出された煙はゆらゆらと揺れながら形を変えていきます。
「たとえどれだけ小さな火種からでも大量の煙を出すことで火事が起きたという認知を作り出す妖怪です。そして作り上げられた火事が起きたという認知は実際の火事として形になります」
火事が起きたという誤認から本当に火事を作り出す妖怪。
形を変えている煙は継続して煙が出ているパイプ煙草の上までくると大きな顔を作り出しました。
「ここに現れた妖怪は本質が変わってしまっています。『火事を起こす』から『人を助けようとする』に。犯人が作り出した火種から生まれ、火事が酷くならないようにと人を呼び集めようとした心優しい妖怪です」
結果的に少し火事が大きくなりましたが。
現れた煙羅煙羅は大きく体を揺らすと煙の量にあった大きさに体を小さく縮めました。
「これが今回起きた事件にかかわった怪異です」
ホント、どうしてこうなったのでしょうか。
◇◇◇
犯人を取り押さえた時、赤く輝く小さな種火しか見えなかった。
火種はライターであり、火を起こすことはできても火事を起こすことは難しいはずでした。なのに犯人に他の持ち物を持っている様子が見られなかった。
「つまりはボヤが起きた事すらおかしい状態でした」
「でも実際に起きてたんだし十分だったとか……あり得ないわね」
「ええ。ないわけじゃないと思いますが、ライター如きの火種で火事が起こるほどの火は起こせないでしょう。最近の建築技術から見れば余計に」
木造建築ではないですし耐火性を求められているでしょうから。それでもボヤが起きたのは大量の煙から火事が起きたという認知が出来上がってしまったから。
この話を横で聞いている煙羅煙羅は自分の行いを恥じるように顔をそむけます。
「そこで生まれた優しい妖怪が人を呼び集めようと勢いよく煙を出してしまった」
「火事が酷くなった原因でも起きた原因ではないから見逃す……なんていうつもり?」
それが難しいんですよね。わたしは退治した方が速いと思っていますが、人間にやさしい妖怪なんてものが現れてから退治する側に批判が集まるようになってしまいまして。
文句言ってくる人に預けてしまおうかとも思いましたが、これをもとに『人間に優しい妖怪』がいるからと退治が禁止されてはかないませんし、退治としてお金をいただいていますからどうしようかなと。
「あんたが管理できるんなら退治しなくてもいいと思うけど」
「やっぱりそうなりますか」
ここまで話しておいて退治するというのもなんだかなとは思いますから、管理するという方法で終わらせてしまいましょうか。
わたしは仕方がなくお香を取り出し、煙羅煙羅が宿った煙草の火種をお香に移します。すると煙羅煙羅がお香に移ったじゃありませんか。わーすごーい。
「これでお店においておけば何かやらかした時にすぐ気づけるぐらいにはなったんじゃないかと思いますし、妖怪退治はこれにて終了、でよろしいでしょうか」
「そうね、よくやっていただきました」
「えぇ、ええ、きちんと仕事したのですから悪徳業者なんて噂は流さないでもらえると……」
「そんなに評判が大事なの?流すつもりはないからいいけど」
物凄い大事ですよ?仕事がもらえなくなるとお店が維持できなくなりますからね。
「今後ともご贔屓の程、よろしくお願いします」
次に出すとしても今年出るかどうか。ポケモン楽しいし。