表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

1

会社に行けなくてヒマなので初投稿です

久しぶりに起動した古いノートが、排水管のような音を立てていた。

発泡酒を傾けながら、ホコリっぽくて打ちづらい外付けキーボードに向かって、ごぼふぉ。

ああ、また打ち間違い。でも、この、ごぼふぉ。の響きは、いまのわたしに、よく似合う。

安物のキーボードはすごく煩く、わたしのタイピングの拙さを突き付けてくる。パソコン本体は、こんなつまらないことで起動しやがってとばかりに呻いてる。

そして操作する本人は、ごぶふぉと啼いている。

就職して以来ほとんど触らなくなっていた部屋のPCは重く、使い勝手が悪い。

それでも仕方なく“新型コロナウイルス対策、消毒用アルコールの代用は?”なんて。

もうどこかで読んだような、くだらない記事に赤字を入れながら、発泡酒を順調に片付けていく。

きゅいきゅいいいいいんと、光学ドライブが唸った。

昔好きだった輸入盤のアルバム。ベーシストが、バンド辞めて別バン行って。そこも辞めて元ザヤ戻ったような、ソロのようなうんぬんかんぬん、みたいな、当時インダストリアル系のイベントで良く聴いたアルバム。

西武新宿、病院の手前の小さなハコの景色と、煙草の匂いの染み込んだ曲だ。

階段下の狭い楽屋の鏡に映る、懐かしくもケバい顔をぼんやり思い出した所で、発泡酒が尽きた。

友達が、はいこれお土産、マズいからあげるー。なんて残していったリキュールをロックグラスに注いで。

鼻に染みつくようなエルダーフラワーの香りに、むせた。

どうせならペルノでも置いていってくれればよかったのに。

アーティチョークっぽいフタのついた、可愛いというかオサレな瓶を眺めながら氷を噛む。割るならトニック、いや、ソニックかな、甘いし。

苦さの足んないスーズみたい、何にせよレモンでも絞りたいところだけれど。レモンを買いに行けるなら、ふつうに発泡酒を買いに行く。

「うわ、仕事中って言ってたのに飲んでるじゃん」

モニターを覗かないくらいの距離からかけられた声に、振り返る。

「見てもいいよ、別に大したもんじゃないし」

「営業の数字とか、見ちゃマズいでしょ」

「残念ながら営業部はやることなくてね、Web記事の校正回してもらってる」

うわあ、と呆れた声がひとつ。画面の下らない記事を読んでは、もう一つ。

「いいや、今日はもう終わり」

後ろから伸びてきた手がグラスを取って、こくこくと二口。

「あ、これわりと好きかも。なんか作れる?」

そういえばこいつ、パルフェタムールとか、そういう甘くて嘘くさいの好きだったな。

なんて数年ぶりに、わりとどうでも良いことを思い出した。

「カクテル作るにもなあ」

「シェーカー、ないの?」

「レモンとか、そのへんがなんもない」

シェーカーは、ある。バースプーンも、フルーツカットに使ってたナイフも。

だいぶ記憶の彼方になってしまったけれど、懐かしい夜の思い出。

食器棚の奥から一式並べれば、彼女も同じものを思い出しているようだった。

「あれ、かっこよかった。オールバックで蝶ネクタイで、ちょっと怖いひとみたいだったけど」

「店、来た事あったっけ」

「あるよ」

「ああ、あの、ケンカしたとき」

そんなこともあったか、と、おかしくて笑った。彼女が店に来た時、あれはどこの嬢だったか。

派手に巻き上げた茶髪の割に、地味目な顔の子だった。

かぱかぱとカクテルを続けて泥酔して、そこはかとなく、そう、にゃんにゃんな気分、だったのだろう。

「だって貴方、思いっきりキスされてたんだもん」

バーテンダー捕まえていちゃついたら、隣に居たのはそいつの彼女、と。

まあ、珍しくもない。“夜の接待飲食店”ならではというか、あるあるな話で。

10年も経つのに不快そうな彼女を見て、また笑った。

「ね、シェーカー振ってよ」

「だから、フルーツ無いってば」

「ここに夏みかんがある」

こんなこともあろうかと、と自慢げに。投げてよこされたそれを受け取った。

夏みかん。というか、見慣れた庭みかん。

「おとなりの庭の?」

「うん、おじいちゃんが持ってきた。みかん食べてれば風邪ひかねえ、って」

「コロナに効くのかねえ、みかん」

まあ、酸っぱさは折り紙付きだけれど。

「振ってもいいけど、期待するなよ」

「やった」

台所の隅の冷えてないウォッカ、60cc。

飲みかけの変なリキュール、30㏄。

庭の夏みかんの搾り汁、30cc。

どうしようもなくいいかげんな中身を、2杯分。

白く濁った製氷機の氷を詰め込んで、しゃかしゃかとなるべく手早く、ソフトに振ってロックグラスに。

「カミカゼ?」

「カミカゼ、っぽいカクテル」

「ぽい?」

「っぽい」

当然、あんまり美味しくないだろう。

「ライブハウスっぽい味」

「ああ、わかるかも」

「期間限定オリジナル―、とか書いてある感じの」

「ありがち」

ソファーに並んで、カミカゼっぽいなにかを消費する。

ふたりで過ごす時間の違和感のなさに、ふと、泣きたくなった。

「シン、おいで」

肩を引き、膝の上に倒された。白い。なんとなく見慣れない自室の天井。

知らない天井に、懐かしい顔。

その懐かしい馬鹿は、人の髪をくしゃくしゃ撫でまわして、満足気に笑った。

「うん、相変わらずよい猫っ毛。吸引力の変わらないただひとつのもふもふ」

梳くように髪を撫でる手が、首筋をくすぐる。

とりあえずうにゃあ、とだけ言って、顔をそむけようとしたとき。

軽く重なった唇から、エルダーの香りがした。

ああ、変わらないな。

この微妙に男女間違ったようないちゃつき方も、会話に詰まったときの癖も、なにも変わらない。

昔から、彼女はいつもこうやって、髪を撫でたりキスしたりして、喋りにくいことを誤魔化そうとするから。だから、彼女が考えをまとめてしゃべり出すまでの間は、手癖で撫でられるまま、目を閉じておとなしく誤魔化されていてあげる。

「あした、死んじゃうかもしれない」

「長いロスタイムだったな、19で死ぬって言ってた頃から10年以上生きてる」

確かに、と、彼女が軽く噴き出した。

「そういえば言ってたね、あのころ。いっしょに酔っぱらって手首切ったりしながら」

彼女の指が、手首の内側を這っていく。傷は薄い縞模様になって、いまもそこに残っている。

彼女に付き合って切ったり、彼女が切ったり。

しっかり覚えているのか、袖ごしになぞられた線はかなり正確だった。

「見えないとこなら、いいよ」

「え?」

「手首だと、見えるから。さすがにいい歳して恥ずかしいけど、他のとこなら」

「しないよもう、そんな」

「しないの?」

「しない」

「チョーカーとブレスレット鎖で繋げて新宿お散歩したり」

「しません」

「ピアス、ふさがっちゃったけど開けなおす?」

「ごめんなさい、本当、私が悪かったから、もうやめて」

顔の上、頭を抱える気配がして、おかしくて笑った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ