決めていたこと
「待たせてしまったかい!?」
呼びかけられた衛利が振り返れば、あの男は居た。
曇天ではなく。快晴の夜明け前。
今見て見れば、思ったより大きくはなかった身長。
少し違いはあっても。ケドウはかつて見た乾いたような笑いではなく、感情の湿潤に満ちた笑みで彼はやってきた。
開けた通路で隠れる場所はなく、衛利はハンマーを降ろして回転拳銃を構えた。
「止まれ!」
必死の警告を無視してケドウも回転拳銃を真っすぐ衛利へと向ける。
「止まれと言ってる!」
喉の渇きを覚えても足の震えを自覚してももう遅い。いつもはアイギスが生理的な反応を抑止してくれたし、この距離であればアイギスの補助を受ければ、一撃であの男を死なない程度に大人しくさせることも出来るだろう。
本当にあの男を殺したいのか。なぜ殺したいのか。兄を殺されたからか、人々を殺したからか。それは違うことは言えた。今ではここまで運んでくれたユリアの為とも言えるかもしれない。
ケドウがハンマーを降ろしてシリンダーが回転する。カチャリと聞こえた気がするほど外は静かだ。お互いに届けるだけなら既に届く。狙うだけならだいたいのところに当たるだろう。
「教えてくれ」
突然ケドウが口を開く。それでも足を止めない。
「君はもし私を殺したら、後はどうするつもりなんだ?」
「そんなこと。あなたには関係ない」
簡単な答えなんて最初から聞かなかったように。
「明日の予定は? 将来の夢は? 目指すべき理想は?」
「そんなもの考えて何になるの」
「では、私たちはもうここで終わりなのかい?」
「なにを聞きたい?」
「私たちの種の終わり。もはや歴史の担い手となることは出来ない」
「だからテロを起こしたと?」
「理由の一つさ」
「曖昧な理由で死なされた人の気持ちも考えたら!?」
激高した衛利もすぐさま息を呑んで再びしっかり構える。もうすぐそこに彼は歩みを進めている。
狙わなくても当たる。それでもお互い撃たない。呼吸が耳に入るほどには近づいていく。
「撃たないのかい?」
「それはあなたもでしょ」
「ここまで追って来ておいて」
「……」
「本当に私が憎いのかい?」
ハッとして衛利が引き金を引いた。ケドウもとっさに避けようと体を揺らしたが、ぐっとこらえたようにすぐに停止した。
「馬鹿にしないで」
その狙いはわざと外したものでもケドウが一瞬だけ止まった。
「君はもう分かっているんじゃないかい?」
「知った口を」
衛利がもう一度ハンマーを降ろしてシリンダーが回転する。もうすぐそこまでケドウは迫っている。
「私は悪と思ったものを裁き、善と思ったものを救ったつもりだ。君も同じのはずだ。だが、なのに我々は正解にたどり着けない。どうしてだろうな」
「……」
「だけどようやくわかった気がする。私はまた過ちを犯してしまったんだ。神と正義を信じてしまった。存在しない正解を探して、これが良いと思ってしまった。俺は初めから間違っていたんだ」
衛利の目の前でケドウは立った。
「もし自分の正義を証明できたとして。それであなたは何をしたかったの?」
「……分からない。ただ出来る事に気づいた。やられる事を知ってやった。他に動機はあってもそんなものなのかもしれない」
「結局、あなたも遠い未来まで考えてる暇人な上に、道筋は行き当たりばったりなのね」
「そうだね。それでもね」
ケドウは銃口を衛利の額へと向けて、衛利もとっさに銃口をケドウの額へと向ける。
「これだけは決めていた」
ほぼ同時にお互いに引き金が引かれ叩かれるハンマー。外しようのない距離で放たれた銃弾は無慈悲に容赦なく脳を破壊した。




