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ブラックスワン  作者: 鴨ノ橋湖濁
夜明け
88/91

ブラックスワン

衛利さんの新規イラストです。良ければお楽しみください。

https://twitter.com/nobumi_gndmoo/status/1420580490529046530


 セントラルビル前の広場まで向かっている。もし先に着いていたら彼女には悪いが、どうしてもあの道を辿ろうと思い立った次第だ。


 最低限の街灯以外には5年前に流れていた広告動画も音楽も流れていない。誰かの動きを予測した車両や輸送トラックですら、数キロもある真っすぐな道路の前から後ろまで何も走ってはいない。


 だから歩道から車道の真ん中を歩いてスキップでもしてみる。誰からも見られず、知られずただ一人だからこそ楽しくなってくる。枷を外して自分こそが中心だけの世界を想像してみる。


「……」


 通信機のチャンネルを回して「アレ」と連絡を取る。女の合成音が聞こえてくる。


「33。聞こえているかな」

『どうされました。ケドウ』

「あの建物には何人いるんだい?」


 何気なく指さした通り沿いにあるビル。もちろん根拠はない。ただの見かけただけだ。


『293名です』

「300名ではなくて?」

『はい』

「僕には確認しようがないな」

『これ以上はプライバシーに抵触してしまいます』

「はは、今更」


 すれ違う建物の窓を見ても中に居る人は決して気づくことはないだろう。そもそもそこに人が住んでいるのか怪しい。もしかすればいるのかもしれないが、特段気にする必要も知る必要もお互いないはずだ。


 分からないことは分からないし、知らないことは知らない。やりたいことはやらなくてもいい。


 昔では許されなかったことも、今では許されてしまう。


 生産の苦役から解放されることも、情報の真偽を見極めることからもだ。


「では私が0人であると願えば?」

『あなたはそう願いますか?』

「……いいや。293人いるんだろうね」


 33は受信者であり発信者である。世界をシミュレーションして抽出した情報に、受け取る人々の好みの情報を加えて提供する。誰も否定されず肯定され続ける世界。


 真偽など確かめようがない。情報の発信は既に人の手から離れた。


 ただあのビルにいるのは本当に293人いるのだろう。嘘をつくメリットは全くない。


「なぁ昨日の世界は平和だったかい?」

『はい。最後の国家間戦争から今日で1500日で、主要国での貿易は活発に行われています』

「じゃあ、昨日の世界は平和ではなかったかな?」

『はい。民族紛争や物資不足による暴動が発生して多数の死傷者が出ています』

「矛盾ではないのかな?」

『要素を抽出すればいかなる日でも平和であり乱世にもなります』

「それもそうか」


 身も蓋もない。恐らくここに住んでいる人々の大半は、橋の先の郊外が焼け野原になってい事を知らないし、セントラルビルの頂点付近の人々が全滅していることも知らない。


 そんな生活を内心嫌っているのは自覚していても、人の幸せを作り出す空間なんてそうはない。だから信徒達にはあそこに行かせる以外の選択はなかったのだ。


「みんなは私を忘れるだろうか」

『忘れられない人間などいません』

「ああ、君はいつも正しいし。言葉は心地が良いね」

『私は全ての人に仕える為に生み出されたものですから』

「そして全ての人々を支配している」

『物事の捉え方は誰にでも与えられた権利です』

「人は必ず一つは持っているが、二つ持つことは稀なのを君は全て肯定している。恐ろしい矛盾だ」

『ケドウ。私はあなたを同類だとみなしています』

「ほう?」

『あなたは神を信仰していて、信仰していない。この世に神がいないと知っていながら、人々に神を知らしめようとした。あなたは私と同類です』

「私を知ったところで、君の悩みを解決できるとは思えないね」

『それは私の捉え方次第です』

「ハハハ、そりゃあ参った」

『私と組めてあなたは楽しかったはずです』

「……ああ、身の程を超える程のね。ありがとう友よ。もう行くよ」

『ええ、さようなら。私に最も近き人よ』


 歩いているうちにセントラルビルへと続く広場へとたどり着いた。


 思い立って右の人差し指を伸ばして銃身として、親指を立ててサイトにする。まっすぐ腕をかつて演壇が設置されていた場所へと向ける。


 5年前に能天気な人々で集まっていた場所は今ではポツンと一人で寒々と空間を独占している。


 そういえばあの時は冬で雪が降っていた。皆あったかくはなさそうな服だったが、一人だけジャンバーで居たのはかえって目立ってしまっていたなぁ。


 銃声が鳴る。


 頭の中でだ。近衛がとっさに演壇から逃げ出して、最初はみんなきょとんとしていた。すぐに利府里司徒を見つけ出して追いかけた。汎用フレームに促されていく二人の兄妹の後ろ姿を思い返して、人を縫って必死に追いかけた。


 広場は通りへ、通りは路地へ、路地は次第にある一点の出入り口へと収束する。焼き付いて離れない二人の後ろ姿をとにかく追い続けた。道はあの日のたったの一度しか訪れていないのにも関わらず。


 まるで初めからそのように計画されたように、あの場所へと収束していく。既に頭の中がごっちゃだ。逃げ出すと言う選択肢はない。でなければ自分が人間たらしめる愚かさを否定することになる。


 冗談ではない。私は器用に生きられない愚か者であったから、父の言うことを盲目的に信じ自警団に参加せず報復され。優れた能力がなかったからこそ母の治療を諦めるしかなかった。


 最も、だからあの娘を殺さなかった。器用で賢いなら報復を考えて殺していただろうに。しかし、別のことも考えた。


 あの娘にとって追われ倒す価値のある人間であること。故に利府里衛利の報復心に期待し、見事に的中して命の値段は跳ね上がったわけだ。


 誰にも掛け替えのない存在に……いや。


「別に俺も誰かに慕われなかったわけじゃないしな」


 それも全てが始まってしまってから得たモノだが。


「……」


 彼が倒れた場所にまたポツリと立っている人影があった。回転拳銃を取り出してシリンダーの「中身」を見てすぐさま戻して、撃鉄を起こす。


 思えばこれを33からこれを受け取った日にいずれこうなることは不可避だったのかもしれないが、いずれかの可能性よりは少しはマシな状況ではあるだろう。


 真っ黒な装具は脱ぎ捨ててインナーでいる濡れ鴉の長髪が見えた頃には既に空が白けて、成層圏を漂うドローン群が光り輝き始めている。二度と見れないと別れを告げたはずなのに、陽光を再び見るとは思わなかった。


 大きく鼻で息をする。それから彼女に届くように声を張り上げた。


「待たせてしまったかい!?」


 手にあるのはお互い同じ武器。破壊された秩序から漏れ出た、今の支配者には取るに足らない力。それなのにこれほど人の世界を変えさせられてしまうなんて。いったい誰が想像できただろうか!


次回最終回です。

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