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ブラックスワン  作者: 鴨ノ橋湖濁
夜明け
87/91

out of control


『かけてくれて嬉しいよ』


 ユリアが運んでいる中でも通信機からはよく聞き取れた。彼は本当に嬉しそうに衛利からの通話を歓迎しているようだった。


「ふざけられるのもこれまで、おとなしく投降しなさい!」

『投降したら君は僕を檻の中に入れるのかい?』

「っ……」


 言葉に詰まる。ここまで来たらもはやどちらかが殺し殺される以外の選択を衛利は持っていなかった。


『おかしいな。企業圏では全ての暴力行為は禁止され、法に則って全てを決めるのではなかったかい?』

「今更それで命乞いでもする気なの?」

『近衛からももう命令は来ていないし、君に権限を与えた人々も死んだ。法に則る気も、命令でもなければ。なぜ君は私を追うのかな?』

「話を逸らさないで。あなたは利府里司徒を殺した。それだけ十分じゃない」

『それが分からない。利府里司徒を殺したから、それで。君はどう思ったんだい?』

「それは……」


 根拠がないわけではない。ただ今更テロリストの掃討なんて言う理論では説明がつかない使命感で衛利は突き動かされていた。それはもはや誰の指図でもない私闘となっていた。


『近衛は、私の事を操っているように錯覚していた。君の事も操ろうとしたが失敗した。私たちはもはや人間では操ることなど不可能なんだ』

「じゃあ一体? 33が望んだこととでも?」

『いいや。私と君が望んだことだ』

「何を?」

『君が私を殺そうとすることだよ。そして君は自分の意思で私を追っている』


 通信機が腕力ヒビが入る。


「ふざけないで!私の意思は私のモノ。お前に導かれてここまで来たなんてただの負け惜しみじゃない!」

『それでも君は私を追って来たし、私はいつでも君を殺せるタイミングで殺しはしなかった』

「なんになるの。そんなことして」

『来れば分かるさ。心配いらない。オリジンは君のペットが約束を守る限りは襲い掛かっては来ないさ』

「ラングレーが!?」

『賢い子だ。利府里司徒が生物由来のデータでも33に対抗できると思うのも無理はない』

「まるで意味がないかのように……」

『意味があるとでも? これは今を生きている全ての人間に言えるものだと思っているがね』

「理解した気にならないで。テロリストが人間の意味の何が分かると言うの?」

『分かるさ。あの郊外で私は生まれ育ったのだよ? あそこは自由だ。自由過ぎた。偉い人々は解放と呼ぶが無秩序にするだけしておいて、私たちをどれだけ無価値な存在として扱われたのかを君は知るはずもない』

「そんなのあそこの誰だって受け入れてきた」

『……皆がそうだから受け入れろだって?』


 ケドウの声はトーンダウンしていた。


『そういうところだ。例えどんな惨めな気持ちにさせられても、私が手に刃を持って振り下ろせば途端に、【俺】が悪かったことになっている』

「そうなるまえに誰かに助けでも」

『残念だけど。君の思いつくことは、その時の僕は思いつけなかったし、結局後出しジャンケンで批判する。卑怯で腹立たしいものだ』

「だからってテロで無関係な人を巻き込んでいいわけじゃない」

『そうかい。俺は箱舟は作ったつもりだけどね。幸いロトの妻はいなかったし』

「あの地下街の生活の痕ね……」

『あそこには危険を覚悟で俺の元に集った者達と暮らした。そこで生きがいを見つけ、いつか果たされる日を彼らと共にね』

「くだらない罪滅ぼし。善人を救ったつもりなら取りこぼしが多すぎる」

『そうかもしれない。ただ焼くだけなのはそれこそ無価値だ。私に付き従う人々を救ってからでも燃えるには十分だ』

「神にでもなったつもり?」

『神に選ばれたとなら思ったがね。私は33に選ばれた』

「33が? あれはただのAIに過ぎない」

『社会を運営し。生産を行い。自給自足を確立すれば。それは一つの文明だ。それも人間より効率的で圧倒的なリソースを持つね。それはもう我々からすれば一種の神ではないだろうか』

「たかが機械に神を見出して、それを言い訳に八つ当たりしているだけ。何も正しいことなんてない」

『しょせん君には理解できない。正しさの外側に救いを見出すしかない人間のことなんて』

「……」


 しばしの沈黙してからケドウは呟いた。


『利府里司徒の死を望んだのは33だ。薄々感づいていただろうが』

「それを知らせてどうなるの?」

『この後。君がどうするのかだけを聞きたいのだけどね』

「そんなの、今から死にゆくあなたには関係ない」


 二度と交わらない永遠の平行線の中でこれまでのことを聞いても黙っていたユリアが口を開く。


「衛利。そろそろ着くぞ」


 白い光が徐々に近づき駅のプラットフォームが見えてくる。冷たく照らすタイルの床と上へと続く階段。階段を挟むように二体の機械は向かい合うように座っていた。衛利にはラングレーとオリジンの不可侵こそがケドウの言っていた約束であることを理解した。


 ユリアは線路からプラットフォームまで一歩で駆け上がって着地する。衝撃を殺しきると前のめりに倒れこんでしまう。


「ユリア?」

「すまん。これ以上は電池切れらしい」


 呼吸も弱々しくとも欠けた腕で階段を指し示す。


「行けよ。あの男は、絶対に逃がすな……」

「ええ。待っててすぐに戻るから」

「衛利」

「なに?」

「思う通りにやるんだ。奴は思う通りにやった。だから今度は衛利が思うことを奴に押し付けてやれ」


 衛利はうなづき階段へと向かい、ふと階段横に胡坐をかいているオリジンと目が合う。


「……」

「……」


 お互い言葉をかけずに衛利は階段を駆けて行ってしまうが、その様子を思わずお座りしていたラングレーが立ち上がった。


「何もしないぞ。ケドウとの約束だからな」


 釘を刺すオリジンの言葉にラングレーはただ一言。


「きゃおん」


 と鳴くが。前足を伸ばして倒れ伏したユリアに向ける。


「きゅーん。きゅーん……」

「……いいぞ」


 許可を得るとトコトコとラングレーはユリアの元に向かう。一方でオリジンは両手を合わせて、センサーアイを切るとジッとその姿勢を保ち続けた。


「ケドウ。俺にはこれしか出来ないのか」


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