表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブラックスワン  作者: 鴨ノ橋湖濁
夜明け
86/91

一人ではなく


 ―――


「お兄ちゃん何読んでるの?」


 真夜中のデスクに浮かぶホログラムから振り返った司徒の表情はよくわからない。


「衛利。起きちゃったのかい?」

「うん」

「これはね。聖書って、昔の人が自分達の祖先がどのように振舞ったのかを記録したものなんだ」

「へぇ」


 全く興味は湧かなかった。だけど、兄と話すのが嬉しかったから更に聞いた。


「それを知って何か意味があるの?」

「……分からない」


 明らかに困っていた。無知な質問は続いた。


「じゃあどうしてこんなもの読んでいるの?」

「それも、よく分からないよ」


 諦めにも似た答えで、気を落としてしまったことにしまったと思いながら別の問いをかけてみた。


「何か面白いこと書いてある?」

「いいや。今の僕たちが読んでも特に面白いと思うことはないと思うよ」

「読んでも何もないの?」

「……うん」


 そうであれば無駄じゃないか。零れそうになった疑問を口をつぐんで止めたが、司徒は察したように考えながら言葉を紡ぐ。


「それでもこれに書かれたことを元に生きた人々が居たんだと思うと、僕の足りないものが満たせるかもしれないと思ったんだ」

「足りないもの?」


 理解できない。食べ物と遊びが満ちていて、更に司徒には人間には珍しくイヌモの仕事と言う使命が用意されている。それ以上に何を求めるのだろうか?


「足りないんだよ。僕はどうして生きているのだろうかってさ」

「んー?」


 首を傾げるしかない。そんなことに一体どんな意味があるのか。今まで知らないし知る必要もない。ずっとこの幸せの中で生き続けることに違和感があることが信じられなかった。


 司徒はこれ以上はいいかとすぐに寝室へと向かって、このやり取りは終わった。


 ―――


 トンネルの中で膝をついた衛利は息を荒げながら休憩する。ずっと延々と走り続けても目的地に到着しそうにない。アイギスが生きていれば自分の居場所を知れたかもしれないが、今あるのは拳銃と通信機だけだ。


 さっきまでずっと忘れていたこと。もはや昔のことで、自分に足りないものは何かと探し求めていた兄の姿を今になって思い出してしまった。


 今となって歩きながら走りながらも思考を巡らせる余裕が出来てから、ずっと「あの男」の原理を知ろうと思った。方法は簡単だ。通信機の電源を入れて奴に繋げばいい。


 ただ繋げば良い。きっと電源を入れれば繋がるだろうし、その奥に居るあの男の口から直接聞けばいい。それだけのことに躊躇している自分に気づき、頭の中でズルズルと後回しにすると。いつかければいいものか分からなくなってしまった。


 そもそもあの男は本当に待っているのだろうか。ラングレーはちゃんとあの男に追いつけたのだろうか。その前に立ちふさがる悪魔のようなマシーンをどうすれば良いのか。


 長いトンネルの先を抜けたところで全てが「無駄」に終わるじゃないかとよぎって来る。


 徒労は無駄で罪である。イヌモの中で育ち、近衛やそのほかの人々や自分が望んできたことなのに。相対する相手は無駄な行為である殺戮やテロリズムを仕掛けてくる。


 しかし、理解出来ないことを理解しなければ。また「あの男」は名を変え、姿を変え。再び現れるだろう。衛利の直感で確信でもある。ならば奴を倒したところで何の意味もないのかもしれない。


「……」


 息を整えられてもゆっくりとした足取りで進み続ける。


 ふと後ろから紫電が走ると遅れて一陣の風が吹き荒れて、身構えた衛利の前に白い装甲が着地する。


「まだこんなところに居たのか」


 ユリアの問いかけより先に衛利は、彼女の尖った両腕のフレームに触れると、とっさにユリアが腕を後ろにやった。


「……」

「いちいちそんな顔をされると私も困るぞ」


 近衛に操られた数時間で負わせた傷を動けるように治すことは不可能だと、ユリアは言わなかったが衛利は知らないふりをしていたはずだった。


「掴まれよ」


 ユリアの首に腕を回して衛利を抱え上げるとイオンスラスターを吹かして徐々に加速して、疾走はそのうち長いジャンプへと変わっていく。


「難しいこと考えてるな?」


 見透かした言葉に衛利はうんと静かにうなづいた。


「考えてもダメなら、何やってもダメだぞ」

「そう言う時どうすればいいの?」

「知ってる人に聞けってさ。グランマが言ってた」


 衛利の握りしめる通信機を一瞥したユリアが続ける。


「かけてみたらどうだ?」

「え?」

「聞きたいことが山ほどあるはずだろう。すぐに着いてしまうが……っと」


 突然減速して転びそうになるのをなんとか態勢を立て直した。 


「なにっ!?」

「大したことない。だけど、余りに使いすぎたな」


 少しだけユリアの纏うパラディウムのイオンスラスターの光が弱まっている。


「大丈夫さ。着くまでには持たせるからよ。それよりほら」


 衛利に促すと衛利は深呼吸してから通信機の電源を入れる。


「……」

『やぁかけてくれて嬉しいよ』


 待ちわびたような嬉しさを含んだケドウの声が衛利の鼓膜を震わした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ