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ブラックスワン  作者: 鴨ノ橋湖濁
夜明け
83/91

追いすがる機械


 衛利が階段を降りた地下の最奥には、広大な地下鉄のプラットフォームが広がっていた。真新しい電球が白く照らしていくなかで人気のない広大な空間。


【センサー反応有り】


 アイギスからの通知と赤い矢印が視覚表示されて目配せすると、プラットフォームのベンチの上でぽつりと置かれている通信機が目に入る。信頼性を重視した設計なのか液晶ではなくスイッチのボタンが並んでいる。


「トラップ?」

【周囲と本体にトラップなし】


 センサーでスキャンしても何の反応もないが、恐る恐るそれを手に取って電源ボタンである大き目の丸いスイッチを押す。


「……」


 プツリとスピーカーが作動すると男の声が聞こえてくる。どうやら地下でも問題なく使えるように設計されたものらしい。


『ケドウだ』

「……」


 衛利の瞳はピクリとして口を開けたり閉じたりしてから唾を飲み込んで、なるべく感情を表さないように話す。


「あなたの仲間は死んだ」


 不本意な言葉だった。そんなことを聞かせている場合ではない。自分が彼に何を言いたいのか、いざ実際に話し合うとなれば何を話して良いのか全く分からない。交渉など今となっては不可能だ。全てが手遅れなのだから。


「そうか。こうやって直接話すのは初めてかな。利府里衛利さん」


 名乗ってはいないがすぐに正体を看過されてしまった。まるで衛利がここに来るのを予測していたかのように。相手は仲間が死んだことにも全く動揺している様子はなく、まさか自分の動揺が露見してしまい相手はそれを利用するつもりなのか。


 頭の中でグルグル思考を回して言葉を練っても言葉が見つからない。とうとう自分が耐え切れなくなって通信機に口を開く。


「今追っている。逃げられはしない」


 嘘ではないが実のところ迷ってはいる。普通ならセントラルビルの方に向かったのであろうが、線路はそこから逆にも伸びているのだ。まさか思い込みでセントラルビルに向かって逆でしたと言われたら余りにも間抜けだ。


『まっすぐセントラルビル方面に来ると良い。その直下で私は待っているよ』


 思考を読んだかのようにケドウは助言を与えられる。恐らく誘い込みを駆けているのではないか。そう考え始めた瞬間。天井のコンクリートひび割れ、剥がれて地面に落ちるとプラットフォームの空間内に大きく反響する。


【警告:オリジン接近】


 衛利はとっさに通信機をアイギスの腰のスリットにいれて2丁のコイルガンを階段から距離を取って構える。


「ワンワンッ!!」


 先に階段から飛び出してきたのはラングレーであった。直後オリジンが壁を走り抜けながらラングレーに迫る。一歩一歩を踏みしめると壁の表面が粉砕され、亀裂が全体に広がってタイルの塊が倒れ掛かって土煙が舞う。


「……ユリアは?」


 一人ごちに呟いた衛利はオリジンが突破してきたことに一抹の不安を覚えながらも、今は自分に降りかかりそうな危険に対処する必要がある。


「ラングレー!」


 衛利がアイギスのイオンスラスターを起動させ、線路に降り立ってセントラルビルの方面に走る。呼応したラングレーはオリジンの蹴りを躱して、すり抜けると衛利の下へと駆けつけて電磁ホイールを展開する。


「グレネードランチャーを」


 その場で飛び上がり股下にラングレーがキャッチして跨ると、ラングレーの腹にあるコンテナから、一発ずつ装填する小型のグレネードランチャーをラングレーのサブアームが掴んで衛利に渡す。

 巡航モードとなればオリジンも流石に走って容易に速度を落とすような攻撃を繰り出すことも出来ず、追走する形で衛利達の後ろを走り抜ける。


「……」


 こちらは普通に乗用車並みの速度を出しているにも関わらず、オリジンはその体のみでこちらに追いつかんと二足の足で迫るのは、シュールさと同時に腹の底が縮むような感覚も覚える。

 真後ろを向いてうつ伏せになってラングレーの背中に身を預ける衛利は、アイギスの疑似筋力繊維をラングレーに巻き付かせてより体を固定させる。


【照準補正。発射】


 アイギスからの通知と共に自動で迅速に照準と引き金を引いてオリジンの足元を狙う。オリジンは数歩歩幅を長く踏みしめると放たれたグレネードランチャーが炸裂して開けた窪みを飛び越し、爆風を背中に受けて加速する。


「なんてやつ……」


 すぐにランチャーを銃身と薬室の二つに折ってもう一発の榴弾を装填する。それからもう一度アイギスのFCSに自分の体を操ってもらおうとした瞬間だった。


「貴様は何の権利があってケドウを裁くのだ!」


 オリジンの声に衛利はふと照準を解いてしまう。


「私はあの男をただ裁こうなんて思ってない」

「ではどうする」

「ただ聞きたいだけ」


 アイギスからの生体管理で上手くホルモンなどを調整されているからかもしれない。戦闘状態でついテンションが上がっているのかもしれない。先ほどのケドウの会話での迷いは消えていた。


「なぜ彼は最初から33を使って全てを握らなかったの。彼が33に選ばれた人間であれば、その時点で誰にも気づかれずに望みが叶えられたはずなのに」

「……」


 オリジンは黙るこくる。どうやら答えを持ち合わせているわけではないようだ。隙を見て再び榴弾を撃ち込むが同じ結果となったが、一つだけ違う点があった。

 炸裂したコンクリートの複数の破片がちょうどオリジンの手元に飛んでくると、それらをキャッチしてすぐラングレーめがけて投擲してくる。衛利でも握れる小さなものだが、射出されるプラットフォームが強力であればあるほど威力は凶悪なものになる。

 ラングレーも折りたたんだ足を器用に使って予測した弾道を跳ねて躱すが、複雑な機動は速度を低下させ、上に乗る衛利も衝撃を殺しきれずにこれまで負ってきた傷が徐々に痛みをましてくる。たまらず痛みに耐えかねてぎゅっと目を閉じた。


「そこだな?」

【警告:敵接近。オートメーション発動】


 衛利が目を開けた時には既にオリジンは目の前で手を伸ばすが、アイギスがすぐさまラングレーから固定を解くと、運動神経をジャックしてイオンスラスターで姿勢を制御しながらスライドして徐々に高速移動から振り落とされた衝撃を緩和させていく。


「人間である以上。私からは逃げ切れない」


 衝撃を緩和すると言うことは速度を落とすこと。つまりオリジンに追いつかれることを意味する。太い手で腹部を掴まれると殺しきれない勢いそのままに最寄りの柱へと叩きつけられる。


「ゲアッ」


 無理やり吐き出された声と共にうつ伏せになってもすぐさま首を掴まれて軽々と衛利の体を持ち上げる。


「……」


 衛利はわずかに残った意識で自分を睨む赤い一点のセンサーアイの顔を、力なく見返すことしか出来なかった。徐々に首を締め上げる力が増し気道が塞がれても、一生懸命にオリジンの腕に両手を回して抵抗しても何の抵抗にもならずに。


「バキリ」と首から音がして。


 体が不自然な痙攣を繰り返し始めたのを感じながら意識は突然ぷっつり途切れた。


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