尖った両腕
黄色の閃光と紫電がぶつかり合えば離れ、ぶつかっては離れを繰り返す。床のタイルや柱の表面は光学エネルギーで焼き付いて砕けて破片となって舞い散る。
「もうやめろアリス!」
「やめると思う?」
腕から伸びる爪は刃こぼれもせず、アリスのボディは黄金とも見間違えるほどの出力でイオンスラスターを放出させている。
(間違いない。焦っている)
アリスには早期に決着をつけなければならない理由があるのは違いないとユリアは確信した。この戦い自体が時間稼ぎであるし、仮にユリアを倒せば無限に時間が手に入る。倒すなら手早く、負けるなら消耗を強いてから。
獰猛な積極性は防戦一方であったユリアの体が悲鳴をあげる。
【警告:両腕部の外装及び内部構造へのダメージが蓄積。生体接続部への負荷も上昇。戦闘離脱を推奨】
(冗談じゃない!!ここまで来て引けるかよ)
パラディウムからの警告を頭の中で一蹴して、なおもアリスの突撃と繰り出される連撃から身を守るのに両腕の犠牲は避けられない。
(爆撃ドローンは?)
【上空待機。妨害電波による照準攪乱と予想】
(ちっ!いざという時に、増援のソルジャー部隊は?)
【オリジンと交戦し撃破された模様】
(……)
脳内で会話しているが一瞬の絶望をアリスが見逃すはずがなく、再び距離を詰められて喉元へと左の爪で貫こうとする。それをユリアも許すはずはなく爪の先端の横腹を短剣の先で弾いて逸らせる。それから。
「かかったぜ」
心にもない適当な事を言って伸ばしきったアリスの左腕を短剣を離した右手で掴むと同時に、もう片方も手のひらを重ねて膠着状態を作り出す。
「どうする? これ以上お互い何もできないぞ」
挑発するユリアも実のところ全く余裕はない。相手は首から下は全身が機械であり、元より出力も構造そのものが違うとなれば、相手を焦らせて落ち度が出来るのを期待して待つことしか出来ない。
「……」
アリスも憎しみを込めた瞳でユリアを睨むが、もがいて脱出を図る以外の事しか出来ないようだ。その時爆音が鳴ってシャッターの一部が吹き飛ばされる。
黒煙と共に1体と1匹の影が争うように施設に突入してくる。ユリアもアリスもそれぞれ片方の正体を知っている。
オリジンが蹴りを食らわそうとしたのをラングレーは俊敏に横ステップで避けると負けじとラングレーも胸部の電磁ホイールを突き出して突進をかます。オリジンは右フックのカウンターで応じるが予想してたかのように手前で真横に自身を逸らせてカウンターを避ける。
そんな応酬をほぼ郊外から続けてきたのだが、なおも二体の動きは衰えることなく続けている。
「ラングレー!」
「オリジン!」
呼ばれて初めて二体は動きを止めて二人を見る。
「大丈夫かバンシィ」
「放っておいて!とにかく先にケドウを追って」
二人の駄々洩れのやり取りに驚愕しながらもユリアも叫ぶ。
「ラングレー!お前も先に行って衛利と合流するんだ」
「ワン!」
同じような指示を与えたのだから当然二体は、先ほどのような戦いの応酬をしながら地下へと向かって行く。
一旦仕切られても先ほどの状況に変わりはない。アリスは一気にユリアを振りほどくが、ユリアも落とした短剣を拾い上げて距離を取る。しかし、アリスのイオンスラスターの光は先ほどよりも暗い。
「もう終わりだアリス。要所要所で使うものをあれほど激しく使い続ければ、先に電気を使い果たすのはそっちの方だろ」
「要所? 要所ね。私にはこの戦い全てが要所なのだけど」
アリスの闘志は尽きてはいない。死を覚悟して相対していて帰還を考慮さえしていないだろう。もう10分もせずに決着は着く、どちらかがこの世からいなくなっている。
「「……」」
そんな予感をお互いが共有しているのか、自然とユリアの問いかけにアリスも応じる。
「最期になるだろうから聞かせてくれ。なぜケドウについていくんだ」
「そんなに知りたい?」
「当然だろ」
「救世主よ。彼は」
「なに?」
突然の言葉にユリアは聞き返すがアリスは構わず続ける。
―――
あなたは信じたことはある?
恐ろしい過去を受け入れ、復讐と贖罪を肯定し。
弱い人々を災厄から遠ざけて平穏をもたらして、彼らに安心とマナをもたらす存在を。
人々に知恵を授けて、愛を教える人。悲しみを忘れさせてくれる人。
それを救世主と言わずに何というのかしら。
私は暴徒に襲われたあの夜に、あなたと引き離された後の受けた仕打ちで気が狂いそうになったのを、彼は肯定してくれた。
ユリア。ネスト教会はあなたが何人の男に襲われて、襲った個人まで特定してあなたは報復した?
私はしたわ。ケドウは私の動かなくなった汚い体を捨てさってくれたし、体に残された遺伝子情報で特定した男達を殺す手助けもしてくれた。
私はきっちり過去に蹴りを付けた。その後ネスト教会に戻ろうとしたのよ。あなたは気づいていなかったかもしれないけど。
だけど、私が見たのは高い塀とコンクリートで出来た鉄の要害。誰しも受け入れたあの場所はなくなってしまった。塀にすがる人達を見れば、みな病気がちで体が弱い人ばかり。
そんな場所は私の帰る場所じゃない。
ケドウは全てを失った人の居場所なのだから。自然と彼のいる場所が私の居場所になった。
いいえ。彼は私に正しさを与えてくれる。
私の憎悪を受け入れて、私の善意にも応えてくれる。
彼がいるなら私はなんだって出来るし、何も恐れはしない。
あなたには分からないでしょう。ユリア。
私は『正しさ』を得たのよ。それが愛の上に成り立った歪んだものと言われても。
私は生きて良いんの。彼が生きている限り。
私は死んで良いんの。彼が生き延びるならば。
彼はずっと覚えていてくれる。絶対に。
滑稽と言うなら笑うと良い。でも、彼は彼であるが故に覚えざる負えない。彼はそんな人。
―――
言い終わると再び全身のイオンスラスターを輝かせて猛攻撃を加える。奇襲に一瞬判断が遅れてユリアは右腕で一撃を受け止めると、いよいよ爪はパラディウムを貫通して深く食い込んだ。
「っ!」
アリスは続けて二撃目を完全にユリアの右腕を切断して切り落とす。
「ああ、やっぱり」
ファイバーアーマーの切れ端と鉄のパーツが剥き出しとなり、切断されたフレームの尖った断面が露わになる。ユリアの機械化された四肢はとうとう連戦とアリスの猛攻に耐え切れなくなった。
更に追撃するアリスに左手の短剣だけで迎え撃つのは不可能で、一撃をいなしてももう一撃は体や足で受け止め。バイタルだけを貫通されない程度に留めるのに精一杯だった。
(まだか!)
ユリアはただ待つしかない。右腕の切れ端をなんとか盾に使ってもパラディウムの装甲が切り刻まれていく。だが、待つしかない。
そしてその時がやってくる。再び襲い掛かろうと前傾姿勢となった瞬間。イオンスラスターの放出が止まり前のめりにバランスを崩したアリス。
その隙に左手の短剣を逆さ持ちにして突き立てようとする。
「させない」
アリスも体を捻って爪を振り上げると、左の手首が綺麗に切り飛ばされて床に転がり、ユリアは両手を失ってしまうが。そのまま左腕の断面をアリスのうなじを突き刺して押し込んだ。
硬い物が壊れる音が鳴って、アリスは腹ばいで仰け反った。
「ケドウ。私は……」
一言を呟いてアリスは最後の吐息を吐くと目は虚空を見たまま動かなくなった。
「……」
ユリアは目を閉じようと手を差し伸べようとしたが、左右非対称でありながら、どちらも尖ったフレームがむき出しの腕にはどうすることも出来なかった。




