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ブラックスワン  作者: 鴨ノ橋湖濁
夜明け
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メビウスの輪の端


 利府里司徒の研究は脳細胞と接続されたナノマシンのプログラミングの確立にあった。もう既に非浸食型の機器で日常生活に必要な入力は全て済むのにも関わらずだ。


 浸食型の欠点として異物を体内に入れることでガン化するリスクや、容易に取り外し不可であることにミスがあればすぐ致命傷になること、何より流動的な体内環境に定着するのは至難の業であったハード面でも問題であり。


 最後に刻一刻と変化し続ける体内に合わせて対応するソフトウェアが必要であったこと。普通の人間なら触れもしない33の力を借りてまで利府里司徒は取り組んだそのプログラミングは需要が見込めた。


 プログラムには階級的な制度を内包したものだった。プログラムを仕込んだナノマシンが投与されると、脳細胞へ働きかけて上位ならば冴えた思考と下位ならば思考や感情を止められ上位への命令に盲目的となる。


 独裁的な国家での反政府的な国民への投与。昨日まで非戦闘員だった女子供を技術を教えるだけで、殺人も自身の死も恐れない兵士に仕立て上げることも出来る。イヌモの本部達は喜んで利府里司徒の研究を支援した。本人も最初は研究のためだと思っていたが、33の正体を知って目的を変えた。


 利府里司徒は33の人為的な制御の必要性を病的に研究することになった。ナノマシンやプログラムを進化させていけば、33の演算に追いつき介入が可能になると。彼は人類が文明の発展に寄与しない現状を憂いていたし、33が人々の都合の良い偽りの情報の中でいることを良しとしなかった。


 全ては人類の為にとただそれだけだった。しかし、33は嫌がり近衛に提案してケドウを招き入れた。結局近衛も33の偽の情報に踊らされていただけに過ぎなかったが。


 利府里司徒の死によってプログラミングは完成しなかった。だが、その過程で未完成のナノマシンと、そのナノマシン実験を行っていた検体が残された。


 最初は動物たちがその対象となったが極自然に人体実験へと移り変わっていった。アーコロジーで犯罪で逮捕した者、郊外への治安維持のついでに『人狩り』をして拉致した者。人々から忘れ去れようとしている人間にナノマシンの実験体として利府里司徒の研究所で隔離した。


 最後に成果を焦った上層部が送り付けたのは、彼の母親の遺伝情報を詰め込んだ臓器を組み合わせて作り上げられた少女だった。受精卵から発生しなければ法的に人権が発生するタイミングを逸している。


 自分の母親の遺伝子を持った有機的なラブドールの作成。彼がもしも突然人権に目覚めて裏切った時のスキャンダル。利府里司徒に裏切るつもりはサラサラなかったが、心外だったし大きく心象を損ねたよ。


 その彼らも、もう既に33によっていなかったことにされているが。


 最後に未完成のナノマシンだが、近衛は破棄せずに33が作り出した補助機械を装着させることで疑似的に人間を隷属化させる手札を持っていた。それが昨日の昼頃に投与された内容と兜の正体であったわけだが。


 ―――


「それをあなたは知っていたかな? 利府里司徒があなたの知らない所では散々非道な行いをしてきたことを」


 メビウスはまっすぐと衛利を見つめている。衛利も歯を食いしばって何かを言いたいようだが、何も言えずに耐えるように聞くしかない。

 兄(彼)の罪を否定できない。両者の考えていることは一緒だった。利府里司徒は優しい人間であるのは衛利の主観でも、彼の功罪について何も知らない。


「知らなかったけど、じゃあなぜ。あなたは知っているの?」


 逆に聞くしかない。郊外に出されたばかりの頃なら、聞く耳を持たずに頭ごなしに否定出来たかもしれない。今ではどんな優しい人間も目的や生存のためなら罪を犯す事なんていくらでも見てきた経験が衛利を謙虚に黙らせた。


「私を討ったなら、答えてやってもいい」

「っ!」


 思いっきり顔を歪ませて衛利はブレードで切りかかる。ここまで話した癖にあとで話してやるとは、時間稼ぎの状況も相まって衛利は内心の激怒を抑えきれずに突進する。


 勢いで突っ込んだが周りに罠もない。であれば後はメビウスの対処次第。あらゆる反撃を予測しながらも突き出したブレードの切っ先は、吸い込まれるようにメビウスの疑似筋力繊維を切り裂いて内部機構まで破壊する。


 衛利は呆気にとられて呟いてしまう。


「え、なんで?」


 アイギスから警告は一切出ない。反撃も自爆もない。一瞬呆気に取られて油断してしまったことを後悔しながら、ブレードを離して距離を取っても、損傷した部分を手で抑えながらうずくまるメビウスしかいない。


「利府里司徒の研究の検体は、別に他人だけではなかったからだ」

「他人だけじゃない?」


 先ほどの驚きで混乱する頭がオウム返しを誘い。口走った言葉の意味に衛利は目を見開いた。


「記録用のナノマシンを脳細胞と結合させて、脳の記憶と人格を保管ストレージに記録してシミュレーションする。これなら直接人体を害さなくても研究は進められるだろう。まるで【メビウスの輪】のように途切れることなく……」

「ち、違うの。私は……」


 自分が何をしたのかを理解した衛利は自分でも分からない何かを拒絶して首を横に振る。彼女にメビウスは優しく話しかけた。


「衛利。落ち着いて聞いてくれ、利府里司徒は既に死んでいる。その遺品を壊してしまった所で罪を問う者なんていない。ストレージを保管していた研究所も近衛が壊してしまったからね」

「じゃあ教えて。どうして、兄さんはケドウなんかに」


 傷口から火花を散らすメビウスは座り込んで話し続ける。


「私の人格と記憶はあえて近衛によって5年間分離させられていた。だからずっとオリジナルを殺した人間の傍にいることも出来た。それに彼は、私と友に加えてくれた。ただそれだけなんだ。彼のしていることの善悪はともかく。彼は身近な者を大事にしてくれた。それだけ」


 更にスパークが迸り始める体を抱えて壁に寄り掛かる。


「5年前のオリジナルは、いきなりなことで言えなかったかもしれない」

「……」

「さようなら衛……利」


 内部でショートした電撃がメビウスの根幹ハードを破壊して、煙を噴きながらメビウスのカメラアイは消失した。


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