予見された奇襲
火の明かりが遠くなり、眼科に見えるのは郊外から少し離れた巨大な施設。かつてこの地域の中心地であった都市は、イヌモとの競争に敗北してからすっかり寂れ廃れて誰も住まないゴーストタウンとなってしまった。
ユリアと衛利は空中から目視で眼下の街を見ていた。高速移動で声が届かないなかでユリアの通信が入る。
『あっちはもう大丈夫そうだな』
「ええ。あとはあの男を」
ハイ・イーグルに垂れ下がるケーブルに掴まる二人は降下地点に達するとケーブルを離してファイバーアーマーのスラスターを放出しながら大通りに軟着陸したと同時に通りの遠方より光が発せられる。
『ここから出迎えか。プランBでいくぞ』
二人は通りの両端に別れると道路の破片を撒き散らして穴ぼこが一直線に出来上がる。二人の正面には機銃を構えたソルジャーが狙いを定め、奥からは増援が集結しつつあった。
イオンスラスターを発光させながら疾走する二人。照準を合わせようとするソルジャー達は突如空へと向けて機銃を向け、その先には爆装ドローンの急降下爆撃が迫っていた。ユリアはハンドレールガンを展開して専用のマガジンを装填してチャージする。
レールガンが放たれるとソルジャー達の頭上を一線のスパークが通り過ぎる。衛利は目に映る標的を見据えてアイギスへと視覚情報を伝え、アイギスはドローンに視覚情報を反映した回避行動を指示する。
目を潰された機銃は既に回避を済ませたドローンを捉えることなく爆弾を叩きつけられ、装甲を貫通させられ化学反応爆発によって内側から鉄くずになっていく。
回避運動を取った機体も、至近弾を受けたことで半壊した装甲の隙間へと容赦なく衛利のコイルガンの斉射が突き刺さる。1分足らずで彼女達を出迎えたソルジャー達は壊滅し、勢いそのままに二人は駅廃墟へと突入していく。
―――
シャッターが閉じられた駅廃墟の手前でドローン達は待機し、先には墜落したドローンの破片が散っている。そこで二人は立ち止まった。
「ジャミングが。こんなに強いものは初めて」
衛利は初めて実際に感じるジャミングに少しだけ不安を覚える一方でユリアは唇をかみしめた。
「そうだ。気付くべきだったんだ」
最新鋭装備であるファイバーアーマーとドローンを行動不能にする妨害電波を発する場所。ここ以外に【彼】の居場所はどこにあるのか。
「ドローンが使えないなら慎重に行かないと」
「ああ。だから、私が先に行く」
ユリアを先頭にしてシャッター付近を見やるが開いてそうな場所はなく、接近して手を当てると量子レーダーを起動してシャッターの先を探知する。
シャッターの奥には大きな広間と一人の人影だった。
「まずい!」
ユリアが本能的に危機を感じたのは互いのファイバーアーマーを通して衛利にも伝わり、二人はすぐさまシャッターの左右へと回避する。シャッターは張り裂けて火炎はシャッター前の歩道を焼きながら進む。
『援護してくれ!突っ込む』
開放させられた入り口にユリアがグレネードを投げ込むとそう言って先に突入していく。すぐさま銃声と炸裂音が響き渡ると衛利もコイルガンを構えながら前進する。
それから広間の奥で紫電と黄色の輝きが交わるのを見る。既に双剣を抜いたユリアの肉薄に人影はグレネードランチャーの付いた機関銃を放り出すと、腕の先から3本の爪が生え出ると双剣の斬撃を受け止めていた。
「アリスか!!」
ユリアの確認にも答えず。全身から黄色のイオンスラスターを発光させて、アリスは目にも止まらぬ速さで反撃に移る。
『衛利。先に行け』
援護しようとコイルガンを向けようとした衛利の思考を読んだかのようにユリアは通信を飛ばす。
「なぜです。そんなわけには」
『あのアリスが社交辞令もなしに襲い掛かるわけがない。つまり急いでるんだよ』
私は後で追いつく。そう付け加えられて衛利は地下へと続く階段へと急ぐが、アリスは取って返して衛利に襲い掛かる。コイルガンを構える暇なはないとコイルガンを放ってブレードで攻撃を受け止める。
「っ!」
ファイバーアーマーで支えられながらも重い一撃によって衛利は吹き飛ばされて柱に打ち付けられる。ダメージ軽減にイオンスラスターが働いて強打には至らなかったが、衛利から一瞬だけ注意を逸らすのに十分だった。
もうアリスは衛利の眼前へと爪を向けていた。その形相は悪鬼のように歪みながら、絶対の意思を持ってこちらの命を奪わんとせんと揺るぎない怨念。
「行かせるかぁッ!!!」
衛利へと伸ばした手は横へと逸れて、爪は衛利の後ろの柱へと突き刺さる。ユリアの投擲した短剣はアリスの腕から離れて床に突き刺さる。その間に衛利は脱出して地下への階段へと走る。
追撃するアリスの前にユリアが立ちふさがり。二人は両手を掴みながら相対する。
「邪魔をしないで!」
「お前だって!」
お互い必死の形相だったが、ふとアリスは目を見開いてから笑みを浮かべる。
「それにしても、どうしたのかしら。その怪力は」
「色々あったんだよ。あの後」
「あの後から何時間しか経ってないと?」
アリスの分かり切った疑問の通りだった。
「お前ほどの大手術じゃない。でも今パラディウムを脱げば、私は芋虫のように這いつくばるしかない」
「四肢を捨ててでも戦うのね。でもそういうのは数か月かけるものでしょう」
「すべてが終わってからそうさせてもらう」
直後アリスの顔面に頭突きを食らわせると二人は距離を取る。
「終わりは来ない。私はあなたを倒して、そうね。私と同じ目に合わせてあげる。ははは!」
良いことを思いついた子供のように笑い始めるアリスに、ユリアはすかさず短剣を拾いながら接近して切りかかった。
―――
「ニャー!!!」
「やめとけ」
駅廃墟へと並走する二つの影。一方は人型、一方は四足歩行。
互いは互いを知っている。ラングレーとオリジン。敵同士であることは知っているが、どちらも先を急ぐわけがある。ここでいたずらに戦うより、まずは味方と合流した方が良い。
互いの出した結論は暗黙のルールとなってこの奇妙な光景を作り出していた。それでもラングレーはことあるごとに威嚇の声を出してオリジンは受け流すのが続いている。
空は暗いながらも濃淡な青色になりつつあった。




