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ブラックスワン  作者: 鴨ノ橋湖濁
最後の日
77/91

新たな怒り 終わる怒り


 夜は更けても地上の明かりは消える事はない。炸裂音と衝撃が絶え間なく響き渡って人と空気を揺らしていく。それもいずれかは狭い地域へと収束していく。

 決着は着きつつあった。ケドウのソルジャーは個々の状態をデータリンクによって連携を保って頑強に抵抗しても、絶え間ない爆撃と迫りくる包囲と砲火によって次々と残骸となって地面に横たわる。


 その様子を建物の上から眺めるオリジンはただ黙って見つめている。ケドウからはもう一切戦ってはならないと命令され、ただ事の成り行きを見る事しか出来なかった。帰ろうにも追跡が不安だと帰還も禁じられている。


「私はどうすればいいのだ?」


 ケドウはただの道具で振舞うなと言った。歌を歌い、書を読み、聖句の言葉を口ずさんだ。人は皆大事な命であり、決して弱くとも軽んじられてはならない。

 だが、今の街の様子を見ると自然とオリジンの思考に、徐々に強い不満が芽生え始めるのを知覚する。命令がなくなり自分だけで考えたり観察する時間が出来てから更に大きくなる。


「ケドウ。世界はずいぶんと知識で知るより綺麗なものではないぞ」


 ケドウの名は本当に彼の名を示したかどうかは分からない。ただ彼を通して教えられてきた世界、地下の園で見てきた景色と全く違う。


 破壊と殺戮。


 生者は強者によって傷つけられ永劫の苦しみを、死者には敬意も弔いも見送りもない瓦礫の埋葬。


(これがどうして許されるだろうか)


 恐らくケドウは激怒するだろう。それでも騒乱を起こしたのは彼自身も大きな一端を担っている。

 彼は口だけで博愛を語る男なのだろうか? 考えにくくもあるが考えたくもない。


「……」


 ふと視覚センサーに触れたのは男女の集団だった。男達が爆発で歪んで開かなくなったドアを開けようとしている。その横でぐったりとした子供と、それに付き添う女の子が泣きながら揺さぶって起こそうとしている。

 建物はひび割れてはいるが厳重に柵が窓にかけられ、今開けようとしている鉄のドアも分厚く侵入者を阻む。


 突然何かが彼らの傍に降りてくる。砂埃をあげて降りてきたオリジンに男達は驚愕して銃を構えようとするが、疑似筋力繊維の塊の腕は一瞬で鉄の扉を枠ごと殴り倒して破壊する。


「いけ」


 オリジンが開いた入り口を指さすと男達は訝しみながらも、女の子が一目散に建物へと入っていくのを見て続々と建物に入っていく。


 取り残されたオリジンは再び脚力だけで垂直の壁を蹴り上がる。再び炎が燃える街並みが現れると「彼」は咆哮する。

 何が変わるわけではない。無駄な行為。そもそも機会であるオリジンからすれば何ら意味を持たない。

 それでも彼は今までの学んだ美徳や規範が踏みにじられる事に大きな「怒りに似た知覚」を覚える頃。


 1機のハイ・イーグルが低空で彼の頭上を越えていく。そして吊り下げられたケーブルに釣り下がる二つの人影を見た。


 ―――


 地下の指揮所で義越は胸をなでおろす。この混沌に終わりが見えてきた。戦線を突破。分断、孤立となった地点を囲んで抵抗させずに殲滅する。その段階に入ると敵がソルジャーだろうと大した抵抗も出来なくなるだろう。

 勝利は決まったと相違ない。それでも、利府里衛利がいなければ、視野が狭まり焦燥した決定によって多くの同胞の血が流れたかもしれないと考えるといざと言う時の自分の不甲斐なささえ覚えてしまう。


 ふと義越は横にいるラングレーの頭を撫でる。寸胴なボディで顔のないラングレーは拒むことなく、なでなでを堪能している。


「お前もありがとうな。じゃなければ今頃どうなっていたか」


 恐らくボーダレス商会との共同攻撃も纏めたのだろう。港湾側からも戦線を作りおかげでこちらの攻撃の抵抗も減った。そう言っても結局中核を担ったのは彼女が率いる軍隊と、提供された圧倒的エアパワーなのだが。


 この後どうなってしまうのかを考えると憂鬱にもなる。全滅しないだけマシだったがどうしてもこのことに禍根が残るだろう。対立や不信を消すことは出来ないだろうが、新しい指導者が必要ではあるだろう。


 もう父親はいないんだ。


「外の空気を吸ってくる。いいだろう? あとの事を考えさせてくれ」


 副官に言うと義越は指揮所を外す。するとラングレーも一緒についてくる。理由は分からないが一緒に外へとやってくると足回りでウロウロする。


「どうしたんだ?」


 名残惜しそうな様子に察する。彼女からラングレーは呼ばれたのだろう。しゃがんでラングレーの高さまで顔を合わせる。


「行くのか?」


「にゃおん」


 ラングレーの一声。義越はそうかと返した。


「お前の主人によろしくな。たぶんあの子は俺の唯一の近親だと思うから」


「わん!」


 元気の良い返事と共にラングレーは疾走して施設の中を駆けて行く。見送りながらも自身も外へと歩を進め、警備についている歩哨を横切った。


 ここから外の景色を見ても、燃え上がり崩れた家屋、これからどうしたものか。積み上げられた課題に辟易してしまうが、それでも自分はどうしてかここの同胞たちのトップと言う事になっている。

 父親が疲れてしまう気持ちも今ではよくわかる。


 義越がしばらく歩くと女の子が拳銃を持って警備している。


 逃げ込んできた人たちに銃を配ったとはいえ。こんな子供にすら配るとは見境がなかった。


 女の子は義越の顔を何回か見ているように見えた。光源が外の燃える炎だけでは義越の顔だけが一方的に見える形になっている。

 義越は安全地帯となった場所だけでの武装解除を進めておこうと考えた。振り返って剣の会の歩哨達に呼びかけようとした時。

 破裂音が何回もして首と肺の辺りを殴られたような感覚がすると、体が動かなくなりその場に倒れこんだ。


 撃たれたんだと理解するのに時間はかからなかった。それともうすぐ自分が死ぬことに。


(ああ、けっきょく自分の人生って言うのは……)


 憎しみに始まり憎しみに終わる。そうやって人生を縛られてついぞ自分の生を謳歌することは叶わなかった。それでも願わざる負えない、もう誰かに伝えることなど出来ないのだから。


(俺の死が出来る限り誰かの恨みにならなければいいな)


 最期の呼吸を出来る限り大きく息を吸って義越は目を閉じた。


「やったよ!お兄ちゃ……」


 耳に聞こえた歓喜の叫びは先ほど以上の破裂音にかき消されて消えた。

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