誤算と計算
ケドウはタブレットを見ながら唸っている。
「うーん。これはマズったかなぁ」
彼の仕組んだ分裂と混沌によるパニックと蜂起の誘発の目論見は当初予定していた成功からは程遠く、テコ入れによって更なる混沌を広げようと投入したソルジャーやオリジンの存在が、かえって人々の結束を強めてしまったようだ。
タブレット上に表示される勢力図を見れば一目で見れば分かるように、もはや利府里衛利は剣の会へとは向かっていないし、ケドウの考えたくもない予想だったボーダレス商会の蜂起の早期鎮圧は現実となってケドウの手駒であるソルジャー達を各々が挟み撃ちにしている。
オリジンに無暗な破壊を命じる気にもなれないケドウは旅支度をしている地下の園の信者たちを見やり一息ついた。
「まぁ意外と早く終わりそうだから、いいか」
それほど人が多いわけでもなく100人にも満たない信者たち。この約5年の間ずっと共に隠れて生活してきた人々。彼らとももうすぐ最後の別れとなるだろう。
物持ちは全くいない。各々自分達の思い出の品と服の入った迷彩柄の背嚢を背負っている。汎用フレーム達が誘導と案内をしているのなら1時間も満たずに彼らは電車でこの廃墟から、セントラルタワーへと居住する。ちょうど空きがたくさん空いたところなのだから。
突如後ろから現れたメビウスがケドウに話しかける。
「ケドウ。ドローンの編隊がこの付近に接近しています」
「爆装の有無は?」
「あります。……それからケドウ」
「どうした?」
「この後。あなたはどうするのですか?」
突然の質問にケドウは即答する。
「もちろんすべてが終われば、彼女に会いに行くよ。利府里衛利に」
「殺されるに決まっています」
「メビウス。これは俺が決めたことだ」
「なぜ?」
いつも以上に食い下がるメビウスに困惑しながらもケドウは逆に問いかける。
「逆に君こそどうするつもりなんだい。一度も聞いたこともなかったが」
「……決めていませんね」
「そうだろう。今日で私の仕事も終わるのだから」
互いが互いに言葉につまる。ケドウはスリープ状態になっていたタブレットを一押しする。タブレットに表示された郊外の戦闘マップに再び目を通す。
「33。彼女達の動向は知れないかな」
【各監視情報から捜索中……】
33の反応にメビウスが驚いて一歩前に出る。いつもなら彼女たちの情報は彼女たちの使う機器から手に入るからだ。
「なぜ彼女たちの端末から直接アクセスしない?」
手でケドウは制する。
「33は彼女たちを私と同じかそれ以上の興味の対象と捉えたようだ。……それと何分前にこちらにドローンを飛ばしたのは分かるかな」
【現在、利府里衛利とユリア・ネストはソルジャー部隊と交戦中。ドローンは約4分前に出立しました】
「その直前に何かヒントを手に入れたと言う素振りはあったかな」
【ユリア・ネストがボーダレス商会へと接触しています】
「ニッシュから聞いたか、なら利府里衛利達はこちらに目星を付けているのは確実だろうな」
しみじみとケドウ腕を組んでは思い返している。メビウスも彼が昔どこに住んでいて、どのようにここにたどり着いて人々を集めたのは知っている。
「それで、どうするのですか。彼女たちがソルジャーを放っておくわけにもいかないとは思いますが」
ケドウは再びタブレットを見つめて彼我の戦力配置と爆撃ドローンの観測データを指でなぞる。
「間違いない。郊外の人間達は私たちの部隊のみを攻撃しているようだ。爆撃ドローンもまるで彼らを援護するような軌道で航空支援を行っている……」
タブレットをつついてマップを切り替えたケドウは、自身の付近に存在している戦力をタッチする。
「ソルジャーを生身で相手するのは確かに危険だ。しかし、航空支援があれば。目の前に立って釘付けにすれば爆撃し、逃げるなら包囲して追い詰めればいいのだからね。だから……」
【即応部隊の展開を開始。隠蔽プランを開始します】
「彼女たちはすぐに来るだろうさ。私たちがソルジャーや諸々の問題を放っておくわけがないと高を括って油断していると考えるわけだ」
これまで33に頼りきりだったと思っていたメビウス、急速に持論を展開し始めるケドウは段々と高揚が伴っているようだった。
「ならば信者たちの避難も早めなくては」
「それは許さん。彼らには何の危機も訪れていないまま、約束の地へと至らなくてはならない。オリジンも同様だ。これ以上彼に頼ってはならない」
穏やかな口調は身の理論に基づいた考えを論ずるため、自身が熱くならないように平静さを保つための癖であった。こうなれば彼はテコでも自身の意見を曲げる事はない。
メビウスは理解してそれ以上何も言わなかった。
「極限まで隠蔽する。爆撃なんてされればやかましくてかなわんからね」




