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ブラックスワン  作者: 鴨ノ橋湖濁
最後の日
73/91

分からないこと


 オリジンが地下の園に来てから1週間も経たないある日。ケドウが小さなプラスチックボックスにモノを入れている。周囲の人々は暗い面持ちでアリスがピアノの独奏を奏でるのを聞いていた。


 体育座りしていたオリジンは立ち上がってケドウの傍にしゃがみこんだ。


「ケドウ。これは何をしているんだ?」


「人が亡くなったから、今日は皆で静かに亡くなった人に祈るんだよ」


「なぜ人は祈るのだ?」


 少ない衣服を整えたケドウが箱を閉じて立ち上がる。


「来なさい」


 オリジンとケドウが地下のプラットフォームに停まっている電車までたどり着くと、そこには一つの死体袋が転がっている。


 一人と一体はその前の座席に座り込んだ。


「オリジン。この人は存在したと思うかい?」


「当然だ。存在している」


 ケドウは嬉しそうにうなづいた。


「そう。この事実は誰にも拭えはしない。だが、人は誰も彼を忘れてしまうだろうね」


「ケドウも忘れるのか?」


「覚えている人より、忘れた人の方が多いさ。もう両親のことさえ余り思い出せないんだ」


 天井に目を向けて遠くを見つめるように考えにふけるケドウ。オリジンはただ見つめる事しか出来ない。


「なぁオリジン」


「どうしたケドウ?」


「君は全てを記録しているのかい?」


「私のデータは33のストレージに蓄積されている。見た物、聞いた物、センサーで感知したのは全て」


「では、君は出会った全ての人を覚えることが出来るってことかい?」


「私ではなく。33の中でだが」


「ふーん……」


 妙に一人で納得したようなケドウの態度にオリジンは問いかける。


「何が聞きたいのだ?」


「人が本当に死ぬと言う時と言うのは、本当に誰からも忘れ去られた時だって父が言っていたんだ。だから今データベースの中で検索出来る人物はその定義では未だに死んでいないと言うわけだ」


「そうか。生物的な死は人間の死を意味しないのか」 


「そうさ。だから上で人々が悲しみ静かに過ごすのは、未だにその人が生きているからなんだよ。だけど、もうその人が与えるものがなくなるのがとても寂しいんだよ」


「それがさっきの祈る理由か?」


「正直分からない」


 煮え切れない態度にオリジンは腕を組んだ。


「分からないとは?」


「実のところ、人間分からないことが多い。本当に寂しいかもしれないし、本当はどうでもいいのかもしれない。例え知識や技術を伝えても、その心や心理までを人に伝える事は難しいし分からない。たとえ自分でも」


「むー。難しいのだな」


「だからあんまり人の意思を無視して人の命運を左右するのって悪いことなんだけどね」


「悪いこと? してはいけないと言う事か?」


「非推奨ってことさ」


 オリジンが抗弁する。


「でもケドウは、人が憎しみ合う世界を破壊するために戦っているのだろう?」


 ケドウが苦笑する。それから低い声色で。


「皆には言わないが。俺自身はどうだっていいんだ。俺は皆が思うような優しい人間ではない」


「……」


「俺の望みはただ一つ。どこかには、弱い人に手を差し伸べて上げたかった人が居た。俺ではない誰かが願った事を叶えてあげたいだけだ」


 顔を見あげられたオリジンをケドウはじっと見つめた。


「オリジン、もし君が誰かの命運を左右する時、私は何も言わないさ。自分の考えに基づいてやりなさい。私には、未だに分からないから。教えることは出来ないけど」


 ―――


 炎と瓦礫の街を疾走する中でオリジンは未だに思考の隅で思い返していた。


(俺はなぜあの女を殺さなかったのか)


 殺してはダメだと思ったから? それも何か違うと思う。


 人間とはまるで違う思考速度の中でも答えは出ない。ただ機械を引き裂くのと、人間を引き裂くのとでは隔絶な差があることをオリジン自身が自覚してはいた。


 ケドウや地下の人々はオリジンにとって大切だが、先ほどの女は全くの無関係だったのにかかわらずだ。


「……」


 思考ついでにソルジャーの一分隊を鉄くずに変えていた。


 ふと、思い返す。少なくともルーツを離れた場所に持ちながら、個々の人間の命を救うために行動しているただ一人の人間の事だ。


 瓦礫の投擲で爆弾を抱える接近中のドローンを撃墜する。おもむろに掴んでは一投げで散弾の様に飛んで行っては、百メートルの距離にあったドローンの編隊を破壊する。


 探さなくても彼女は来た。オリジンはその場で足を止めると、慣性で数十メートルの土ぼこりを上げながら停止する。


 目の前にいる利府里衛利はブレードを片手に待ち構えてから問いかけた。


「オリジン。それがあなたの名前ね?」


「そうだ。一度会ってみたかった。利府里衛利」


 相対する一人と一体。その後ろで陰に隠れている一人もセンサーで感知する。


「引きなさい。ケドウにこれ以上与しないで」


「何を根拠に?」


 衛利は苛立ったように答える。


「何を? 今この街で起こっていることが理由。これだけの人が傷つけあっているのは全て……」


「これはケドウが全て悪いのか?」


「そう!あの男がこの街を……」


「では、ケドウがいなくなればこんなこと起きなかったのか? 問題は全て解決するのか?」


「それとこれとは話は別」


「納得いかない。ここに居る人々は自らがそうせざる負えないから、このような状態になっている。では、そこまで追い込んだのは根本的な原因は誰か、お前なら分かるはずだろう」


「……それでも」


「近衛も死んだのなら、命令もないはずだ。それでも戦うお前の方が私は不思議だよ」


 言った瞬間、オリジンが高速で横に移動すると、紫電が走りぬけた。


 レールガンを構えていてユリアは放り出して双剣の柄を合体させて槍にする。


「衛利。奴の言葉に耳を貸すな。手筈通りいくぞ」


 衛利はうなづいてブレードを構えると青い光を仄かに全身に纏う。


 オリジンは思い返す。


(実のところ、人間分からないことが多い。本当に寂しいかもしれないし、本当はどうでもいいのかもしれない。例え知識や技術を伝えても、その心や心理までを人に伝える事は難しいし分からない。たとえ自分でも)


「……ケドウ。俺には人間がよくわからん」


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