クールタイム
義越ら剣の会の面々は突如として現れたソルジャーの軍団が、イヌモの部隊と戦い始めると自然と攻勢を受けなくなり、一息をつくことができた。彼らは義越に味方をするわけでも攻め込んでくるわけでもない。
決死の覚悟で最後の戦いを挑むと全員が一致団結をしていたのに完全に肩透かしを食らってしまい、司令部ではしばらく重い沈黙が漂っていた。
オペレーターの一人が義越に問いかける。
「斥候より指示を仰ぐとのことです」
「正面防衛部隊も指示を待っています」
指示と言うものから隠しきれずに、にじみ出る義越への意思の確認。義越は一度放棄しかかった思考を取り戻す。
もしもだ。
イヌモへの協力を申し出れば同格の敵と戦っているなら、喉から手が出るほど戦力が欲しいはず。もしも彼らが必要ないと認識されればそれまでだが。
そもそもこの事態が一部の反乱勢力に武器の譲渡が行われたことでパニックが伝染した結果起きたのだ。イヌモへの反抗を意図して集結したわけではない。あくまで自己防衛のためである。
イヌモ側はどういう風に把握しているのだろうか。もし反抗の為に集結していると誤解していたなら、その誤解を解けるだろうか。しかし、相手は近衛だ。
既に死んだ人間の思考を心配しながらも義越は口を開く。
「イヌモ側の指揮官と接触出来るだろうか」
皆が一斉に義越へと視線を向けた。皆が義越の言葉を待っているように感じた。
「俺たちは一度覚悟を決めた。だが、よく思い直してみろ。俺たちがどうしてこうやってまとまっていたのかを」
反論はない。
「生き延びるためだ。そのために戦っていたし死んだりもした。俺の親父は敵を殺すことばかりを考えて、みんなも俺たちの存在意義を勘違いしてしまった。違うか?」
ほとんどの者には分かっている。このまま戦うとみんな死んでしまうことを、更にこんな事態を引き起こしたのは自分達ではないことが余計に納得いかない。
冷静になってみれば容易いものだ。
「全員に待機を、それとイヌモとの指揮官と接触する必要がある」
具体案を示そうと義越が目の前の机の地図に向かう。
「正面防衛隊から特務部隊を編成するか」
オペレーターは通信機に向き、副官達も机に集まってくる。
「まず彼女の居場所を確かめないといけないな」
机の地図に義越と副官の間から一本の小型のアームが伸びると地図の一点を指し示す。
「にゃ!」
「彼女はそこか……ん?」
ひょっこりと突然現れたアーム。根元を見やるとそこにいたのは一体の四足歩行のマシーン
「にゃおん?」
元よりそこにいましたよ。そんな感じでラングレーは義越達の司令部に入り込んでいた。
「う、うわああああああああああああああああ!!!!!!」
たまらず義越は腰を抜かしてしまった。
―――
衛利とユリアは教会で合流することにした。既に衛利が第一波から教会への援護を派遣したため既に周辺は鎮圧されていたが、今だにソルジャーの後ろで子供たちが武器を持って警戒に加わっている。
落ち着いたのか暴徒は鎮圧され逃げてきた人たちの収容され始めている。だが、未だに血と炎の臭いが覆い、赤い炎が近場で燃えている。
その外れで電磁ホイールの追加装備とレールガンを捨てたユリアが着地する。そこに衛利が傍で待っているとお互い歩み寄って抱擁する。
「衛利。無事だったか」
「ユリアもはやく治ったんだね。助けてくれてありがとう」
「……イヌモの科学力様様だな。それより少し休んだらどうだ?」
「いえ。私にはまだ」
いいからとユリアは教会へと歩みを始めながら、パラディウムのスリットから缶ジュースを取り出して衛利に渡す。
「近衛に操られてからようやく6時間経って。得体の知れないナノマシンとかを体内に入れられまくったんだろ? それらが排出され切ってもないのにそれで調子も崩すとマズい。水分取って早く体の外に出すんだ」
「ええ。どうも」
二人が教会の検問を超えると少年たちは怯えるように二人から顔を隠す。
「……」
「気にするなよ。状況が余りにも複雑なんだから」
ユリアが衛利に向くが、衛利も余り少年達に顔を見せないようにしている。
「でも、彼らを害するのもイヌモなのは事実なんです」
「守っているのもイヌモだ。私たちのだ」
教会に通されるとシスターグランマが出迎えられ二人は食堂へと通される。そこには小さなパンが更に並べられていた。どうぞとグランマに促されながら二人は座る。
「これからどうなるのでしょう」
心配そうな様子を見せないグランマは毅然と問いかけると衛利がアイギスの手のひらにあるホログラムの地図を見せつける。
「我々は今のところ教会と橋を抑えており、アーコロジーからの増援が到着しつつありますが、それらはほとんどが所属不明のソルジャーの軍団に当てられることになります」
「では? 剣の会はどうしますか?」
ユリアもそこが気になっていたのか衛利を見やる。
「剣の会へは使者を送りました。あちらも目立った行動を起こしてはいませんし。この騒動の原因が剣の会の暴走ではなく突如発生した混乱への防衛と仮定するなら、彼らは交渉に応じてくれるかもしれません」
「ボーダレス商会へは?」
「いえ。彼らへは対処を決めていません」
目立った敵がいない上に郊外のはずれにあるのだから、当然と言えば当然だが。戦闘が起こっているのはボーダレス商会でも同じなのだ。ユリアが声を上げる。
「私が行く。もしもボーダレス商会も難民も一人でも協力者がいないか探してみる」
衛利がうなづくと地図を切り替えた。
「最後に所属不明のソルジャーですがドローンによる爆撃と自走砲による砲撃を増やし、最後にソルジャーによる攻勢で駆逐します。既に一部が突入を開始していますが、一方的に攻撃すれば全滅も時間の問題でしょう」
地図に点在する青い点。それは味方のソルジャーを示す表示であった。それを3人がまじまじと見れば徐々に前進しているようにも見える。敵が退却し始めている手応えを感じ皆が安心し始めた時。
突入した部隊の反応が消失を「開始」した。




