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ブラックスワン  作者: 鴨ノ橋湖濁
最後の日
70/91

地下の園


 ケドウが返ってきたときには既に彼の信者たちは集まっていた。その中心にはオリジンが座っており、皆静かに祈りを捧げていた。静かな空間故にケドウの足音が聞こえてくると祈りを止めて皆が振り向いた。


「すまないねみんな。少し時間がかかりすぎてしまったな」


 オリジンが進み出てくると手を群衆へと差して彼をそこに誘導する。


「子供たちが既に準備を終えている。先に講話を済ませておいた」


「ほぉ。講話まで出来てしまったか」


 関心するケドウは素直に皆の中へと入って座る。見るのは光る折り紙で飾られた壁。一つのライトで照らされた舞台とも呼べない舞台、明暗だけの仕切りには子供たちが既に手造りの衣装を身にまとっていた。


 赤い丸の太陽が光を放つと演劇は幕をあげた。


 ―――


 ナレーションの女の子の声がする。


『昔々、あるところにイエスキリストと言う予言者が会堂でお祈りをしている所に、ユダヤ教の律法学者が論争を仕掛けにきました』


 白い服と頭に光の輪となる黄色い折り紙を髪に差したイエスに、黒の服を着て被り物をした律法学者は問いかけた。


「イエスよ。永遠の命を得るにはどうしたらいいのだろうか?」


「人に優しくすれば良いのだ」


「それはどのようにすれば良いのだろう」


「たとえ話をしよう」


 ライトが消えてイエスと律法学者もぞもぞと退場する。次にライトが照らされるとボロを身にまとい木の棒を両手でついて歩く少年がよぼよぼと歩く。


「とほほ。私は盗賊に襲われて、持ち物は取られてたくさん痛めつけられてしまった。今にも死にそうだ」


 少し舞台の上を傷ついた人が歩いていくと、先ほどの律法学者の服に少し光る折り紙で着飾った少年が通りがかる。


 傷ついた人は言った。


「ああ、あれは司祭様ではありませんか。行って助けを求めましょう」


 司祭の前に進み出ると跪いて助けを求めた。


「司祭様。助けてください私は野盗に襲われてしまいました」


 一瞥した司祭は言った。


「私は今、忙しいのだ。神の情けが欲しいのならそのように物乞いはせずに働きなさい」


「そ、そんなぁ!」


 そのまま司祭は歩き去り傷ついた人は取り残される。


 次に現れたのはこれまたイエスの服に折り紙で着飾った人が現れて、傷ついた人は顔を上げた。


「あれは高貴なレビ人ではないか。彼なら助けてくれるだろう。すいません」


 今度はレビ人の前に跪いてから同じように助けを請うた。


「野盗に襲われてしまいました今すぐ助けが必要なんです」


「知らない人は助けない。なんて卑しい物乞いだろうか」


 冷たくレビ人は言い放つと足早に去ってしまい。傷ついた人は倒れこんでしまう。


「うう。私はもうダメだ」


 そこに質素な布で身を包んだ女の子が現れる。


「なんてひどい怪我でしょう。このままでは死んでしまいますわ」


「あなたは?」


「私はサマリア人です」


「さ、サマリア人!?」


 ナレーションが挟まれる。


『元々サマリア人とユダヤ人は同じ民族でしたが、南北に国が別れてしまった時に北の王国がアッシリアに滅ぼされ、逃げてきた彼らをサマリア人と呼んでユダヤの人は嫌っていました』


 包帯を取り出して巻いてから肩を貸して二人は歩き始めれば台車に段ボールがくっつけられた【宿屋】と看板を掲げたものが光の端から現れる。


 サマリア人はそこに傷ついた人を降ろして台車を引いている年長の子にお願いする。


「すみません。この人を介抱してあげて頂けないでしょうか。もしも介抱するのにお金が足りなければ帰りがけに払いますから」


「いいでしょう。こちらでお世話します」


 再びライトが消えてから暗闇でモゾモゾと動く。するとイエスと律法学者が向き合っていた。イエスは問いかける。


「司祭、レビ人、サマリア人の中で傷ついた人に一番寄り添った人は誰かな」


「彼を介抱した者です」


「そのようにしなさい。さすれば永遠の命を得られるであろう」


 ―――


『アーメン』(そのとおり)


 ナレーションに続いてアーメンと観客である大人たちも呟いて手を合わせる。


 子供達が続々と現れてお礼を述べば、すぐさま拍手が沸き起こる。


 ケドウが今か今かと機を見て立ち上がって前へと進み出る。主演の子供たちに屈んで彼は礼を言った。


「今日は素晴らしい演劇をありがとう。皆もう一度拍手をお願いします」


 再び沸いた拍手。皆嬉しそうにしてから子供たちがそれぞれの親の元へと戻っていく。


 両手を上げ下げして拍手を抑えるケドウは神妙な面持ちで話しかけた。


「実は今日みんなに伝えたいことがあります」


 皆が彼を注目する。


「本日、アーコロジーでの皆さんの分の住居を確保することが出来ました。増築された住居が完成したのです」


 ほぼ全員が目を見開いた。


「今日でここでの生活は終わりです。あなた方の苦役に報いられる日が来たのです」


 歓声。地下に轟くその声にケドウの口元は少しだけ緩んだ。


「電車に乗ってアーコロジーへと向かいます。大事な物を持って準備してください。解散」


 群衆が散り散りになり皆思い思いにアーコロジーに行ったら何をするか話し合っている。


 メビウスがケドウに囁いた。


「増築などしてはいないはずなのに」


「意地悪を言うなよ。それで戦況は?」


「ハイ・イーグルが全機失いました。ソルジャー達は爆撃され続けています。全滅も時間の問題でしょう」


「ユリアだろうな。恐らくだがここの上にもそろそろ手を伸ばし始めた頃だろう」


「偵察機が巡回しています」


 苦笑するケドウ。


「マンホールに入ろうとした時に危うく鉢合わせしかけたからな。少し遅かったら危なかったよ、あの時は。まぁ遅かれ早かれここに気付いてだろうからな。色々事を起こして正解だった」


「それほど急がなくても、未だに義越は健在。その対処に十分時間を確保することは出来るでしょう」


「そうとは限らない。手は打つだろうさ……」


 物思いにふけてからケドウはオリジンに振り向いた。


「ところでオリジン。もうタイムマシンは読んだかな? ジョージ・オーウェルの」


 オリジンは首傾げた。


「ケドウ。あなたの言うタイムマシンはH・G・ウェルズの著作だと思うぞ」


 しまったという顔をした。


「あ、そっかぁ。ウェルがややこしいんだよウェルが」


「ちゃんと読んだぞ」


「そうかそうかよろしい」


 腕を組んでケドウはうなづいた。


「大変不本意だが。オリジン、彼女たちの戦力を削り時間を稼いでくれないだろうか」


「分かった!」


 両手でガッツポーズを取るオリジンにケドウは諭した。


「それでも忘れてはいけない。お前はた戦う機械にだけになってはいけない。ただの道具となってはいけない。自分で考え学ぶことが出来るのならお前は常に自由だ。自由とは何かを忘れてはいけない」


 オリジンは首を傾げたが、しばらくしてうなづいた。


「よくわからんが、分かった!」


「気を付けて帰ってくるんだぞ」


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