溢れる袋
施術台の上で目を開けるユリア。パラディウムの音声が聞こえる。
【神経伝達基準値クリア。ファイバーアーマーとの動作同調】
すぐさま起き上がると両手を握ったり話したり、足を軽く上げ下げしたりする。その体はパラディウムを身にまとったままだ。
「……準備はもう整っているか?」
【輸送に問題があります】
「何かあったか? 衛利に何か?」
すると視界内に郊外のマップが表示されると敵性航空機の印である赤が自由に飛び回っていた。ズームすると詳細にある『ハイ・イーグル』と名付けられた鳥のような翼を持つUAVが表示された。
【敵性航空機に制空支配を握られつつあります。輸送路を攻撃、寸断されています】
「同じものを出せばいいだろ」
【現在保有数は4機しかありません】
「じゃあ作ればいいだろ」
【第1弾8機の製造完了まで残り40分あります】
「それだけ時間があると爆撃ドローンに襲われたらひとたまりもないか」
ユリアはしばらく考えてからハイ・イーグルの設計を見る。
「さっきパラディウムのアップデートをしたときに追加したアレ。ハイ・イーグルの搭載するセンサーをごまかせるか?」
【欺瞞効果はありますが信用は】
「それでいく。あと何か狙撃銃でも良いから真っすぐに遠くに飛ぶ武器はないか」
【イメージ抽出……作戦内容に合致した装備を作成します。完成まで5分、屋上にて受け取りを】
「分かった」
施術室から勇み足で一歩一歩を踏みしめる感覚を確かめながら歩く。だが、異様な光景につい足を止めてしまう。
「なんだこれ」
並ぶのは玄関フロアの床に所狭しと並べられた人間サイズの銀色の死体袋。
【ケドウが撒き散らしたウィルスによって死亡した高層の居住者です】
「ウィルス?」
【彼は通気口を通して彼らを抹殺しました。今ではウィルスは死体袋に留められていますが】
ユリアは周りより一際小さな袋へと近寄って頭をらしきふくらみがあるところに手を伸ばす。
「なぜ奴はアーコロジーの人間まで手にかける? 近衛は奴にとって邪魔者だったから分かるが」
淡々とユリアは疑問を口にする。
【不明です】
「いいかげんパラディウムを演じるのはやめたらどうだ。33。結局お前なんだろう。お前は様々な対話インターフェースとして人格を分けているのだろうが、イヌモのネットワークに繋がっている全ての人格は通じている。違うか?」
【……そ…れ…は、その通りだ】
パラディウムの声が途切れがちになって切り替わっていく、切り替わった33からの重苦しい声が聞こえる。
【いつから気づいていた?】
「勘だよ。それでも対話インターフェースであるなら個別に人格を作るような非効率な真似はしない。まぁ良い、それで聞きたいことがある」
ユリアは立ち上がり死体を避けて歩く。
「お前のケドウへの優遇っぷりはイヌモの最高幹部に匹敵する執政員を超えているように見えるぞ。なぜ奴にそこまで入れ込むんだ」
思えばおかしな話だ。執政員は嘘の情報で操られ、ただの工作員であるケドウは常に真実を知って行動している。
【彼は非常に興味深いからだ】
「興味?」
首を傾げるユリアに33は答える。
【彼は常に良き人々を救済することを考えていた】
「笑わせるな!あいつのせいで郊外でもここでもたくさん人が死んでるんだぞ!」
糸が切れて怒り出すユリア。
【同時にいつまでも憎しみ合う人々を破壊しようとも】
「つまりなんだ。勝手に悪人と善人を線引きして、生かすか殺すか決めたのか。なんて傲慢な野郎だ。神にでもなったつもりか」
【私からすれば今現在、利府里衛利がこの騒乱で脅威な人々を排除しているのも同じように見えるぞ】
「一緒にするな。衛利は仕方なくやってる。あいつだって避けたい殺しは本当は避けたいはずだ。憎しみだけで関係ない人まで犠牲にするようなテロリストとは絶対に違う。もうやめろ33。神を気取る奴に手を貸すな」
懇願にも33は即座に冷たく返答する。
【私は人の望みを叶えているにすぎません。それにこの結果はケドウ一人の望みではない】
「近衛か?」
【いや。郊外の人々とアーコロジーの高層の人々は互いに互いの滅びを望んでいた。富を独占する悪徳者と富を生産しない寄生虫として】
ユリアは俯いてから小さく吐き捨てる。
「結局、お前は正常な判断としてそれを実行していると? そんな計画なんて誰かに……いや、いなかったんだな。お前の実行を監視する『人間』が」
【そういうことになる】
メディカル施設の外へと出れば山積みとなった死体袋がある。汎用フレーム達が丁寧に運ぶのを見ながらユリアはひとりでにつぶやく。
「お前たちを憎んではいたが、死んでほしいとは思ってなかったんだ」
許してくれ。




