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ブラックスワン  作者: 鴨ノ橋湖濁
最後の日
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最後の日


 ケドウがオフィスから出ようとした時だった。


「あ、そうだ。メビウス。先に行っていてくれないか。やり残したことがあるんだ」


「はい? 他に何をするって言うんです?」


 振り返ったメビウスにすまんと言ってデスクに戻り、上着のポケットに入っていた紙を取り出した。


「んー。紙は裏で良いか、ペンは……」


 デスクを見渡すが全てはホログラム投影機としての機能しか有しておらず、全くの更地であった。ケドウは近衛の死体に易々と近づき服を漁る。


「おいおい。金持ちはペンすら持たないのか。私が普通に働いていた時だって筆記用具ぐらいは持ち歩いていたのに」


 独り言を言いながらお手上げするケドウにメビウスは黙ってオフィスを後にする。


 メイド、33はケドウに話しかけた。


「筆記用具ぐらいならすぐにお持ちしますが」


「頼むよ」


 ゆったりと椅子に座って待とうとしたケドウの目の前のデスクに天井から光が注がれる。それは一瞬で終わるとデスクの上にはボールペンが置かれていた。


「……すごいな。どうなってるんだ」


「光子プリンターです。これなら室内であればすぐさま小道具を作り出すことも出来ます」


「近衛はなんでこれで銃作らなかったんだ?」


「登録する必要がないからです。ここにたどり着く前に侵入者は排除されますから」


 ケドウがペンの触り心地を試しに手に取ってみる。プラスチックで出来た表面や、頂点を押せばペン先が現れる。握ったり撫でたりすると、先ほど原子レベルでバラバラだったものとは思えないと関心する。


「なるほどねぇ……あっ」


 ペン回しをしようとしたら床に落としてしまった。


 椅子から立ち上がり落ちたペンを拾うと、ふと外の景色が映った。既に日は西に傾き、オレンジ色の光が空を覆いまた夕星が空を覆っていた。


 更に海に面した場所での高層階であれば、水平線までずっと先が見えていた。一面、光り輝く景色にケドウは見とれてしまう。ケドウが聞いた。


「この窓、光の透過率を落としているのか?」


「初日から執務の邪魔になるので」


「近衛にこの景色に揺さぶられる心はなかったようだ。全部の光を入れてくれ」


 オフィスにオレンジの光が満ち溢れる。ケドウはそのまま光に包まれて零した。


「人も変わる。美しさも変わる。だが、この景色は人が滅ぶか滅びないまで続くだろう。明日も明後日も、誰が生きようと死のうと関係なく。この光はずっと続くのだろうな」


 うっとりとしているうちに日は段々と海へと沈んでいく。徐々にオフィスの光も落ち着き始め、郊外の炎が禍々しい赤黒い光をオフィスへと届き始める。


「もうこんな時間か」


 デスクに置いた紙。ケドウはペンを取って33に告げた。


「33。皆が見ている景色に変えてくれ」


 先ほどまでの炎上は消え去り、外の景色には何事もない電気で満たされた郊外が映し出される。


 しばし紙を見つめてから、紙の端っこにクルクルとペンの試し書きをしてケドウは文字を書き始めた。


「そういえばユリアの体調はどうなってるんだ?」


 ホログラムの画面がデスクから浮かぶ。それにはユリアのバイタルデータや施術している個所を示していた。これにケドウは目を少し開いた。


「これは……ははは、全く皮肉なものだな」


 軽く笑みをこぼして再び紙に目を向ける。


「カルテを流用さえして、君もアリスと同じとなるか。全く素晴らしい心意気だ。少し急いだほうが良さそうだな」


 ―――


 燃え盛る郊外。衛利は一度輸送機をアーコロジーに続く橋の前で降ろして橋頭保を築く。一昔前の対空火器を有する相手だが、ケドウが提供する兵器の中に、対空レーザーや戦闘機ドローンでも出して来ない保証はない。


「どうすれば義越さんのところまで行けるの」


 敵の中枢が直接占領出来ないなら徐々に制圧していくか。もしくは郊外広域をドローンによる爆撃で直接無力化していくか。


 前者なら目の前の敵を倒していくだけでいいが時間がかかるかもしれない。統制された指揮をされるだけでも遅滞は免れないだろう。後者なら指揮が整うまでに敵を焼き尽くせるかもしれないが、それでは住居やイヌモに抵抗する意思はないが武器を手放せない人まで犠牲にしてしまうかもしれない。


【ドローンへの爆装は完了しています】


 アイギスの支援に衛利は首を横に振った。


「ソルジャータイプの量産を急いで、そしてここまで運搬する手段も」


 常に郊外へと配送を行っている配送ドローンも荷物を物資から爆弾に変えれば立派な爆撃機となってくれる。運搬とは常に平和と戦争の表裏が一体している。その数が一斉に爆撃すればこの反乱は些細な物になるだろう。


「それでも誰かの死は誰かにとって意味があるから」


 兄を殺されあの男の背中に銃を向けた時。それから機械に接続され、延々と戦う術を身に着けて仮想の世界でひたすら戦っていた。それ以外知らなかった。


 だけど、誰かが誰かを思わなくなった。その結末がこの光景だ。


「手を取り合って生きてきたのは人。そして手を取り合えずに死んでいくのも」


 橋から大型トラックが見えてくる。それから衛利はコイルガンを両手に二丁携える。


【ソルジャータイプの第1陣を確認】


「作戦は橋頭保から商業跡地まで道路で一直線に伸ばす。線では維持せずに相互に支援し合える距離に点を置いて包囲を掃う。点の間に陣取られれば点と爆撃ドローンで攻撃、後続を前へ前へと送り込み商業跡地を陥落させる」


【敵の大規模な包囲作戦が発動した場合は】


「爆撃ドローンで焼き払う。不本意だけど。いつでも爆撃出来るように航空支配の確立を」


【了解。戦闘ドローン及び自走対空レーザーを展開】


 衛利が空を見上げて一言呟く。夕星が輝き始めた空。通信はもちろんだが、地上の監視する機能もある。これだけの内乱に対してイヌモはもちろん。この国を統治しているはずの国家ですら動きを見せない。


「イヌモが感知しないなら。世は並べて事もなしね」


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