表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブラックスワン  作者: 鴨ノ橋湖濁
最後の日
64/91

義越の呼びかけ


 義越は薄暗い地下室に司令部を構えており、周りは可搬式の通信機を設置したり指示を出していた。皆疲れが顔ににじみ出ており、この混沌に最初から参加させられた者達はぐったいと体を休めている者もいる。


 その中で義越は机に広がっている紙の地図に色付きのマグネットを置いて戦況を把握していた。青が味方、赤が敵。自分達の居る拠点の周囲には青が密集しているが、それ以外は全て赤が置かれている。


「なんとかなったか」


 焦げ臭い服の前を開けて頭に巻かれた包帯を触る。痛むか心配する部下をいいと言って遠ざける。


「消耗の多い部隊は下がらせても良い。散発的な攻撃だし、内輪もめも起こっているならそれに期待するしかない」


 周りを見渡してから義越は司令室から出ていく。流石に朝から日の沈むまで戦闘と撤退を繰り返していたのだから、今にも眠りたくて仕方がない。


 ただ一人となれるようなところで休む。決して他の者にはその姿を見せないように。


「……」


 そういえばそれを教えてくれたのは父親の雅言だったことをふと思い出す。戦闘と撤退の合間にただ死んだと聞かされた。最期はドローンか何かの爆撃のよって屋敷ごと燃えてしまったそうだ。


 その時は何も感じはしなかったがいざこう落ち着いてみると、色々な感情も浮かんでは来る。


 笑い。


 なぜだか義越は父親の死が愉快なように思えて、声を殺して笑みを浮かべる。


「自業自得だ」


 イヌモに寝返っては自分に仕える者を見捨てようとした。衛利を殺し損ねたイヌモの怒りを買って殺された。そんなところだろう。


 思い返せば。父親はこんな運命だったのかもしれない。


 聞けば政治家一族と剣の会の前身である商工会が結託してイヌモを追い払おうとしたたらしいが、政治家達はイヌモへ近づき。政治家一族が説得しに来た者達を殺してしまったらしい。


 その日から姉さんは変わってしまったのかもしれない。いや、思えばあれほど強硬な姿勢を貫かなければ、逆に自分が疑われてしまうのかもしれなかったのかもしれない。


 なぜなら信用の証に政治家一族に嫁いだのは姉さんの姉だったからだ。少し年の離れた姉妹だったようだ。


 合点がいった。既に父たちがあの夫妻を殺してしまった時点で、犠牲を伴わない解決なんてもう出来はしなかったんだ。姉さんは自分の姉が敵として説得に現れたもんだから、ずっと必死に強い言葉を言い続けていたんだろう。


「なんだ。意外と単純だったのかもしれない」


 単純、それ故に根深いものだ。これからどうなるのだろう。こんな事態になったのは皆イヌモのせいだと思っている。自分もそう思う。郊外を燃やして理由を作って大義名分で土足で踏み込んでくるための、これは下準備に過ぎない。


 腹が立つのを通り越して呆れるが、義越のような諦めの極致に達している者が何人いるか。この件で親類や友人を失った者も出るだろう。それに既に失った者が多いこの中で、いざ敵と戦いを辞めようと言い出すことも叶わない。


 それが今どれだけ命がけの行為であるかを考えると、誰にも言いだせやしなかった。


「……」


 眠気がしてきて目を閉じようとする。


 これが最後の眠りになるかもしれない。そんなときに限って邪魔が入るものだ。


「義越様。アーコロジー方面から輸送機が確認されました。郊外に向かっています」


 目を開ける。そして起き上がる。


「撃墜するんだ。それからラジオ放送の準備は出来ているか?」


「はっ!」


 誰かは知らない。もしかしたら衛利かもしれない。それでももう手遅れだ。何もかも遅すぎた。外を見るが良い。彼らの内でどれだけが圧倒的な力の差があろうとも首を垂れて武器を捨てるだろう。


 更に命が惜しくて一度は武器を捨てても、後々になって怒りを抑えきれる者がどれだけいるだろうか。


 あの時徹底的に戦えばよかった。こんな思いをするならあの時死んでおけばよかった。そう考えてずっと後悔したまま静かに死んでいく、悪くはないが良くはない。


「……」


 傍に置いていた銃を手に取って薬室と銃弾を確認する。慣れ親しんだこの動作もこれで最後かもしれない。


 ここで全てを燃やし尽くそう。奴らの計画なんて乗るなら徹底的に乗ってやる。全ての争いをここで終わらせよう。でなければイヌモの奴らの鼻を明かすことは出来ない。


 人は人類を永らえさせるために死ぬらしい。教育係の者が教えてくれた。本当なら、死んでやろう。見せつけなければ私たちの最後の戦いを。


 ―――


 私は剣の会代表、東城義越です。父親は先ほどイヌモの攻撃のよって死亡しました。今は私が指揮を執ってこの混乱に対処しています。


 しかし、この混乱に乗じてイヌモは自らの持て余した力を我々へと向けようとしています。今、戦える者は剣の会の拠点「商業跡地」へと集結してください。


 そこで戦力を再編して武装した暴徒とイヌモへの戦いに備えています。武器がない者でも商業跡地で武器と弾薬を支給します。


 卑劣な侵略者、権力を確立させようとする簒奪者、家族と隣人を奪った者達を決して許しはなりません。私たちには戦う力があるのです。


 この悲惨な状況は譲歩と逃走の末路です。そしてもうどこにも我々は逃げる事は出来ません。我々を殺そうと襲い掛かる奴らはすぐそばまで迫ってきています。


 今すぐにでもあなた達の力が必要です。理不尽な暴力を掻い潜ってなんとか商業跡地まで来てください。


 この戦いの最終目的は我々の絶滅を狙ったものです。命を惜しんでも後になれば全てが遅すぎます。この戦いに参加することが最後の希望です。


 繰り返します……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ