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ブラックスワン  作者: 鴨ノ橋湖濁
最後の日
62/91

成就への王手


 私は誰からも望まれた。両親と両家の人々から、政治家一族の次男と地元企業家の娘。二人が結び付けば巨大なグローバル企業の干渉から自分達を守れる。


 私の命はそんな打算によって、望まれた。縁結びの道具、それ以上の役割を与えられる事はなかった。故にかなり自由に生きることが出来た。


 だが、それも長くは続かなかった。


 父方は地元の企業家達を裏切ってイヌモコーポレーションに付き、裏切りに激怒した企業家達は説得に来た父を殺害し、ついぞ母すらも殺してしまった。


 それを聞いたとき恐ろしくはあった。ただ色々な薬を処方されてすぐに立ち直ることは出来た。結局私の心は確かな複雑ではあるが、工学的な機械のように扱うことが出来てしまうんだろうと言うことをなんとなく理解出来てしまった。


 そのまま私はイヌモの教育プログラムを受けることになり、現代の人間の生き方や、狭まっていく人間の役割にどうすれば食い込めるか、いつの間にかなっていた「33」のデバッカーとして、この人類でも類を見ない支配実験の監視者であり続けた。


 親族は自らの力の基盤であるイヌモに飲み込まれ、抗っているつもりでいつの間にか何もかもの権力を失ってしまっていた。彼らは私を変わり者と呼んだが、いつの間にか何も出来なくなった彼らはある日、頻繁に私に尋ねてきては縁談から協力を進んでするようになってきた。


 出来ることなど何もない。


 神経細胞と有機ナノマシンの結合による脳機能拡張技術。有機ナノマシンを通してサーバーに五感や認識をデータ化として保存しておけば、それらをインプットした別の肉体やハードウェアに移し替えることが出来る。


 それを不老不死と彼らは認識したらしい。馬鹿らしい。しょせん意識を司るのは端末自身であって、送られてくるデータそのものではないのに。


 デメリットとして有機ナノマシンのデータを回収する電流で脳細胞を傷つけてしまうことだった。犬や猫で試してみたが、植物状態となって弱って死んでしまった。


 すると彼らは、突然少女を連れてきてしまったのだ。


 母の遺伝子を使って、臓器を組み上げて、子宮から生まれた人間でも、人工子宮から生まれたクローンでもない。延命の医療ポットから回収された人権のない人。


 罠とは知っていた。彼らは急いでいる。いくらイヌモの上層で健康的な生活しようと意地でも不老不死にたどり着きたい。そんな圧力だろうか。もはや何のためではなく、ただ無意味な称号をコレクションするかのように彼らは不老不死になりたいのだろう。


 いくら間違っていると口で説明しようが、彼らは聞く耳を持ちはしなかった。反対に自分に「イヌモで特権を使い。母親の遺伝子で愛玩用の少女を作り出したエンジニアを告発」とシナリオすらも仄めかされていた。今のところアーコロジーでも人々が外を出歩き、真実に近い情報に触れているのだから。


 だからこそ、試作品の有機ナノマシンを自分に使った。首から注射すれば脳の記憶域に定着し、専用のヘッドマウントで読み取ればデータ化する。それを発展させていけば、彼らを満足させることも出来るだろう。


 しかし、本当にいつの間にかイヌモの執政員なんかに立候補させられているなんて、更にアーコロジーの外の市街地で暴動が起こっていたり、やることも多くなった。チャリティーとかで出席してほしいからと研究を邪魔されることもしばしばあった。


 少女。私が衛利と名付けた子には何もさせていない。しいて言うなら私の受けた教育とほぼ同じ内容のモノを受けさせている。あの子が将来困らないように、一人でも社会で生きて居られるように。


 ああ、また会場に足を運ばなければいけない。衛利は未だに一人でも服を着る事すらできない。本当に冷えるのだからしっかり着たかチェックしておかないといけないな……。


 ―――


「どうだいメビウス?」


 100%と表示されたホログラムを前にしたケドウがメビウスに問いかけた。頭部のセンサー群が点滅してメビウスは覚醒する。


「……」


 しばらくの沈黙がオフィスに漂う。嗅覚のセンサーは頭部に穴の開いた死体と飛散物の臭いが漂い始めていた。昼の陽気は既に傾き始めている。


「あなたは、知っていたのか」


 メビウスの問いにケドウは首を傾げた。


「何をかな?」


「そのデータの正体を。そこにあったのが、誰の記憶なのか?」


「確信はない。ただ予想は出来ていた」


 手に持つサブマシンガンを突きつけたメビウスは、すぐにでも体が痙攣し動かなくなる。


「33。手出しは無用だ」


 メイドがケドウに顔を向ける。


【なぜですか?】


「好きにさせたまえ。話をしよう」


 拘束を解かれたメビウスはすぐに銃口をあげた。


「五感データと記憶データの融合。君の望んだことだ。ここまで来た君への報酬だ」


「私が全てを知れば裏切ると思わなかったのですか?」


「それは君の自由だ。君の意思に委ねる。私はこのことについて一切後を考えてはいないのだからね」


「っ……」


 いつもケドウの行動は保険をかけていたが「33」の加護を受ける彼が自らそれを切った。


 それは信頼からか、打算からか、本当に無策なのだろうか。


「それで? 記憶が戻った。いや、体に与えられたと言うのが正しいか。君の人格は、名前をどう呼べばいいだろうか?」


 ケドウは常にメビウスの顔を見つめている。あくまで穏やかで友人のように優しい口調で問いかける。


 メビウスは思想して一度だけ俯いた。


「メビウスのままです。私はオリジナルではないのですから」


「分かったよ。メビウス」


 ケドウは満足そうにうなづいてから、ホログラムを切り替えた。


「ああ、順調そうだね。どちらとも」


 ホログラムにはログが並びながら横に数値が示される。


「汎用フレームの武装化と高層区画の人口のピックアップした数値だ」


 武装化のパーセンテージは増える一方で、高層区画人口は徐々に減り続けている。


「利府里衛利が武装化を進める一方で、私の撒いたウィルスが徐々に彼らの命を削っている」


 ポケットから取り出したカプセルを取り出すと、思いっきり窓へと投げつけて粉砕する。瞬時に部屋の照明が殺菌光に切り替わる。


「こんな最新設備と遺伝子操作で高度な免疫を持つ人々。そんな彼らを殺すには、まぁ設備は友人と……」


 メイドを見やったケドウは窓へと近づく。


「こいつ自体の毒ではなく。毒が誘発する免疫の不具合と暴走」


 郊外を見れば既に煙はそこかしこからあがり、時折炎上したり爆炎も見えてくる。


「そうだ。まるで人間が自分達を守るために作った兵器で人間同士を傷つけるように、発達しすぎた免疫系が崩れた時、致死的なアレルギーが発生する。小さな毒を消すために、機構そのものが破壊される」


 悦に浸るケドウの後ろにメビウスは立つ。


「それであなたはソルジャータイプを整備し、このアーコロジーを乗っ取ると?」


「私ではない。利府里衛利だ」


 表情のないメビウスでも周りから見れば怪訝な顔をしているように見て取れただろう。


「なぜですか?」


「あの娘がそう望んだからだ。だから私は33にお願いをしたのだよ。彼女に人権を授けて、意思の赴くままにさせよとね」


「あなたの目的は、すべてを燃やすのでは?」


「私は見てみたいのだよ。あの日何もできなかった女の子が自らの力を自覚し、どのように使うのかを」


 ケドウは時折鼻歌を歌いながら郊外を見やる。それから一機の輸送機が飛び出すのを見届けると振り返った。


「彼女はここから去り。掃除もしている最中だし。何よりも今夜は、地下の園の子供たちが一生懸命練習してくれた劇を披露してくれるそうじゃないか。帰ろう。最後の、集会だ」


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