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ブラックスワン  作者: 鴨ノ橋湖濁
アーコロジー
57/91

肉の人形


 ユリアが通信を受信する。


『気に入ってもらえたかね? 異邦人』


 聞きなれない男の声だった。だが、どこの誰だかは瞬時に理解した。いや、正確にはただ一人しかいない。


「近衛か!衛利に何をした?」


 男、近衛はただ不愉快な笑いを返しただけだった。


『私は異物を排除しようとするだけだ。君のような得体のしれない存在を私は容認しない』


 衛利と汎用フレームは近衛の指令で動いているのは間違いなく、今は攻撃する素振りは見せない。パラディウムのスキャンで衛利のバイタル等の照合は済ませており、その体は衛利のもので間違いなく。なおかつ生きてはいる。


 だが、その頭部にはめ込まれたヘルメットが衛利の意識を封じ込めている。ユリアも使っている運動神経をセミオートでファイバーアーマーに操作させるのを、中枢神経へと拡大させたものだとパラディウムは推測していた。


「異物がなんだってんだ。ただこっちは郊外の争いを止める力が欲しいだけだ」


『まったく君は交渉向きではないな。本音でしか話すことが出来ないのかね?』


「はっ、嘘つきよりは断然いいさ。どうせ直接顔を出すことすらしないしな」


 わざと煽るように返す。優勢な相手を冷静にさせないこと、ユリアの染み付いている郊外流の交渉術だ。


『……ただでは殺さん。ここに来れた理由をその脳を開けて吸いだして、そこの肉人形と同じように使い潰してやる。今ある意識がお前の最期の光景だ』


 一方的に通信が切られると衛利はブレードを構えて歩き出す。そこには一切の容赦や躊躇もなく。ただ無機質な歩みでユリアに近寄ってくる。


 後方のソルジャー達は静観の構えを見せて遠方で待機している。どうやら衛利と一騎打ちさせてくれるようだ。どちらが勝ってもイヌモに損害はなく、最後に横合いから殴りつけて勝利する。


 卑怯ではあるが、戦いの定石でもある。


 絶望的な戦いでも常に冷静に、心は熱くなっても、頭は常に冷徹を保つ。


 今になってあらゆる基礎を思い返していることに、本格的にヤバいと思いながらも二振りの短剣を構えた。


「パラディウム。負担は良い。とにかく時間を稼いでくれ、衛利を助けて一緒に脱出出来る方法を……」


【私の力が必要では?】


 ふとこっちは聞きなれた電子音が聞こえる。


(正直、お前の力を存分に借りたいところだが)


【では、君は近衛に成り代わってくれると?】


(ケドウと同じことを言うんだな)


【もちろん。近衛の排除は彼の意思なのだから】


(……近衛より、お前とケドウに利用される方がよっぽど怖いよ)


【なら、この状況から君はどう抜け出す?】


 衛利の一閃がいきなりユリアの顔へと振るわれ、そのひと振りを後ろに飛んで躱しはしたが、続けて距離を詰めて連続で切りつける。黒い刀身が、時にはパラディウムを掠めて火花を散らすも、負荷を無視したユリアの回避によって一切を回避する。


 しかし、そのうち気づく。人間の体はそんなに強い攻撃を連打出来ない。血の巡りや筋肉の疲労や酸素の消費。それら一切を無視した連続攻撃にユリアも短剣でしのぐのもやっとなくらい追い詰められる。


「ちっ。許せよ!」


 少し外すくらいの勢いで二振りで衛利の左腕と左足へと勢いよく短剣を振るう。


 回避するだろう。普通なら。見え見えの攻撃なんて普段の衛利ですら回避出来るような攻撃だ。ユリアの狙い通り少し引くような素振りを見せた。


「っ!」


 素振りを見せてもそれ以上はなかった。ユリアも自分の体をねじって振るう刃を逸らす。衛利は一瞬回避しようとしたが、恐らくだがキャンセルされた。


 衛利の左腕と左足に切っ先が走り、ファイバーアーマーの繊維とインナーを切断し、パックリとした傷から赤い血が盛りだしてきて垂れていく。


「……」


 その瞬間。ユリアはもう一撃を衛利の左の頭部に向けて叩き込む。今度は本気で回避しようとしたが、ユリアの切っ先の速さが勝っていた。


 ヘルメットの左部分が砕け落ちると、衛利の長髪が飛び出し目も合った。瞳は全くの感情がなく見開かれ、戦う態勢を崩そうとしない。


「衛利。少し我慢してくれよ」


 逆にユリアの目は見据えていた。その奥に居る近衛を、ユリアは見据えていた。


「殺してやるぞ。絶対に」


 衛利の体は人質としていくら損壊しても構わないが、ヘルメットだと事情が違う。ファイバーアーマーのうなじには運動神経と通じているが、脳にはちゃんとヘルメットが制御の役割を担っているのは明白だった。


「キャオン!」


 急に反撃を開始したユリアにラングレーは悲鳴のような鳴き声を上げるが、ユリアは振り返らずに言い聞かせた。


「大丈夫だよ。お前の主人はちゃんと連れ帰るから。逃げる準備してくれ」


 ゆらりと衛利の体が揺られると、ユリアへの攻撃を再開し始める。傷口から更に血が噴き出して衛利の体は動き続ける。


「パラディウム!」


 頭の中でオーダーを済ませる。切り合えば傷つく可能性がある上に、互いが機械の制御による負荷を無視した戦いをすれば、体そのものが壊れてしまうだろう。


 短期決戦でいくしかない。未だに近衛が、この憂さ晴らしの余興として楽しんでいる間に。ふと我に返って合理的な手段で二人を排除してしまおうと考えてしまうまでに。


「ヘルメットを全力で破壊する。蘇生、再生が可能ならどんなに互いが傷つこうが関係ない。全てのリソースをそれに注力してくれ」


『逃亡の際の余力は?』


 ユリアは少し笑って言った。


「考慮するな。ラングレーに全部任せる」


「ワォン!?」


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