フランケンシュタイン
日が差す部屋の中でユリアは凍り付いた。目の前にいる優男が凶悪なテロリストのリーダー。リナや多くの郊外の人々を殺し。今、最悪の事態を引き起こそうとする首謀者。
それが目の前に現れた事を認識しては、すぐさま制圧しようと立ち上がろうと足に力を入れようとするが、ユリアはどうしても体を動かすことが出来なくなっていた。
隣でケドウはココアを一口飲んで優雅に窓の景色を見ている。
「なんでだ……」
廃病院の時とは違いパラディウムを装備せず、装備を介して神経を制御されることはないはずだ。すると個室に給仕の汎用フレームが入ってくる。
「ユリア・ネスト様。ご自身の脳に多大なストレス反応と攻撃性が検出されました。今しばらくは安静にしておいてください。鎮静パッチも処方いたします」
給仕が銀色の袋から取り出した四角形のパッチを、首の右側面に貼られると、途端に脳が冷めたようにスッキリすると、ケドウへの敵愾心等が熱と共に発散されていく気がした。
「な、なにをした?」
「我々は人々のストレス反応を検知し、音響や視覚効果を用いて動きを緩慢にさせ、鎮静パッチで冷静になって頂くように対処するようにされています。人々が罪を起こす前にケアを行う事はアーコロジーで奉仕する汎用フレーム全ての義務です」
「クソ……」
「後でカプセルもお出ししますか?」
「いらない。もういい」
汎用フレームは無理強いはせずに個室から出ていく。ケドウは悠々と隣で様子を見ていた。
「素晴らしい世界だろ?」
「何がだ。これじゃあ誰も自由な感情を抱けないだろ」
「如何にもだが。こんな社会で怒りや悲しみを感じる人間が居ると思うかい? アーコロジーは商業や工業、文化は全てAIが算出している。それらの上積みだけで、ここに居る何百万人もの人間が働かずに暮らしているのだから」
「それでも。この社会に疑問ぐらい抱く人ぐらいいるだろう。こんなの人間が化学物質で飼われているような社会に」
もうユリアにはケドウを組み伏せるのは諦めて、意固地になってケドウに反論する。
「一昔前の奇特な人間ならそうだろうが、それでもそんな人間はもうここにはいない。ここが出来てからの10年ほどで、人々は知識は賢くなったが社会に無知となり、賢明ながらも無力な連中として育った。そんな彼らが機械に感謝して、豊かな生を謳歌する事を批判できるかな」
「それじゃあ。ここの人々は人生の全てをここで終わらせるのか?」
「混沌の中で過ごすよりはマシだろう。外は余りにも危険で不自由だ」
「貴様も混沌の一部だろうが」
「そうだ。だが、あそこでの活動で私は自分らしい生き方、いや。成し遂げたいことを見つけることが出来たんだ。そう考えると、私はここで最も自分らしく生きているな」
鼻で笑うケドウにすぐさま突っかかる。
「黙れ。お前はただ33の力を使ってイキってるだけだ。たとえどんな目的があろうとな。それで世界を燃やしてお前はどうしたいんだ?」
ケドウはふむと一旦受けてから少し言葉を選んで話す。
「私の役割は燃やすことだけだ。それ以降は私のすることではないからな」
「役割?」
「地下に埋めた種のために、私は白紙の世界を準備する。背徳の街が焼き尽くされれば、種は養分を独占して大きく育つだろう」
ケドウは酔いながら呟くもすぐに看破された。
「地下の園。それがお前の咲かせたい種かよ」
「そうだ。そこに居る人々は大半が障碍者や病人、生きていくには弱すぎた人々だ。私は彼らが生きていける社会を作りたいと思っているだけさ」
「大層なことだな。だったら33に頼んで、ここに全員突っ込めばいいだろ」
「それはしたくない。私はあくまで人々の意思で平和が訪れる事を願うよ。故に焼き尽くしてリセットする……おっとそろそろかな」
突然、ケドウは机に表示されていた時計を見て立ち上がった。
「ああ、そうだ。利府里衛利の正体を知っているかい?」
いきなり衛利の話題を振られてユリアは困惑するが首を横に振る。
「いいや。そんな他人の情報を覗く趣味はない」
「そうかい。いきなり混乱するだろうが、彼女は人間ではないんだ。いや正確に言えば人権がない」
―――
銀色のステンレスで覆われた壁の一室。その中央にはケースに入れられたアイギスと、仮面のようなフルフェイスヘルメットが被せられていた。
ファイバーアーマー用のアンダーになった衛利は、部屋に入るとケース側面にある端末に触れるとロックが解除されて、ケースが下に降ろされて装備が露わになる。
ファイバーアーマーに手を伸ばすと、繊維は彼女の体を避けるように広がると、そのまま手の先のグローブにはめ込まれれば衛利の体へと纏わりついた。
いつもと変わらないファイバーアーマーの装着も、最後のヘルメットとなると手が止まってしまう。長い髪が邪魔をして装着の邪魔になってしまうからだ。
【髪を纏める事を提案する】
アイギスから提案で、衛利はアイギスに運動神経をゆだねると、まるで自分の体のように衛利の両手を操ってスムーズに髪を後ろに束ねていく。
「……」
髪を束ね終えて、姿をモニターの反射で確認する。
(はい。出来た)
昔、かつて兄が自分の後ろに立って髪を結んでくれた。そのことを思い出して、束ねた髪に手をやっても誰の手もない。ただ髪と虚空だけがあった。
またヘルメットを見つめるが、形がなんとなく禍々しさを感じてしばらく佇む。するとそれを監視している近衛から部屋のスピーカーで呼びかけられる。
『どうしたんだい? 早く試験を始めてくれ』
「はい……」
そうしてあらゆる思考を打ち切って、ヘルメットを装着すると。視界はほぼ0だが、青白い光が下から上に走ると。衛利の視界はヘルメット内のモニターによって確保され、視界の隅に表示があふれている。
「装備マッチング中」
【最終調整の為に処置の必要有り。処置台に寝そべってください】
「了解」
ケースのあった台が右横にズレてせり上がったベッド。そこに衛利が仰向けに寝転んでいると、天井から吊り下げられた薬品群と、そこから伸びるチューブが触手のように伸びている。
「……近衛さん。さすがに多くありませんか?」
衛利が呟くと耳元、ヘルメット内のスピーカーから近衛の声が聞こえた。
『新しい装備だからな。調整にはかなりのナノマシンが必要なんだ。開始してくれ』
「はい」
チューブは自立してファイバーアーマーの各スリットに滑り込み、直接衛利の体に刺さると、徐々に薬品内が点滴されていく。
「……?」
衛利は違和感を覚える。頭は急速にまどろんでいき、体は鉄のように動かない。
『もういいだろう』
近衛の声が発せられる。
「この、え。さん?」
『いや、君には最後の別れをしなくてはならないからね。君はこれからずっと意識を暗闇に囚われて。壊れるまで体だけを兵器コントロールの生体認証パスとして使い倒される。これが君の運命』
その後に高笑いが響いてくる。
『最後に君に教えておいてやろう。君は利府里司徒の本当の妹じゃない。それどころか元は人間ですらないんだよ』
衛利は叫ぶことも出来ず、目を見開く事しかできない。モニターに映し出されたのは、様々な内臓、骨、筋肉、断片的な脳。その画像の名前には「利府里プラン」と数字が伴っていた。
『利府里司徒が、君を生み出した。彼の研究していた生体脳の意識を機械の器に移す実験の為にね。君はずっと、最初から一人だったんだ。誰からも愛されずに、本当は他人だった人間の為に戦ってきた。哀れな人形だったんだよ』
「う……そ」
身をよじって抵抗するが、すんとも体は動かない。ナノマシンが神経へと達して抵抗する術はもうなく。近衛からの告発を跳ね除ける事も出来ない。
「ユリ……」
―――
利府里プランと銘打たれた計画が、映されたホログラムをケドウは閉じた。ユリアはただ茫然と座り込んで虚空を見ていた。
「利府里司徒の実験は、ナノマシンを脳の記憶領域に定着させてから一緒に記憶させ、更に電気ショックを加えることで更にナノマシンへ記憶を吐き出させる。もちろん生体脳は死に至る」
「衛利の生み出された理由なのか?」
「子宮から産まれた真人間や、倫理的に家畜以外に使用を禁止されたクローンなら大問題だろうな。だが、じゃあ元より移植用に培養されていた臓器を、人間の形に組み上げたらどうなる? その人間に、いつ人権は発生する? 法律はこのような想定をしていない」
ケドウは個室から半分出て振り返る。
「そろそろ君も危ない。近衛はどうしてくるか分からないぞ」
「……分かっている。だけど、その時は衛利と一緒に脱出する」
「ほう。フランケンシュタインだぞ」
「知るかよ。私とあいつは友達なんだよ」
ちなみにこちらがヘルメットを被った衛利さんの設定画です。
https://twitter.com/nobumi_gndmoo/status/1328005774778372096




