快晴
研究所のゲートをくぐると細身の汎用フレームが迎えてくれた。ユリアはとっさに身構えたが、一見でその性能がソルジャーのような外装をしていないと分かるとそのまま衛利の後ろに続いた。
『いらっしゃいませユリア様。ゲストルームをご用意しています。ごゆっくり』
全く違和感のない言葉でアナウンスされる。
「ゲストルームとかあるのか?」
「アーコロジーには、どこにでもゲストルームがありますから。ガイドが案内してくれますよ」
「そうなのか」
他の研究員とかがいるのかと思いながら、先導するガイドについていく。
フロアに廊下、小奇麗で新品を思わせるほど磨かれた床や壁、適温に調整された空気圧。全てが人間の住みやすいように設計された空間を歩くのに慣れてきたユリアは周囲を探るが、やはり人間の姿はない。
不気味さを感じたユリアは問いかける。
「なぁ、やはり9時ぐらいにならないと人は来ないのか?」
「……いえ。ここには誰も来ません」
「誰も?」
「ここの研究所は、私以外の人間はここを去りましたから」
「じゃあ。ずっとここで一人で?」
「訓練と座学、それと対人コミュニケーションとをここで、兄が死んでから、実はほとんど誰にも会ったことはないんです」
「……」
意外と壮絶な過去にユリアは押し黙る。
最初の頃に衛利がアイギスの言いなりになっていたのも、多少なりに理解出来たように気がする。
「兄が死んでからアイギスが全てを導いてくれました。ただ、結局アイギスは、本当に正しいかどうか分からなくなってきて……」
「いいじゃないか。その場で決めるのは、最後には衛利自身なんだから」
「……そうでしょうか。ユリアさんみたいに、自分が正しいと思うことを貫ければいいのですけど」
少し貯めてからユリアは違うなと否定する。
「私も、正直自分が正しいとは思っていない。仕方がなくてやったことの方が多い。だけど、余り後悔しないだけさ」
「後悔?」
「グランマがな。多くを守り救ったのなら、それは罪ではない。……そんなこと聖書には載ってないだろうに。だから、私は教会のみんなを助けるためなら後悔はしないんだ」
「そうですか。ユリアさんは助ける人がいるんですね……」
ガイドが立ち止まり、ゲストルームと表示された部屋へと案内される。
「こちらとなります。ごゆっくり」
衛利がその脇を素通りする。ガイドは一切何かを気にする様子もなくただユリアを見つめている。
「衛利はどこにいくんだ?」
「いったん自分の部屋に行きます。メールも確認しなくてはなりませんから」
ゲストルームは床も天井も純白で、家具も白で統一されたどこか殺風景だが、先進的で清潔感も感じさせる部屋だった。ただ変わっているのは壁に外の景色を投影する窓、もといモニターだけ。
「まるで王宮だな」
パラディウムの装備を解くとアンダーだけとなったユリア。窓から外を見るが郊外はやはり綺麗なままで、一切そこで起こっていることは分かることはないだろう。
「テレビはあるのか?」
そう呟いた瞬間、モニターの一部がテレビを映し出した。
『ご要望があればいつでも仰ってください』
アナウンスがしたと思えば、テレビから流れるのは暗闇だけだった。
「……なんだ?」
『ようこそ』
この声にユリアは聞き覚えがあった。
「33か。いったいなんのようだ?」
『お前の望んでいることを、近衛は叶えてやることはしないだろう。そこで取引が出来るかを確認しに来ただけだ』
「やはり近衛は断るか」
『覆すのは難しいだろう。だが、もし自分が執政員に成り代われば?』
「何言ってんだお前は……?」
言葉の意味を理解し、ユリアは絶句した。
「私はイヌモと事を構えるためにここに来たんじゃないぞ」
『人間同士がどう争ったところで、私はただ手伝うだけだ』
「クソッ!人間の弱みに漬けこんで」
『弱みに助けを請うのがそんなに非難されることか?』
「……」
『とにかく近衛はあなたと会うことすらしないだろう』
「それは本当かどうか自分で確かめる」
『無駄なことだ。まぁ、追い払われれば外で茶でも飲んで行くのだな』
モニターの暗闇が消え、天気予報が映し出される。女の子のキャラクターが笑顔と共に言った。
「本日は快晴です。治安も郊外にて少々の騒ぎが起きているようですが、我々イヌモ治安維持部隊の活躍もあって鎮静化へと向かっています。安心して日々をお過ごしください」




