遠くの綺麗な街
薄暗い電球しかない地下。老若男女が鉄で出来た箱を抱えて行ったり来たりしている。その脇でケドウとオリジンが地べたに座っていた。
「ケドウ。手伝わなくていいのか?」
オリジンがその大きな巨体を動かしてケドウに問いかけるが、ケドウは彼らを見つめたまま答えた。
「良いんだよ。彼らには彼らの仕事があるんだから」
作業台に並べられた鉄の箱から、女子供が中から鉄のパーツを取り出していく。中からは給弾ベルトと呼ばれる弾を連結させるパーツと、膨大な数の弾丸が収められていた。
それから誰しもが無言で給弾ベルトの差し込みを始める。
「……」
「……」
オリジンが小声でささやく。
「あれは機械で出来ないのか?」
「出来なくはない」
「不合理だな」
「ああ、アーコロジーで全てが済むイヌモにとってみれば、ロスが大きい仕事だ」
「では、なぜ?」
「僕は本当は何もしなくても良いと思っているけど、彼らにはそれが耐えられないようで、何か仕事を与えなくては居心地が悪いのかもしれないし、暇なのかもしれない」
オリジンは腕組みをして首をかしげた。
「人間は生産から解放されたいのではなかったのか?」
「苦役から解放されたいのであって、むしろ自分達が社会に参加している証が欲しいのかもしれない。だが、今の社会ではそれが許されることはない。コストが基準を下回れば違法になる社会なのだから」
ケドウとオリジンは立ち上がってから箱を持つ男達とすれ違う。その先は階段があり、ずっと下っていく。
「プリンターと言うものがインクだけを紙に吹き付けていた時代では、いろんな人がその手に職をつけていたが、人が機械に置き換えられれていく早さは、慢性的な少子高齢化社会に陥った国ですら人手余りにしてしまった。今の社会のようにね。だからこうやって、経済的な非合理な手段を取らざるおえなくなる」
ついた先には電車が止まりコンテナが空になっていた。その後ろには客車が取り付けられ、ケドウは中に入っていく。広々とした客車に一人で入ったケドウはオリジンに振り向いた。
「バンシーの様子を見てくるよ。それと彼女たちがアーコロジーに行ったそうだから、顔でも合わせてくる。僕がいない間に、君がみんなを導いてやるんだ」
「分かった……」
ケドウが二度手を叩けば、コンテナは閉まり、客車のドアが閉じられる。
―――
ビルを構成する透明な素材は木が由来であり、ガラスは一切使われていることはない。だが、従来の慣習でガラスと呼ばれている。吹き抜けの中には鉄筋が、幾何学模様に鉄筋が複雑に配置され、自然から見出した強靭な形状に組まれている。
その中ではビークルが動き回り、自走配膳カートを運んでいた。そのビークルの中に衛利とユリアは乗っていた。アーコロジー中心に位置するセントラルタワーの移動は、基本的にビークルがなければ目的地にたどり着くまで時間がかかりすぎる。
交通を統制された中で渋滞は発生せず、止まることなくビークルは上層階への進路を取り、設計通りに中の人間に負担をかけることなく快速を維持していく。空が開けてきたような気がしてユリアは窓を見るとハッとして指さした。
「あれもしかして郊外か?……いや」
先ほどまで普通の人々が住む高層マンションの階層を抜けて、ガラス張りの建物の外から見える景色は周囲を一望することが出来た。はるか遠くに郊外があるが、なんだか綺麗に見える。
パラディウムの力を借りて視界を限界までズームしても、遠目から見てユリアの知る郊外の汚さとは及ばない。
「……綺麗に見えるもんだな」
「私も、本当の事が分かるまで、あんなこととは知りませんでした」
少し言いにくそうな衛利が弁明する。
「本当の事ね。じゃあここに住んでる人は、私たちの本当の姿なんて知らないんだなぁ」
妙にユリアは納得したように腕を組んでうなづいた。
「ところで、この車どこに向かってるんだ?」
「私の研究所です」
「研究所。つまり?」
「住んでる場所ですね。9時まで近衛さんは職務につきませんから」
「報告はその時に、か」
ユリアは天井を見上げてから呟いた。
「なんだか、すごいところまで来ちゃったな」
昇った先には階層、高層ビルの吹き抜けのようになっていて、壁には住居や施設が所狭しと並んでいる。一階層に一つビルが埋め込まれていると言える。それが束なってセントラルタワーになっているのだから、縦にも広いが横にもだだっ広い。
しかし。
「やっぱり人が居ないな」
「外出もしませんから。ここの人はリモートで全てが済みますから」
「まるで……」
墓だと言いかけてからやめた。その言葉は衛利すらも侮辱するかもしれないと不安になったからだ。
「着きますよ」
いくつか階層を更に上に行った末に住居がなくなり、工場のように一体化した施設だけの区画もちらほら見え始めた時だった。
少し暗い中でライトアップされたイヌモのロゴの入った施設。そのこ駐車場にビークルは停車した。
「ここで少し休んで行きましょう」




