表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブラックスワン  作者: 鴨ノ橋湖濁
呼び起されたモノ
49/91

怒りの芽生え


 呼び止める暇もなかった。暗い外へと一歩踏み出したマサ子の横腹を、一線のレーザーが照らせば、数発の銃声が鳴り響く。

 マサ子の影がよろけながら、衛利の居る穴へと向かって右手にあったリボルバーを投げると、その場に倒れこんでしまった。

 少し遠くで複数の足音と指示が聞こえてくる。


「確認しろ」


 衛利は息を殺して暗がりの中で静かにマサ子が投げたリボルバーを探り当ててグリップを握る。ファイバーアーマーを装備していない生身では、こんな小さなリボルバーさえ重く感じる。それに少し震えている事を自覚する。


「……」


 ファイバーアーマーもなければ、コインガンもない。ラングレー、ユリアもいない。今はたった一人、暗い中で。今、敵が目の前に居る。つい自分が殺してきた相手の姿が脳裏に浮かんでくる。


「……」


 意識で息をしなければすぐにでも乱してしまいそうな、重圧が心と神経をかき乱して来る。耳がキーンとして、鼓動も早くなる。グリップを握り直すが、すぐ手汗を服で拭ってまた握る。


「対象じゃない」


 すぐ横で声がした。懐中電灯の光が座るマサ子を照らし、同時に2人の男達が衛利には見えた。


「どうする。マサ子さんじゃないか」


 動揺する男に、ライフルを持った男は軽く返した。


「仕方ねえよ。マサ子は裏切るかもしれないって雅言様も言ってただろう」

(雅言?)


 この刺客の黒幕に衛利は愕然として、力が抜けていくような感覚を覚える。では、義越も敵となってしまったのだろうか。理由は分からない。ただ、彼らは自分の命を狙っている。


「……っ」


 穴の隅に隠れて、もう何度目か分からないグリップを握り直した時、穴へと懐中電灯の光が向けられる。


「まだ中にいるんすかねぇ」

「そうかも。どうせ大したものも持ってないだろうが」


 二人の会話を聞きながら衛利は回転拳銃を見下ろすと静かに息を呑んだ。あの日。ケドウが持っていた同種類の物。マサ子が持っていたのはかつて警察が使っていた物であることに相違なかった。過去に抱いた激情が、徐々に身を焼くような熱と共に沸いてくる。


「居るのか?」


 二人が衛利の潜む穴へと足を踏み入れてくる。全くの無警戒ではなく、小さな窪みも照らしているが、あいにく武器の相性が悪すぎた。

 懐中電灯が足元にある衛利の潜む窪みを照らした瞬間、衛利は回転拳銃の銃口を向けていた。穴の中で銃声が一発。一人は頭に穴を空けられて仰向けに倒れる。

 すぐさま横に居た男は、衛利の回転拳銃を持つ手を掴んで無効化するが、掴まれた腕を支点に体を引き寄せて、別の手に握られていた包丁を男の首筋に突き立てて、引き抜いて後は胴体をひたすらめった刺しにする。

 歯を食いしばり、何度も刺し続ける。男の力が抜けて倒れそうになったのは足蹴にして離した。一瞥して穴の外へと向かう。

 まるで獰猛な獣のように荒い息をして、一歩一歩を踏みしめる。穴から出た衛利はマサ子へと近づいて肩を揺するが、もはや静かに眠るように彼女は息絶えていた。


「……さない」


 ゆらりと立ち上がり、林の中を進んでいく。幸い郊外には目印になるような明かりは未だに輝いている。しかし、その歩みも止まる。巡回ドローンが接近する音が聞こえてくる。仮に爆装していれば、逃げる場所はない。

 無駄だと分かりながらも木の根元に隠れるが爆撃は来ない。代わりに紫の光源が急速に迫ってきて、衛利の目の前で止まる。

 パラディウムに身を包んだユリアがそこには居た。


「衛利か? 救難信号が撃ちあがったと思ったら、ここで銃声が聞こえて……」


 血濡れの衛利に驚愕するユリアが目を見開いて駆け寄る。体を触るとパラディウムが衛利の血出ないと判断が下り落ち着いて両肩に手を置いた。


「怪我はないか?」

「ありません」

「何があったんだ」

「剣の会は、私たちを裏切りました」

「えっ」

「今は、教会に戻りましょう。追手が来るかもしれません」

「あ、おお……」


 嫌に冷静な衛利に困惑するが、それでも一人歩いていく衛利に追いついて言った。


「掴まれ」


 今度は衛利が問い返した。


「どうしてそんなこと」

「パラディウムの推力で二人一緒に移動した方が早いだろ」

「血で汚れますよ?」

「知るかよ」


 ユリアは衛利を抱え上げると、パラディウムのイオンスラスターが稼働して俊敏に地面を跳躍していく。衛利の返り血がパラディウムの白い装甲に付着する。


「私はどうして……」


 そう衛利は言いかけるが、グリップを握ったままの拳銃をマジマジと見る。


「それは?」


 ユリアの問いかけに衛利はすぐに答える。


「くれたものです」

「そうか」

「ユリアさん。私はもう彼らを許しはしません」

「……ああ、そうだな」


 月もない暗い夜の中、誰しもが寝ようとした直前に二人は共に逃げていく。お互い同じような感情を抱きながら。


 ―――


 ラングレーは目を覚ますと無暗に動くようなことはせず、周囲を確認した。誰も見ていない。

 すぐに起き上がって、四肢を跳躍させて館から脱出する。


「にゃおーん」


 足音もなく疾走していき、館の警報装置を無音弾で破壊して無効化していくと夜の闇に紛れて消えた。 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ