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ブラックスワン  作者: 鴨ノ橋湖濁
呼び起されたモノ
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かつてあった話



 ラングレーが顔をあげる。離れは真っ暗で、衛利は早めに寝ているだろう。

 それなのに妙に周りが静まりすぎている。立ち上がって離れの門と一体化している寄合に顔を出したが、監視する若者達はいなくなっていた。

 辺りを見てもいないので離れの門から出てみる。


「くーん?」


 そこに居たのは黒づくめの突撃銃で武装した集団で、列をなして門の壁に張り付いている。ラングレーはその集団の先頭とかちあったのだ。


「あっ……」


 ラングレーと黒づくめの男達は数秒睨み合う。


「……グルルルルッ!」


 喉を鳴らすラングレーに突然と遠方から弾頭が飛んでくると同時に、周囲を警戒しているドローンが接近してきている。弾頭はラングレー付近に着弾すると、発生した電撃はラングレーの装甲に潜り込み、内部回路に直接高電圧を流し込んでくる。


「きゅーん」


 パタリと仰向けになったラングレーを見て男達は突撃銃のセーフティを解除する。その時、ラングレーの腰部コンテナから一発の飛翔物とありったけの煙幕弾頭をばらまくと周囲を着弾の大きな音がつんざく、それから夜空に赤くて眩い照明弾が花開く。


「マズいぞ!」


 つい男達の一人が口走る。爆音と光は雅言の住宅だけでなく郊外の人々が一斉に振り向くほどのものだった。


 ―――


 爆音ですぐさま衛利は飛び起きて、暗闇で周囲に何かないか探ろうとする。明かりをつけるのは危険だ。いつも着ているファイバーアーマーとは切り離され、身を守る得物も今はない。更に周囲の状況が全く分からない。

 カーテンの奥から照らす赤い照明弾は、ラングレーのものだろう。とりあえず義越に合流するべきだろうと考える。玄関へと向かおうと障子を開けると、そこにはマサ子が居た。


「お休みのところすみません。すぐそこに刺客が迫っています」

「刺客?」

「ええ。不躾ながら、剣の会の若い者達は、理由は分かりませんがあなたを狙っています」


 無言で驚愕した衛利はマサ子が右手に握る回転拳銃を見る。


「表側から侵入すると言っておりました。裏口から逃げましょう」

「あなたは?」

「はい?」


 不思議そうにするマサ子。


「あなたは剣の会の人じゃ……」

「良いのですよ。剣の会はもう既に、志をなくして愛想をつかしたところでございます」


 寂しそうにマサ子はそう言うと、台所の隅にある段ボールを退けるとハッチの扉を覗かせた。


「まぁこんなこともあろうかと、雅言は裏口からも向かわせているかもしれませんがね」


 懐中電灯を手に取り中を照らす。ふとマサ子は台所にある包丁を衛利に差し出した。


「後ろは任せましたよ」


 先にマサ子はハッチの中へと入ると、包丁を受け取った衛利はその後ろをついていく。梯子を掴んで降りていくと4メートル近くで地に足がついた。衛利が降りると、マサ子は梯子を外した。

 中はコンクリートと木材で補強されて土がむき出しの通路と言うより小さな穴だった。風が吹き抜けて、中には電灯もなく真っ暗。ジメジメとした湿気が二人の肌に張り付いてくる。


「行きましょう」


 マサ子が先行して出口へと歩きはじめる。


「マサ子さん。さっき言ったことはどういうことですか?」

「昔は、どんなのだったんですか。教えてくれませんか」

「はい」


 そうですね。マサ子は懐かしむように話し始める。


「剣の会は昔、テロリスト集団だったのですよ」

「知りませんでした。イヌモに対抗した地元の有力者の集まりでは?」

「表向きは、私もその時、警察官として彼らの活動を探ってはいました」

「警察だったんですか?」


 言い慣れない言葉で聞く衛利にマサ子はクスリと笑う。


「そう。かつてこの世には生活出来ない人々に支給する生活保護や、年寄りには年金と言うものがあったんですよ」

「保護? 年金?」


 首をかしげる衛利。


「この世にまだ、(おおやけ)と言う概念があったころの話ですよ」

「日本国は首都の行政と領土防衛を行うだけのものかと」


 マサ子は半ば諦めたように話を続ける。


「イヌモの富は全てを飲み込んできました。まずは商業から、それから技能を持つ人々や……。最後には土地や行政権さえ国は売り払った。国は金が入れば、それでよかったのでしょうね」

「……」

「その時、自分で自分を助けろと国は政策を進めてきましたから。富める者は貧しき者も、自分のことしか考えなくなってしまいました。世界企業達はそこをうまく突いたように思います。利益のみが正義なら、法も秩序も利益をもたらす者、つまりイヌモが握ることになる。事実そうなった」


 裏口から誰かが来る様子はない。ただ明かりに先を照らす光があるだけだ。


「秩序を握る過程で。警察も人が削減されて、職を失った人々の一部は、テロによって社会を覆そうとしようとしたのですよ。無駄な抵抗でしたけどね」

「あなたもかつては……」

「ええ、私もテロリストでした。否定しませんよ」


 平気な声で肯定するマサ子。


「暴力は嫌いです。もちろん誰が好き好んでテロなんてするものですか」

「でも、それしかなかった」

「振り返れば、それ以外に出来たことも考え付くこともあります。ただ私たちに考えつけるのは、どうしようもなかったんです。……責めないんですね?」

「いえ。アーコロジーで生まれ育った私には、マサ子さんたちを責める気持ちになれないだけで」

「……あのケドウと言う男も、私と同じような気がします」

「まさか……」

「私達には奪われたモノを取り戻す大義がありました。しかし、あの男は何を考えているのでしょうね。私がテロリストを責める資格はないのですが」

「……」


 出口が見えると真っ暗な闇が二人を出迎えた。照明弾は既に消え去り静寂が支配していた。風が吹けば林が揺れる。

 マサ子が衛利に待ったをかけて一人出口から出た瞬間。

 老婆の横腹に赤いポインターが照射された。


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