生贄
日本風の屋敷に見える東城の屋敷だが、その実素材はイヌモの開発した新素材に囲まれた別物である。
玄関付近では畳みや障子等の和風な客間が最初に続いた後に内装がガラリと変わり、床は赤い絨毯で覆われ、白い壁とテーブルとイスが供えられた西洋家具が並んでいる。
雅言は大きなテーブルを前に椅子に腰かけて、手元にホログラムを浮かべて情報を読みふけっていた。眼鏡をかけて奥の瞳には少し安らぎがあった。
木製を模した強化プラスチックの扉からノックがして視線が扉に向かうと義越が入ってくる。
「話とはなんでしょうか。お父さん」
「ご苦労だったな。座れ」
義越は椅子に腰かけてから、姿勢を正した。
「話しておきたいことがある。これは、大事な話だ」
眼鏡をはずしてホログラムを閉じた。義越は久々に父親の顔をよく見る。髪は白くなり、顔に歳にしては多くのしわが刻まれ、指は細くなっていた。正真正銘の老人となってしまった。50と少しとは思えない程だ。
「イヌモの近衛と話をつけた。我々をアーコロジーに招待してくれるそうだ」
「我々?」
「この屋敷に住まう者たちだ」
義越は睨むようにな目つきで聞き返した。
「郊外の同胞はどうなるんですか?」
雅言は制した。
「いいか。これはまたとないチャンスなんだ。お前が独り立ちする前から、私はこうなるよう努力してきたのだ。母さんが死んだ時から、私はずっとここを離れたかった」
「……」
「それでも周囲は私を必要とした。だが、私の背中を守ってくれた人間は次々死んでいった。残ったのは、私を旗印にしようとした寄生虫ばかり。もううんざりだ」
「ならボーダレスと話をつければよかったでしょうに」
「出来るならとっくにしておるわ。戦いを望んでいるのは他でもない郊外の同胞だ。利用するだけ利用しておいて、自分の納得のいかないとなれば、いつ背中から刺して来るかも分からん。あの同盟も、イヌモをバックにした教会からの脅しと説明しているから我慢しているだけだ」
沈黙が流れる。義越は一旦テーブルに目を移してから、また雅言へと戻す。雅言は目を閉じてじっと義越の言葉を待っているようだった。
「父さんが戦いにうんざりしているのは分かりました。ただ私は残ります」
「……なぜだ?」
言葉を飲み込んで小声で聞いてくる。最初から納得してもらおうとは考えてなかったようだ。
「東城がいなくなったと知れば、剣の会は内部分裂して郊外の邦人は、ボーダレスに負ける。その間にあの暴動と同じぐらいの血が流れるでしょう。剣の会には、私が必要です」
「そうか。じゃあ私は寝るが、また気が変われば、いつでも声をかけると良い」
雅言は立ち上がり義越の傍を通り抜けていくと、扉のノブに手をかけてから振り返った。
「あと、言い忘れてた」
「何がです?」
義越が扉へと振り返った時、中庭から銃声が鳴り響いてきた。すぐさまテーブルの下に隠れた義越に、雅言は扉の前に立ったままだった。
「我々の受け入れる条件で利府里衛利を、近衛はあの娘の死体を条件にしてきた」
目を見開いた義越はテーブルから這い出すと、一気に雅言と距離を詰めるが、雅言は扉の向こうに行くと扉を閉めて鍵をかけた。
「どういうことです? なぜ!」
扉の向こうから雅言が答える。
「人々の間で人気だったものが、憎い敵によって殺される。これまで何度、我々が利用してきた手だと思う?」
「開けてください!今すぐに!」
「全てが終わるまで。そこで待っていろ」
力いっぱい義越がドアノブに手をかけてもビクともしない。何度も扉を蹴り破ろうとする。
「ここから出せ!」
「なんだお前? あの娘が気になってたのか」
茶化すような父親の言葉に応えず、椅子を持ち上げて何度も扉へと叩きつけた。
―――
数分前
「そうですか。分かりました」
台所にいたマサ子はタブレットホンの通信を閉じた。
台所から見ると夕食を終えて、いつもの寝巻に戻った衛利の部屋は暗い。毎晩、離れに置いていた塗り絵本を書いていたが、この一週間で全てを塗り切ってしまった。
マサ子が手元のタブレット端末から写真を開く。
着物姿の衛利。何度かスライドさせると、小さな子供だった義越とその両親、『二人の従姉』の家族写真。
……
桜の下で学生服を着ていた子供と一緒に微笑んでいる女性。
それから。
警察官の制服に身を包んだ、若い女性。
「……」
タブレットを閉じて、自室へと向かう。タンスの中から小さな回転拳銃を取り出した。シリンダーを開けて、弾丸を装填していく。焦らず一つ一つ器用に装填する。
「なかなか忘れないものね」
5秒も掛からないうちに終えると、拳銃を横からマジマジ見つめた。タンスから離れて衛利の部屋まで真っすぐ立ち寄った。静かに障子を開ける。
それから拳銃の安全装置を引き上げた。




